第14話
水樹は頻繁に来ては泊まって行く。
克樹も仕事が忙しく、合鍵を渡す程になった。
「香里ちゃん、宗方さんと上手くいってるらしいよ」
「へぇ……」
「奥田君とこの間飲んだ時言ってた。何を騒いでいたか解んない程だと……」
「倦怠期だったんだろ?」
「克樹の時も?」
「???」
「倦怠期だったの?」
「馬鹿。あれは違うだろう?」
「じゃ、なんで?」
「一生懸命になり過ぎたんだ……」
「ごめん。僕ずっと気になってたんだ、あの時何の力にもなれなかった」
「離婚の時から?」
「うん」
「馬鹿、あん時はああして欲しかったんだ。放っておいてもらいたかったんだ」
「頭洗われたく無いから?」
「そう。お約束が厭だった」
「馬鹿じゃねぇの?お前が決めた約束事だろうが!」
「俺が決めたからやってやるのはいいが、やられるのは厭なんだよ」
「我儘なヤツ」
「おう。俺様は我儘なんだよ。そこでだが、ちょっと気になった事がある」
「なんだ?」
水樹が来るので布団を二組買った。
水樹がグチグチ言ったので、布団は買い換えた。
その布団を敷いて、その上でビールを飲みながら話しをしている。
「奥田とよく飲むのか?」
「ああ。奥田君だけじゃないよ、平林君とか大森達とか」
「……って、そんなに強かないだろ?」
「そうなんだよなぁ。なかなか皆んなみたく強くならんのよ」
「いくら仲間内でも、いい加減にしろよ」
「なんで?」
克樹は自分の下心が疚しいものだから、信頼しきっている筈の、仲間内の者にまで心配をみせる愚か者だ。
「高城が良い顔しないだろう?」
高城に逃げる自分がさもしい。
「毎回毎回、中坊の時の事は忘れろよ」
「奥田はまだ結婚しないだろう?」
「あの人は変人だからね。政略結婚も有り得ない。あれ程の家柄で、政略結婚という文字が有り得ないのは、奥田君とその威光にあやかった、香里ちゃんくらいなもんだよ」
「好きな相手もいないのか?」
「あの人に見初められたら、一発で話しは決まるね」
「なんで?」
「奥田の家が全力でその相手を絡め取る。とにかくあの人だけは、どうにかして誰かを当てがいたいのが、奥田家の本心。お兄さんはちゃんと、政略結婚してるからね」
「ちゃんとの使い方違ってね?」
「いやいや。ああいう家柄にはピッタリの言葉。それが通らない潤司君は大物だよ」
「なんか、誰でもいいって感じだが……そうはいかんだろう?」
「奥田家は彼に対してだけはそう。彼に寄り添える相手なら、家柄なんて言わないね」
「男でもか?」
「全然OKだと思うよ。今は柴犬の〝しばちゃん〟を溺愛しててね、お母さんそれは喜んでるから……」
「???」
「潤司がしばちゃん愛してる……って、涙流して感激してるって」
「お前誰から聞いた?高城か?」
「平林君だよ平林君。なんでもしばちゃんと住む豪邸を建てる予定らしくて、ほら、お兄さんとその内同居になるらしいからさ、奥田君はしばちゃんと豪邸に住むつもりらしいんだが、その豪邸を建てる人間をいろいろ物色してるらしいよ」
「ちょ、ちょっと待て。その豪邸を建てる人間を、物色してる?」
「うん」
「あー」
克樹は思い当たる事柄が頭に浮かんだ。
……まじかー。しばちゃんと住む豪邸を建てさせる為に、俺の手腕を測ってやがるのか?それもマンション一個犠牲にして?……
克樹は腹立たしくも、余りに住む世界が違い過ぎる奥田……いやいや、奥田潤司に愕然とした。
それを容認する奥田家と平林家は、一体何者達だ。
「そう言えば、仕事の方が落ち着きそうなんだ」
「じゃもう来ないのか?」
「やっごめん。彼女には悪いが、月一くらいに来させて頂きます」
克樹は、ちょっと安堵の色を表した。
「お前香里には、俺は水鈴の為に、折れたりしないって言ったろう?」
「ああ……うん。だって本当だろう?」
「まあ、そうだけど」
「克樹がさ。死んだお父さんに見えたから、克樹を水鈴ちゃんで繋ぎ止められないって思った。だけど克樹はちゃんと水鈴ちゃんを愛していて……ほんとうにお父さんみたく、愛し方が見えないけど、それでもちゃんと愛していて……お父さんに似てて……」
水樹は言葉を詰まらせて、潤んだ瞳を向けて言った。
「そっか……血は繋がってないのになぁ」
水樹はその返事が意外だったのか、克樹をジッと見入った。
「不思議なもんだな。ずっと恨めしく思っていた両親の年に近づくにつれ、子供だった頃には解らなかった事が解ってくんのな?お父さんの思いやお母さんの思いとかさ……」
「そっか?」
「特に克樹を見ていると、お父さんの気持ちが何となく見えてくるっていうか……」
水樹はジッと直視したまま呟いた。
「酷い奴だよお前……。それでもお前の気持ち、優先にする僕ってどうよ?あんなに僕には優しかったお前が、娘顧みないっていうのに、それでもお前の気持ちが、理解できるような気がするのはどうよ?本当なら、僕は水鈴ちゃんの方の立場の人間なのに、何でお前の肩持つんだろ?」
「ごめん……」
克樹が神妙に詫びた。
「だったら、もう少し優しくしろ」
「えつ?」
「水鈴ちゃんにさ」
「俺は充分水鈴には優しくしてる」
「はぁ?充分じゃねぇって言ってんのよ」
「解ったごめん」
「謝るくらいならちゃんとしろ」
「本当にごめん」
しおらしく克樹が謝る。
誰に謝るんだ?きっと幼い頃の水樹にだ……。
そう克樹は自問自答して謝った。
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