●6●「新たなる悪魔狩り」
夏樹市、新都心。高層ビルがそれなりに並ぶ繁華街でも、通りの裏手に入れば――一気に人も、明かりも少なくなる。
そんな裏通りを、刹那と奏の二人は歩いていた。二人の傍らには、黒のカラスと白のカラスが音も無く飛んでいる。
『――このお札に話しかければ、奏達に声が届くわけですか。奏、聞こえてます?』
「聞こえてるよ、クラリス」
白カラスがクラリスの声で話す。この場にいないクラリスと神楽は、阿久根神社の祭殿の中にいる。彼女達は神楽の式神であるカラスを通して、二人に声を届け、状況を把握しているのだ。
『そのまま裏通りを進んでください。数分で馬型悪魔に遭遇するはずです』
「了解しました」
白カラスの言葉に、刹那が短く返す。
時刻は深夜。阿久根神社の住居で夕飯を食べた後、刹那達四人は早速悪魔狩りへと動き出したのである。
普段ならば神楽が街中にカラスの式神を飛ばし、悪魔をローラー作戦で探すのだが――予知能力者であるクラリスのおかげでその労力を払う必要は無かった。彼女が今宵、人を襲う悪魔を予知する。それだけで、悪魔の居場所が分かるからだ。
「――黒咲、さん」
「ンだよ気持ち悪い。奏って呼べ。俺を黒咲って名字で呼ぶのは敵だけだ」
「――奏、さん。今から俺は"変身"します。――驚かないでください」
言って、刹那は全身に意識を集中させる。身体中の血流を意識し、それらが流れる様を感じ取る。――脳内に一丁の
「変身……!」
瞬間、茶髪に黒コートの刹那の姿が炎に包まれる。炎の中で彼の全身が黒と金の外骨格に包まれ、右腕に巨大な異形の銃器が現れる。茶髪は炎となって燃え上がり、燃えるような赤髪となって腰まで伸びる。一瞬後、炎が消え――そこには赤髪に黒金の異形と化した、悪魔としての刹那が立っていた。
「それがお前の悪魔としての姿ってわけか。ビビると思ったのか?」
異形となった刹那を前に、しかし黒の戦闘服に身を包んだ奏は特段驚くこともなく話しかける。
「――怖く、無いんですか」
「
おら行くぞ、と奏が先導するように先を歩く。
その背中を見ながら、刹那はしばらく動くことが出来なかった。
――全くの他人に、この悪魔の姿を見せたら。拒絶されると思っていたのに――
ふと浮かんだ感情を、刹那は首を振って否定する。奏がこの姿を拒絶しなかったのは、前から悪魔の姿を知っていたからだ。
断じて――断じて、奏という少女が、刹那という半分悪魔を受け入れたのではない。
そんなことを考えながら、刹那は奏の後を追った。
●●●
「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」「ブルル」…………
「これは……」
目の前の広がる光景に、刹那が絶句する。
裏通りの行き止まり。何かしらビルの建設予定地なのか、コンクリートの資材が少数置かれただけのサッカーフィールドほどの空き地。そこに、無数の馬型悪魔が蠢いていた。
『検索完了。レギオンと呼ばれる悪魔だ。
「この数、か――」
黒カラスからの神楽の声に、刹那も絶望的な気分で目の前の光景を見る。
無数の
どうしたものか、と刹那が思案していると、奏がガチガチと両腕の鉄甲を鳴らしながら馬型悪魔の群れへと歩き始める。
「ちょっと、奏さん――?」
「悩んでたって仕方ねぇだろ。
叫び、奏が突撃する。その勢いはまるで流星の様だった。
「ブルル!?」「ブルル!?」「ブルル!?」「ブルル!?」
「遅ェッ!! "鉄・拳・聖・裁"!!」
敵の出現に気づいた数匹の馬型悪魔が奏へと向き直るが――その時には既に、奏は攻撃を放っていた。
光を纏った拳が、通常の手段では傷つけられないはずの悪魔の身体――頭の角を打ち砕いている。
これが黒咲・奏が持つ奇跡の力。神の加護である光を拳に宿すことで、悪魔を打ち砕く――"鉄拳聖裁"である。
「「「「ヒヒーン……」」」」
「オラッ次ィッ!!」
瞬く間に四体の馬型悪魔を滅した奏は、それに頓着することなく次の獲物へと向かっていく。
仲間を殺されたことに気づいた馬型悪魔の群れが、奏を取り囲むように展開していく。
「ああもう――"
回り込み、奏の後ろを取ろうとした馬型悪魔を、刹那が
「いい援護だ半分悪魔! ――行くぜ悪魔野郎! "鉄・拳・聖・裁"――オラオラオラオラオラオラオラオラァァァ――――ッ!!」
獣のような笑みを浮かべ、奏が馬型悪魔の群れへと突っ込み、"鉄拳聖裁"の拳のラッシュを叩き込んでいく。馬型悪魔の突進躱し、カウンターで額の角を叩き折る。瞬く間に馬型悪魔達は塵へと返り、その数を減らしていった。
「ンだよ数だけじゃねぇか! コイツら単体は雑魚だ!!」
「確かに、そのようだけど――」
奏の拳と、刹那の魔法弾丸。二人の攻撃によって、馬型悪魔の群れは半分近くまでその数を減らしていた。
奏は嘲りを飛ばすが、刹那は心に引っかかりを覚えていた。
――
悪魔とは超常のチカラを振るう存在である。だというのに、数を半分に減らされても、この馬型悪魔は何の異能も使っていない。
「――"フエル"」
生き残っていたうちの一匹の馬型悪魔が、不意にそんな鳴き声を――否。
瞬間、その馬型悪魔の腹の辺りがボコリと沸騰したかのように歪み――
「増殖した――!?」
刹那の驚愕の声。しかし、その声を飲み込むように――他の生き残っていた馬型悪魔達も呪文を唱えていく。
「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」「"フエル"」……
ボコボコで身体を歪め、沸騰し――もう一匹の馬型悪魔を生み出していくレギオン達。馬型悪魔の群れは、瞬く間にその数を元に――否、それ以上に増やしていく。
「――クソ、雑魚が何匹増えようが!!」
奏が舌打ちしながら、産まれたての馬型悪魔も元からいた馬型悪魔も関係なく、"鉄拳聖裁"の拳を振るい、額の角を破壊して塵へと変えていく。しかし、馬型悪魔達は倒されるよりも早いスピードで増殖を続けていく――
「"
"
「延々と増え続けてやがる――何か策はあるか、半分悪魔」
「――一つ、あります」
襲い掛かってくる馬型悪魔の群れを"
「敵の動きを、十数秒だけ止めることが出来ます。その間、俺は動けませんが――その十数秒で、敵を全滅させることが出来れば」
「オレ達の勝ちってわけか。――十秒あればあんな馬野郎の百は二百殴り潰せる」
その策を聞いた奏が、獣じみた笑みを浮かべる。
「――やれ」
「分かりました……! 跳んでください!!」
刹那の叫びと共に、奏が月に向かって跳躍する。馬型悪魔達がそちらに気を取られた瞬間――刹那は行動を開始する。
"
「"
異形の巨大銃器の砲身から黒い魔力弾が発射され、馬型悪魔の群れの中心に命中・炸裂する。
「"フエ、フ、フブルルルルルルル!?」
馬型悪魔達の呪文が悲鳴へと変わる。炸裂した黒い魔力が、地上にいた全ての存在に纏わりつき――地面へと縛り付ける。
魔法・"
強大な重力に囚われた馬型悪魔達は、余りの重さに悲鳴を上げる事しか出来ず――動くことも、魔法を発動することも出来ない状態に陥った。
「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅ……!」
巨大銃器を杖に、刹那も強化重力の前に動けずにいた。この魔法は領域を対象に、地面にいるモノ全てを大地に拘束するため――術者本人も動けない、という弱点があるのだ。故に、今までのように刹那一人の戦いの時は使えなかった。
だがしかし。今宵、刹那は一人ではない。
「――上出来だ、刹那ァッ!!」
会心の笑みを浮かべながら、空を跳んでいた奏が大地に降り立つ。そのまま動けない馬型悪魔の群れへと突撃していく。
「"鉄拳聖裁"――"百花繚乱"!! オラオラオラオラオラオラオラオラァッッッッッッ!!!!」
百数匹はいるであろう馬型悪魔達。その全ての額の角目掛けて、無数の拳が放たれる。光を帯びた無数の鉄拳は全ての角を叩き折っていく。
「――ラストォッ!!」
奏の叫びと共に、最後の
広場に静寂が戻る。サッカーフィールドほどの大きさの空き地には、黒い戦闘服の奏と、黒金の異形・刹那だけが残った。
「"
刹那の呪文と共に、彼を覆っていた黒い魔力――強化重力が解き放たれる。自由を取り戻した刹那が、ばたりと膝をつく。
はぁ、と肩で息をつく刹那に、奏が近づき――その背中をバンバンと叩く。
「なかなかやるじゃねぇか、刹那!」
「せつ、な? 名前――」
何故か上機嫌に刹那の名を呼ぶ奏の様子に、彼は困惑した様子で聞き返す。そんな彼に、奏は笑みを浮かべて答える。
「ガチで身体張ってたからな。それにオレに命を預けてくれた。そこまでやるんなら仕方ねぇ――仲間として認めてやるよ」
仲間の事は名前で呼ぶことにしてんだ、と奏は言う。そんな彼女を、刹那は茫然と見つめていた。
仲間。信頼を寄せることが出来る関係。――叔父以外、自分には手に入らないと思っていたモノ。
「――いいん、ですか」
信じられなかった。自分は半分悪魔で、許されない存在で。殺されても仕方ないと思っていたのに。
「いいんだよ。っていうかその敬語も辞めろ。何か背中が痒くなる」
そう言って背を向けた彼女に、刹那は言葉が詰まる。何を言えばいいのか分からない。感謝か。歓喜か。あるいは――
とりあえず。
「――分かった、奏」
彼女の背に向けて、刹那はそう言ったのだった。
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