第19話

山間の駅に降りると、こんな田舎に居るのはおかしい程に、目を惹く細身の男性がこちらを見て立っていて、目が合うや近づいて来て声をかけてきた。


「水樹君?」


「あ……葵さんですか?」


「うん。やぁ、直ぐに解ったよぉ」


葵は端整な顔立ちに似合わずに、懐こい砕けた感じに言った。



「ほんじゃあ、こちらが藤木さんとこの?」


「ああ……克樹です」


克樹が深々と頭を下げた。


「本当に水樹君が世話になったのぉ、ありがとうね」


不思議と親近感を覚えるのは、微かな血筋だろうか?

一度も会った事がない再従兄弟に当たる葵は、想像していなかった程に、若くて美形でとても懐こい人だった。

父親の事もあり、こちらの人達にいい感情を持たない克樹が、嫌な表情を見せずに対応している。

克樹は正直だから、感情の機微は直ぐ解る。


「遠い所来て貰って悪かったねぇ」


「いえ」


恐縮して二人で首を振る。


「そんで悪いんじゃけど、伯父さんが近くの街の病院に、入院しとるんよ」


「えっ?悪いんですか?」


「ううん……大した事ないんじゃけど、一応念の為言われての、疲れている所悪いんじゃけど、もう少し我慢してくれるかのぉ?」


葵は車のトランクに、荷物を詰め込みながら言った。


「僕は大丈夫ですから」


「悪いのぉ」


笑うと雰囲気が水樹に似ている。

育った境遇の所為で華奢で可憐なのかと思っていたが、藤沢の家系はどうやら華奢な体格で美形の家系のようだ。


「とても苦労したろう?」


葵はバックミラーを見ながら言った。


「克樹やおばあちゃんが、よくしてくれたから……」


「ほうけ?そりゃよかった……あちらのおばあさんには、頭を下げてもさげきれんのぉ。本家の伯父さんは頑固者じゃけん、言い出したらきかんのよ。茂樹さんの事だって、探すよぉ親類がどんだけ言っても聞かんのよぉ、亡くなったの知ったんは五年前だもんね。僕の親父が養子縁組に際し茂樹さんの戸籍取ってみたら、亡くなっとったんよ」


葵は神妙に言った。


「頑固者同士、悲しい最期だったね」


「あの……水樹の事は、おじいさんは承知しているんですか?」


克樹が心配して聞いた。


「うん。当然知っとるよ。なんだかんだ言うとっても、昨夜は眠れん程だったみたいなんよ」


「それならいいんですけど……」


「ほんま、楽しみにしとるんよ。朝から……」


葵は病院の駐車場に車を停めて、振り向いて笑った。


「お疲れさま。都会の病院に比べたら小さかろう?」


克樹も水樹も促されて降車する。

一応鉄筋建てだが、かなり年期の入った病院だ。

その病院の中でも一番いい部屋だろう、なかなか綺麗な部屋だ。


「伯父さん」


ドアを開けながら、葵が声をかける。


「ほら、来てくれたよぉ」


水樹は緊張の面持ちで部屋に入ると、ベッドには小柄で品のある白髪の老人が、半身を起き上がらせていた。


「朝から待っとったろぅ?」


「おじいさん……水樹です」


祖父は静かに無表情なまま、水樹を見つめている。


「茂樹に全く似とらんな……」


「ほうじゃけど、水樹君という事は直ぐに解ろう?」


「…………」


明るく優しい葵に反して、祖父は冷たく意地悪く、水樹を見つめたままでいる。


「皮肉なもんじゃのぉ」


「…………」


「全く茂樹に似とらんで、あの女にも似とらんとはのぉ……」


母親の事だとは、容易に察しがついた。


「それどころか、大樹さんに瓜二つじゃろう?」


「全くよう似とる」


祖父は父と母の時とは対照的に、笑って水樹を手招きした。


「大樹が還って来たようじゃ」


「伯父さん、藤木さん所の克樹君よぉ」


「こっちはやっぱり、あの女にそれとのぉ似とるな」


「伯父さん」


「解っとる。水樹が世話になったのぉ」


「あっ……いえ……」


祖父は克樹の心配を他所に、水樹にも克樹にも言葉をかけた。

だけど決して好意的な、温かいものではなかった。


「二人とも、ホテルを取ったんじゃろう?」


「ああ……はい。岡山の駅前の……」


「ああ……岡山かぁ?道理で探せない訳じゃ」


葵は頓狂な声を発して言った。


「あそこのホテルなら、直ぐに連絡取れます」


葵はおじいさんに、報告するように確認を入れる。


「直ぐにキャンセルしますね」


「えっ?」


克樹が尋ねる間も無く、葵は部屋を出て行ってしまった。


「ここにいる間は、うちに泊まりんさい」


「でも……」


おじいさんはさっきよりも、優しく水樹を見ながら言った。


「茂樹が此処で育った訳じゃないが、あの家にはよぉけ来とったから、泊まって行きんさい」


「はい」


水樹が表情を変えて答えた。

その表情に克樹が唱える筈もない程に、水樹の表情は複雑だ。


「いいよね?」


「あ……うん」


ちょっと泣き出しそうなその表情は、克樹を少し動揺させた。

病室を退出すると、水樹はジッと黙ってしまった。

おじいさんに泊まる様に言われた事は、水樹にとって喜びなのか悲しみなのか、それは解らない。

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