第18話

「なのにお前ったら、心配して連絡一つよこさなかっただろう」


腕を伸ばしかけた克樹に、水樹は再び恨み事を繰り返した。


「わかった……理由も解った……ごめん」


克樹は差し出した腕のやり場に困惑して、引っ込めて言った。


「心配はしたさ。連絡もしたかった」


「……今更だろう?じゃどうして連絡しなかった?おばさんから聞いてから、ずっと待ってたのに……」


……待っていた……


という言葉が、甘酸っぱく響いて苦しい。


「本当に直ぐにでも、お前の所に飛んで行きたかったさ……だけどお前には高城が居るだろう?俺より大人で頼りなってそしてお前の支えになってる……」


「そうかもしれないけど……高城さんじゃ駄目な事あるんだ、いっぱいいっぱいあんだ。なのに克樹は仕事に託けて正月も盆も帰って来ないで……」


「解ったごめん」


そっちまで飛び火して、謝るしか術がない。


「2・3日あれば都合つく?」


「ああ」


「休みは長く取ってあるから調節して」


「……いや、俺はいつだって大丈夫」


「だって岡山まで行くんだよ。日帰りじゃなく」


「仕事の方は大丈夫。俺ん所のスタッフは、できがいいから」


「じゃ明日は何時もの仕事があるから……」


「そっか。じゃ明後日行こう。観光も兼ねて3、4日の予定でホテルを予約しておくよ」


「うん」


水樹は可愛く笑うと


「飯食いに行く?」


と言った。


「なんだ連絡くれれば、何か買ってきたのに」


「マジおこだったから、そんな事で連絡する気にもならん。別に今日は神戸牛じゃなくてもいいよ」


「当たり前だ。駅前のファミレスな」


「おっ、この間克樹が食ってたセットにしよう」


「まったく……」


克樹は溜め息を吐きながら水樹とマンションを出ながらも、子供の様に心をウキウキとさせて、だらしなくも顔をにやけさせてしまうのを、我慢するのが大変だった。


諦め……。

もはや水樹の中には自分の居場所が無いのだと、打ち拉がれていた克樹は、高城よりも自分に頼って来てくれた、水樹の思いが嬉しくて堪らない。

まだ自分にも贖罪するチャンスがあり、再び水樹の傍らに、寄り添う事が許されるのではないか、という甘い思いが克樹を支配する。


新神戸から岡山まで新幹線で二時間。

そこからローカル線で一時間で、小さな山里の町に着いた。

そこまでの道のり、水樹はとても楽しそうにしている。


「一週間もよく、高城がお前一人出したな」


車窓に目をやる水樹に言うと、また始まったとばかりに水樹が視線を向ける。


「また言ってる。仕事だから仕方ないだろう?高城さんだって大人だよ」


「あの人がお前の事で、大らかな大人になるとは思えないね」


「克樹の執念深さは鳥肌もんだな。高城さんを、見くびっちゃ駄目だよ」


「あの人の過保護……っていうか、狭量の方が侮れないね」


水樹は目を丸くして克樹を見たが、かなり神妙にいう克樹に吹き出した。


「お前俺ん所泊まんの、本当に言ってあるよな?」


「あるよ。何回聞くんだ?」


克樹の疑ぐり深さに、呆れた様子で水樹が言った。


「何年経っても、あの人が寛大になるとは思えない」


もう一つの答えが頭をよぎった。


「信頼?……」


克樹が想像だにできない程の、信頼関係が二人には存在するのか?

もはや克樹など眼中にない程の絆が……。

この十数年という歳月は、それ程までの絆を築き上げるのに、充分な歳月だったに相違ない。


克樹は浮かれていた気分が、一気に萎んで行くのが解った。

克樹が急に黙り込んだので、水樹は怪訝そうに覗き込んで、言いかけた克樹の言葉尻を取って言った。


「信頼はされてる」


「ああ……」


不機嫌そうに答える克樹に、水樹が首を傾げて続けた。


「十年以上高城だぞ。直ぐに、藤沢の姓を名乗っていた頃より長くなる」


「そうだな……」


「だから大丈夫だって……」


克樹との旅行に浮かれているのか、普段になくお喋りになってるいる水樹が言った。


「克樹と一緒に居る事なんて、問題あるわけないじゃん?当たり前じゃん?お前んち泊まんの当たり前じゃん?従兄弟なんだし身内なんだし……一番理解し合えてる仲なんだから……」


じっと黙ったきりの克樹が見つめる、新幹線の窓の外を一緒に眺めて指を絡めた。


「………!」


吃驚して払い除けようとする、克樹の耳元に、水樹が口を近づけて囁いた。


「こうして昔は一緒に座ってくれたじゃん?辛い時や悲しい時……」


「子供の時だ」


「 うん」


「だけどもう大人だ」


「うん」


山間を走っている新幹線は、直ぐにトンネルに入った。

克樹と一緒に映し出される水樹は、やっぱり男性とは思えない程だった。

女性が恋い焦がれる決して太れぬ体質は、水樹の少年期を哀れに浮かび上がらせる。

それでも父親の血筋の、祖父に会いたいと言う。

只の一度も顧みる事すら、してはくれなかった祖父を慕う水樹が哀れだった。

抱きしめてやりたい程に哀れで、切ない程に愛おしかった。

思わず克樹は、絡めた指に力を込めて握り返した。

するとガラス窓に映し出された水樹が、微かに克樹を見て微笑んだように思えた。

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