地底の大機関
蒸奇都市倶楽部
上
ああ、未だにこの耳から離れようとしないのです。ゴウゴウという蒸気が流れる脈動が。ギリギリという歯車が回る
ええ、配管工の私はその日、点検の為に中央市に赴いておりました。停車場からさほど離れていない一等地とは申しましても、地下に下りてしまえばどこも同じ。様々な匂いがごった煮になって胸を悪くするような、何とも言えない空気が漂っているのです。そして、そこが私の勤め先でした。まるで迷路のように曲がりくねった地下の穴の中は、私どもの庭のようなもので、他の方々では全く迷ってしまうような複雑な経路をすべて、この出来の悪い頭に叩き込んでおるのです。ですから地図のようなものはまったく不要で、工具一式だけを背負いこんだ私はいつものように、管を点検しておりました。なにもなければ異常なし、なにかあれば応急で補修して修理の必要あり。すべての管の状態を帳面に書きつけて、これを最後に監督に提出するまでが私の仕事でした。
さあ、地下に潜り込んで数時間ほどだったでしょうか。割り当てられた区間の点検が終わりましたので小休止。帳面を確認しながら
さて、数十間に及んだかと思われる追いかけっこが終わりましたのは、人影が突如として私の視界から消え果てた為でした。何の脈絡もなく、そう、そこには曲がり角などなく、また地上へ向かう梯子があるわけでもない一本道の中途の出来事で、はて、どこかしらに身を隠したのではないかと、私は配管の裏側を見てまわっておったのですが、奇妙なことにさきほどまでのぼんやりとした人影は見当たりません。あの奇妙なカッチンキッチンといった音も聞こえなくなっておりました。
ですが、その答えとなりそうなものをすぐ発見することができたのでございます。それは私ども配管工が見たことも聞いたこともない側道の入口が、配管の裏側に立てかけられた板きれで隠されていたのです。ああ、これが、人影が消えた仕掛けであったのでしょう。側道の方に耳を傾けますと、かすかに、あのカッチキッチという音が聞こえてくるのですから明らかです。
本来ならば仲間を呼ぶか監督に報告すべきでした。あの時、私は足を踏み入れるべきではなかったのです。ですが、それもこれも後の祭り。私は帝都の地下道を知り尽くしているという自負心を大きくえぐられていたのでございます。私はなんとしてもこの側道を征服しなければならぬという、今にして思えばつまらない考えに取りつかれ、まるで引っ張り込まれるように足を踏み入れたのです。地下の、それも知らない道で迷った時の恐ろしい結果は、側道に夢中になった私にも辛うじて想像できたのでございましょう。常備していた縄を配管に括りつけ、その縄を垂らしながら戻るときの目印として先を進むことにしました。
その地下道は配管らしきものが一切ない、どこか古びた様子の造りでした。
そう、それに。あの地響きのような。ゴンゴンという音も。その時は気付かなかったのですが。あれは、ああ、まさに〝奴〟の息づかいだったのではないかと。今から思えば。
ええ、その通りでございます。それからしばらく後のことでございました。あの恐ろしい巨大な怪物に遭遇したのは。そこに至って私は、初めてあの煤煙と油の匂いの正体に気付いたのでございます。無視できないほど大きな、あのゴンゴンという音。代わりに人影が発していた奇妙な音はすっかり聞こえなくなっておりました。代わりに地下道に響いていた音。大地が揺れるような大きな、あれは機関音だったのでございます!
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