第17話

水樹から連絡が入ったのは、それから直ぐだった。

克樹は息苦しく高鳴る心臓を、押さえ込む様にしてマンションに帰った。


「お帰り……」


水樹は合鍵で、中に入って待っていた。

克樹が気忙しくドアを開けると、まるで住人の様な体で迎えた。


「……ただ今」


息を切って帰宅した自分を恥じて、赤面しながら靴を脱ぐ。


「今回ちょっと長く居るから」


「えっ?どの位?」


「うーん、一週間?十日くらい。邪魔?」


「……な訳ねぇだろ?……そんな事はないけど……」


水樹は、克樹が中に入って来るのを、見届けて言った。


「おばさんから聞いたろ?」


「…………」


「聞いてない筈無いよな?」


少し怒っている様に、強い口調で言ってくる。


「おじいさんの事なら聞いた」


「やっぱり」


水樹は睨みつけて言う。


「じゃ、なんで連絡くんねぇの?」


「……?連絡って、おふくろからいったろ?」


「きてるよ」


「だったら……」


「だから、なんで連絡よこさねぇんだよ?」


水樹は、克樹の言葉に被る様に言う。

イライラMaxなのが、克樹には解って動揺を誘う。


「どんな連絡をすれば、こんなに怒鳴られずに済んだんだ?」


水樹は再びその言葉にカッとした様に、表情を変えて可愛い顔が歪んだ。


「俺はどうすればよかったんだ?」


克樹は水樹の激怒に、困惑の色を浮かべて聞いた。


「連絡をよこせよ……どうした?どうする?って……」


「どうするって?……それは高城の台詞だろうがよ?」


「……???なんで?なんで高城さんなんだ?」


「だって……ほら……親子なんだから……」


「………?」


「高城の籍に入ってんだから、親子だろうが……だから、藤沢の家から連絡あれば……」


「カンケーねぇだろうが!」


水樹はとうとう怒りが噴き出したかの様に、克樹のがたいのいい尻に蹴りを入れた。


「はぁ?いて……」


「高城さんには関係ない!」


何時もに増してキッパリと言い切った水樹の、真意を測りかねて凝視するしか術がない。


「……無関係な事ねぇだろ?お前は藤沢の叔父さんの知らない所で、養子に出てるんだから」


水樹はぐっと唇を噛み締めて、克樹を睨め付けている。


「高城に話してないのか?」


水樹は大きく頷いた。


「どうして?」


「……だって……だって、おじいさんに会いたい」


「えっ?」


克樹は耳を疑った。だけど水樹の次の言葉で、それは間違いではない事を確信した。


「たった一人の、おじいさんに会いたい。僕のたった一人のおじいさん、お父さんと血が繋がったおじいさんに会いたい」


水樹はつぶらな瞳から、大粒の涙を流して言った。

克樹はその綺麗な涙を、只黙って見つめた。

何故なら克樹は昔から、水樹のその涙に弱いから。

そのキラキラと綺麗な大粒の涙を見ると、言葉もなく見惚れてしまうから……。


「おじいさんの弟の子供の葵さんって人が、養子になっておじいさんの面倒を見てくれているんだって……」


「なにそれ?」


「おじいさんは表面上、今もお父さんを許していなくて……凄く頑固で意固地な人なんだって」


「水樹みてぇ」


「うん……きっと遺伝だ」


水樹はそう言いながらも、嬉しそうに笑った。


「だけど、もう五年も寝たり起きたりで、ちょっとした拍子にお父さんの事を口にする事が年々増えて、子供を見かけるとじっとずっと見てるんだって……それで、おじいさんには内緒で連絡を……」


一瞬水樹は克樹と視線を合わせて、そして直ぐに外らせた。


「おばさんの所しか連絡先知らなかったから……僕に会ってやって欲しいって」


「じゃ、歓迎されないかもしれないだろう?会いに行ったって……」


「うん……でも会いたい。おじいさんが生きている内に会って、僕と水穂が居る事を教えたい」


「水穂ちゃん」


「お父さんは決して、素子さんに水穂を産む事を許さなかったけど、認知もしないで自分の子供と認めなかったけど……お母さんの事でおじいさんを酷く怒らせて、勘当されて寂しい最後だったけど、僕と水穂は幸せにちゃんと生きてるって話したい。お父さんがおじいさんの反対を押し切って産まれた僕は、産まれて来てよかったって思ってるって話したい……だから、克樹に一緒に付いて行ってもらいたい」


「そりゃいいけど、高城とどうして行かない?」


「どうして高城さんと一緒に、行かないといけないのか解らない」


「だって……」


克樹はその先を飲み込んだ。

高城とは義理の親子の関係だが、実際のところそれ以上の間柄なのを知っている。

水樹にとっての、伴侶と言うべき相手だと知っている。

知っているから苦しんで来た。

後悔に苛まれてもがいてきた。

その全てを水樹は知らない。


「克樹と一緒がいい……もしもおじいさんに冷たく扱われても、克樹が一緒なら安心だから……。克樹と一緒じゃないと不安で行けない」


「………」


克樹は凄く嬉しくて、思わず以前の様に水樹を抱き寄せ様と近づいた。


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