第21話
「大樹さんいうんは、茂樹さんの二つ違いのお兄さんなんじゃけど、体が弱くて長生きはできんって言われて育ったそうなんよ。ほやから茂樹さんが跡継ぎと言われて育ってのぉ、それなりの教育を受けたんよ……。大阪の大学に行っとった程なんよ。こんな田舎の小さな町の旧家でも、そら家柄とか煩いんよ。だから茂樹さんは反発してのぉ、よう伯父さんとは衝突してたらしいんよ。ある日ナツさんという、東京の女性を連れて来てのぉ。子供ができたから一緒になる……と茂樹さんがな……」
「えっ?お母さんですか?」
「うん……。ナツさんが友だちと、旅行に来て知りおうたらしいんよ。ナツさんという
「なぜ?家柄ですか?」
「ほうじゃ、家柄じゃ。こう見えても藤沢の家は、かの昔は天子様にお仕えした事もある名家なんよ。東京の何処の馬の骨ともつかん、男の尻を追いかける様な尻軽な女……って事になってのぉ。小さな町や村ながらも、素性のしっかりした、名家のお嬢さんを娶るのが当然じゃからの、そりゃ揉めて揉めて……」
「叔父は子供ができた、ナツさんを選んだんですね?」
「うん。揉めに揉めて、伯父さんはああいう頑固もんだし、茂樹さんも利かん方じゃけん、結局二人は駆け落ちみたく東京に……」
葵は黙って聞いている水樹を見つめる。
「結婚は反対されても、子供が産まれれば許してもらえる……そう誰でも思うよねぇ?ナツさんも茂樹さんも、そう思うとったと思うんよ」
「………許してもらえなかった訳ですよね?」
克樹が言いにくそうに聞く。
「うん……だけど、それだけならよかったんじゃけど」
「えっ?」
黙って聞いていた、水樹の表情が曇った。
「どうしても認めて欲しいナツさんが、いろいろとある事ない事言っての。伯父さんやうちの親父ならよかったんじゃが、伯父さんが言われとうない親戚にな、言うてしもうたんよ。そらもう伯父さんが激怒してのぉ……落ち着くもんも、落ち着かんようにしてしもたんよ」
「えっ?なんて?」
「大樹さんが、茂樹さんを好きなんじゃって……それが厭で茂樹さんは、許しをもらうより早く、ナツさんと逃げたんじゃって言うてのぉ。そらもう本家の恥部を晒しての。本家はどんな事があっても本家なんよ。分家の者とは違うんよ。そんな本家をよく思わん者もおるんよ。それを選りに選って……という相手に言っては……」
葵は軽く頭をふった。
「それって本当だったんですか?」
克樹がゆっくりと聞いた。
「どうじゃろう?確かに大樹さんは弟の茂樹さんを、それは可愛がっておったからのぉ。でもそれは、生い先短い兄が、自分の背負うべき旧家の重荷を、弟に背負わせると思って、慈しんで持った愛情かもしれんしのぉ……。 親戚のもんはそう理解しとったんよ」
「…………」
「それをナツさんは、決めつけておってのぉ。気持ち悪いだの茂樹さんが気の毒だのと、
一方的に大樹さんを悪者にしてのぉ……」
水樹の顔面からは、もはや血の気が失せていた。
「伯父さんが激怒するのは当然なんよ。大樹さんは、伯父さんが惚れに惚れ抜いて一緒になった、伯母さんに生き写しで、そらぁ綺麗な
「大樹さんですか?」
克樹が聞く。
水樹は、もはや顔色を無くしている。
「うん。大樹さんが知ってか知らずかは……たぶん、誰も知らんのよ」
葵は盃を戻して酒を注ぎ入れた。
だが飲まずに続けた。
「大樹さんが死んだ事は、茂樹さんには連絡しなかったんよ。兄の気持ちが厭で逃げたなど、いろいろ聞いては、お節介もやけなかったようじゃ……じゃが、僕は茂樹さんがそう思っていたなんて、ずっと思っておらんのよ。反対にあの人は、大樹さんを愛しておったと思っとるんよ」
水樹は葵を直視した。
「意味はいろいろあるじゃろう?それらの意味全てに当てはまる愛情を、持っとったと思うとるんよ……。茂樹さんの最後を思うと、年を取る事に確信しとるんよ」
「葵さんは会った事あるって、言ってましたよね?」
「うーん。子供の頃になぁ。儚げでやつれたその人は、それは綺麗な男だったよぉ。男とか女とか……そんなんじゃない、それは綺麗でさぁ。子供心にも焼付く程だった。大きくなって、美人薄明って言葉を覚えた時、真っ先に思い浮かんだ。僕の初恋じゃ。大樹さんが亡くなったのを知って、茂樹さんは一番大事な〝もの〟を失くした事に気づいたんだろうね。ナツさんと上手くいかなくなって、転々として死に急いだ……。それでも、水樹君を側に置いて、大樹さんの様にしか愛せなかったんじゃろうね……結局……」
葵は水樹を直視して言った。
「茂樹さんは、愛し方が下手なんよぉ。思いは人一倍深いのに、愛する事が上手くできない、可愛そうな人なんよ」
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