第20話

車に乗ると水樹はそっと、克樹の指に指を絡めてきた。

克樹はそれをじっと、受け止めて握り返した。

一瞬水樹の頬がピクリと動いたが、克樹を見ずに握り合った手を見つめた。


「夕飯は伯父さんが懇意の料亭を予約しとるけん、食べれんもんは無いじゃろう?」


「全然大丈夫です」


克樹がミラー越しの葵に答えると


「ほうじゃろう?思った通りじゃ」


葵が楽しそうに笑ったので、水樹もつられて笑った。

目が合うと、水樹の頬がほんのり上気して可愛かった。


「俺より水樹の方が食いますよ」


「そうじゃろ?」


葵は意味ありげに言って、また笑った。

葵という人は、懐こくて親しみのわく人だ。

初めて会った親戚だとは、思わせないところがあった。

そして何よりも、このおっとりとした天然ぽい感じが、水樹の血筋だと確信を与える。


「うちに泊まるんは、迷惑だったかのぅ?」


ナイスな質問を葵はしてくれた。

さっきから克樹が、気になって仕方ない事への突っ込みだ。


「いいえ……」


水樹は瞬時黙ったが、頬を上気させて答えた。


「本当は……本当はそんな事言ってもらえないと思ってて……あの、だからどうしようって困ったんです。明日は岡山を観光しようって思っていたから」


「伯父さんは連絡した時から、泊まって貰おうと思っとったんよぉ。本当は会いたかったと思うんよぉ」


葵はそう言って、小さな料亭の前に車を停めた。


「ここは伯父さんが世話をしていた女性に、やらしてた店なんよ」


中に入ると品の良い、綺麗な女将が頭を下げた。


「よぉ来なさったの」


水樹の顔を見るなり言葉をかけられ、水樹は吃驚する。


「大樹さんに似とって、驚いたろう?」


「もう、肝が潰れる程だわぁ……生き還りなさったかと思うたわね」


「そうじゃろぅ?俺も肝を潰した」


女将は怪訝気な水樹と克樹を他所に、葵と話しをながら部屋に案内して呉れる。


「直ぐお食事を……」


「うん」


女将は葵の表情を見て、頷いて手際よく座って襖を閉めた。


「あっ……と、あの人じゃあ無いよ」


「………?」


「伯父さんの懇意にしていた女性。今の女将のお母さんじゃけど、伯父さんとは血の繋がりは無いから安心して」


「あ……」


水樹は返す言葉が見つからない。

料亭の料理はとても美味しくて、葵の進め方も上手く酒好きの克樹はもとより、水樹もかなり酒が進んだ。

ふと気づくと葵はかなり酒が強い。


「まあ飲みんさい」


冷酒を進めながら、頬杖をついてジッと水樹を見た。


「さっきの女将が、送ってくれるけぇ安心して」


葵は神妙に笑んで続けた。


「なんかなぁ……よぉ似とるなぁ……大樹さん……」


そう言うと、嚙み締める様に続けた。


「大樹さんいうのは、茂樹さんの二つ違いのお兄さんの事なんよぉ。えろう綺麗な男やったんよ。藤沢の家を知る者は皆んな知っとるんよ」


まじまじと見つめられて、水樹は上気した顔を俯かせた。


「葵さんも会った事あるんですか?」


「うーん。僕が子供の頃に亡くなったからのぉ。そんなに会ってないんよ」


克樹の質問に、考える風を作って葵は答えた。


「じゃ叔父の亡くなった頃かな?」


「うーん?たぶんもっと前……きっと……大樹さんが亡くなってから、茂樹さんの事探す様に言うても聞かんで、その内養子の話し進めての、親と揉めとったからいろいろ遅うなって、養子の手続きのついでに茂樹さんの戸籍を取ってみて、亡くなってての……強がり言うてても急激に伯父さん弱っての……まあ、親戚中で自業自得と言われとって……」


葵さんはおじいさんの頑固さに、手を焼いた様に苦笑した。


「ほんでもって入退院を繰り返したもんじゃけん、水樹君に連絡取るのも遅うなってしもうたんよ……。伯父さんの言う事聞いておらんで、早よう連絡取っておけばよかった……」


厳しい表情の克樹を、チラリと見て話しを進めた。


「茂樹さんが死に急いでたんは、そうじゃろなぁ……でも、水樹君の顔を見たら、もう少しおってもいい様に思ったんよ、きっと……」


「そんな……父が僕の為なんか……」


「茂樹さんがナツさんが出て行って、育児放棄したんは聞いとるんよ……ナツさんが君を連れて行く気に、なられんかったのも解る気がする……」


「何が?どんな理由があろうと、子供を捨てる理由なんかになんないでしょ?無論育児放棄だって……」


克樹が食ってかかった。


「ほうじゃのぉ……うんうん……」


葵は大きく頷いて、自分に納得させている。


「伯父さんが生きている間に水樹君にこれだけは、伝えたいと思って呼んだんよぉ」


葵は盃を振って逆さまに置いて、背筋を伸ばして正座した。


「そちらのおばあさんもお姉さんも、知らん事なんよ。義父さんが一緒やったら話せないと思うとったけど、克樹君なら……」


「あ……俺だったら、風にでも当たって来ますよ」


だが水樹は、克樹の腕を掴んで首を振った。


「やっ……でも……」


「聞いて欲しいし」


水樹のいつになく厳しい声と表情に、克樹の方が吃驚して、上げかけた腰を落として正座した。

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