第13話

「香里ちゃんとはよく話して」


「話しなんか……」


「……ほら、そんな事言わないで、判然と伝え合って。香里ちゃんの気持ちを受け止めた上で、しっかり話し合ってよ。克樹は話しをしないで、答えを出してるからさ」


「当たり前だろう?」


「この件はそうかもしれないけど、どうして一応聞いてから、答えを出さないのさ?」


「考える事じゃない」


「水鈴ちゃんの事だよ?香里ちゃんとの事じゃなく、水鈴ちゃんの事として話し合ってよ」


「……お前ちょっとズルくなったな」


「そりゃ、大人になったんだから、考えも深くなるだろう?」


「そういう事じゃない」


「そういう事だよ」


「なんだか、少しお前変わった」


「そうかぁ?」


水樹は克樹の髪の毛を、バスタオルでむちゃくちゃに拭きやって笑った。

なんだか前にも増して、水樹が近く感じるのは何故だろう?

水樹が歩み寄って来ているのか、克樹がすり寄っているのか……。



「また近い内に来るから」


翌日水樹は、駅まで見送りに来た克樹に言った。


「その時もここに泊まれ」


「彼女に悪い。克樹には必ず連絡するから、また美味い飯奢って。だけどホテルに泊まるわ」


「必ず泊まれ。どっちにしろもう来させない。水樹が気を使えば会いにも行かない」


「脅してんの?」


「水樹が言う事聞けば、脅しにならない」


「意味わかんねーし」


水樹はそう言いながらも、笑って克樹を見た。


「解った。彼女と仲良く」


そう言うと、改札口に入って行った。


「できるだけ早く来いよ」


克樹が声をかけると、振り返って頷く。

その笑顔が明るくて可愛くて、昔を思い出す。

まだ克樹だけの水樹だと、信じ込んでいた頃の……。


水樹を思うと胸が痛い。

ひたすら守ってやらなくてはいけないと、そう思った幼い頃。

小さくて細くて目だけが大きく、キラキラと何時も潤んでいて、いつか泣くんじゃないかと不安にさせた。

あの頃からだろう、克樹は水樹にとって、無くてはならない存在を望んで来た。

その感情が、同じ血を流す由縁だと思って育って来たが、大人になると知らなくてもいいものを知ってしまう。

いろいろな感情という物が、ある事を知って困惑する。

幼い頃から思う、己の感情との違いに戸惑いを覚える。




「全くお前って女は……」


克樹はホテルのラウンジで、元妻の香里と対座して嘆きのため息を吐いた。

窓外は見事な夜景が広がっているのに、美しいとか素晴らしいとかの感想など持てよう筈もない。


「あれだけ水樹に、言い伝えたよな?」


「私の方も、話したいって伝えてあるわよね?」


「ああ……その返事を、言い伝えたんだろ?」


「あら?そうだったかしら?」


香里はシラっとしらを切る。


「水鈴は?」


「母に預けて来たわ」


「そっか……。それで宗方さんとは、どんな風なんだ?」


「どうって?」


「別れ話し進んでんのか?」


「ああそれ……」


香里は視線を、夜景に向けて言った。


「水樹さんに、話し合っても無駄だろうって言われたわ」


「あ?」


「あなたは水鈴の事を考えないだろうって、だから私とも復縁は有り得ないって……当たってる?」


「まあ……」


克樹は予期せぬ香里の言葉に、返事のしようがない。


「あなたは子供の為に、自分を曲げないだろうって。どんなに水鈴が一緒に暮らしたがっても、あなたは暮らさないだろうって……当たってる?」


「まあ……。第一水鈴は、宗方さんの方に懐いているだろう?本当のところ?」


「ええ……」


「じゃ、話しは簡単だろ?」


「そうね。そう思って宗方とも話してるわ」


克樹は昔惚れに惚れ抜いていたと、信じてやまなかった香里を直視した。


「お前たぶん勘違いしてるぜ」


「???」


「宗方さんが奥田の財力に目が眩んで、お前と一緒になったと思ってるんだろう?俺だって〝過ち〟だって言ったお前と水鈴と、別れる気は無かったからな。あの時宗方さんと話ししたが、あの人はお前に惚れ抜いてた。たぶん俺よりずっとだ。じゃなきゃ、水鈴をあんなに可愛いがれんだろう?他の男の子でも、お前が産んだ子だから愛してくれるんじゃないの?それくらい解ってんのかと思ってたがな。そりゃ男だから、多少の野心はあるだろうけど、あの人はその為にお前と一緒になった訳じゃないぜ」


「そうかもね」


香里は神妙に言った。


「なんだ?」


「じっくり話しするの久しぶりだな、と思って……あなた何時も一方的だったから……」


「そうかもな……」


確かにここ数年は、片意地を張るのに精一杯だった。

水樹への恋慕を抑え込むのに、ただ片意地を張って生きて来た。

その為周りの人間を、傷つけていたのかもしれない。

水樹が近付いて来てくれる、最近の関係が克樹を物柔らかにしている。

少しだけ、思いやりや優しい気持ちを、持っていた頃を思い出させてくれる。

そう思うと夜景を見ながら、思わず笑みがこぼれた。


「あなた、好きな人いないの?」


香里が急に言ったので唖然とする。


「いるさ」


余りに唐突だったので、思わず本音が出てしまった。


「でしょうね」


「???」


「私との復縁話し、全く聞く耳持たなかったもの」


「なるほど……マジで惚れてる奴いるよ」


と言うと、香里は真顔を作って凝視している。


「だったら、下手な女は駄目よ」


真顔を作ったまま続ける。


「私の後がまに据えるのは、それなりじゃないと駄目よ。水鈴のきょうだいの母親なら尚更よ」


「水鈴のきょうだいは、絶対作らないさ」


「???」


「お前の血を継ぐ水鈴のきょうだいは、こんな俺の子じゃ、釣り合わないだろ?そのくらい心得てるよ」


克樹の言葉に、香里は満足気に笑みを作って頷いた。



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