第12話

クミを送り届け帰って来ると、水樹が風呂から出て来たところだった。


「悪い事しちゃったね。ご飯の支度も風呂も用意できてた。今度からホテル予約するから」


「もう来ない様に言ったから……」


「えっ?」


「だからもう来ない」


「はぁ?克樹そんな事言ったの?もう来んなって?」


水樹が呆れる様な目で見つめる。

その視線が痛い。


「ああ……平気で言える」


それでも悪怯れる事なく言う。


「冷たいんだね……」


「そうさ。俺はこういう人間。昔ばあちゃんによく言われた。克樹は身勝手で我儘だってさ……。本当自分でもそう思うね。自分勝手で我儘だ。特に異性には酷いと思う、意に合わないと直ぐ飽きる」


克樹がそう言うから、水樹は中学の頃の克樹を思い出して納得した。

中学の頃からバレーボールをやっていて、明るくて頭の良かった克樹は女子からモテたが、香里ちゃん以外に特定の相手を作った事がなかった。

それって一途なのかと思っていたが、興味の有る相手しか大事に思わないのかもしれない。

こんなに優しい克樹が、他人に酷い事を、平気でできる人間だなんて信じられない。

水樹は長い事会わなかったからか、それとも自分が知らなかっただけなのか、克樹の以外な一面を垣間見て驚くと共に、そうなった原因だろう離婚問題の時に、側にいて支えてやれなかった自分を責めた。


「そうそう、香里さんに克樹の気持ち伝えといた」


「あっそ」


「離婚の方も、考え直す様に説得してるけど……」


「けど?」


「克樹と話したいみたいよ」


「何話す事あるんだか……あっちが男に走って別れたんだぜ。俺より向こうが良かったって事だぜ。それが今度は、向こうよりこっちかよ?馬鹿馬鹿しい……話しになる訳ねぇじゃん?」


「そうだね……」


水樹は髪の毛を拭きながら、腰を床に落とした。

仕事がらこんな風なゴタゴタはよく目にするが、その場を見る都度に両親を思った。

母は香里の様に夫を裏切り、男の為に家庭を捨てた。

そして父と克樹が重なる。

克樹の心の痛みと傷ついた自尊心が、見え隠れする都度に父の悲しみが苦しくて、そして克樹が娘の水鈴を見る目が、自分に向けられた父の視線に思って辛い。

こんなに痛い様に生きている克樹の生活は、あの自暴自棄な生活の中で、我が子を育てる気すら失くした、あの父と重なって悲しくなった。

女性に対する、酷い仕打ちも父によく似ている。

克樹はもはや、女性に心を開こうとしない。

あの時の父の様に。

泣いて縋って、素子さんは懇願した。

克樹同様に、転々と飲み屋で女を作った父の子供を身ごもった素子さんは、どうしても産みたいと懇願した。

自分は籍に入れなくとも、子供の水穂は認知して欲しいと泣いて縋って頼んだが、父は絶対にそれを許さなかった。

そして素子さんを捨て子供を捨てて、たった一人誰も居ない、誰も知らない所で死んで逝った。

もしもあの時彼女を受け入れていられれば、父は一人で死ぬ事はなかっただろう。

そんな父と同様に克樹が女性の愛を、受け入れられないのが切なくて遣る瀬ない。


水樹はビールを口に含んで、東京のマンションより生活感のある部屋を見た。

一応テーブルも置いてあるし、椅子も二つある。

テーブルの上にはじゃが芋の煮物が置かれ、箸をつけると美味かった。


「また食ってんのか?」


「これ美味いね」


「お前の料理よか、よっぽど美味い」


「まったく……」


水樹は再びビールに口をつけて、克樹に渡した。


「なんだ?」


「もう無理」


そう言うと、勝手にクローゼットから、布団を出して敷き始めた。


「…………」


水樹の眉間に、皺が寄るのを見逃さず


「なんだ?」


克樹が聞いた。


「お前やらしい」


「はあ?」


ビールを飲み干して、克樹が高い声を出す。


「相も変わらず布団一枚で、どうやって寝てんだ?」


「は?」


水樹は布団をマジマジ見て言ったので、克樹はハッとして


「泊まった事ねぇし」


と言い放った。


「誰が?」


「…………」


「冷たいヤツ」


「勝手だろうが?」


の布団に寝んのはなぁ……」


「……じゃねぇだろうが、俺が寝てるだろうが!」


何故だかムキになって言った。


「……克樹、お前相変わらず面白い」


水樹は布団にひっくり返って笑った。


「お前、性格変わったな」


「はぁ?」


「昔はそんな事言わなかったし、高城の嫌がる事はしなかった」


「克樹の所泊まる事、まだ言ってんのか?……馬鹿じゃね?もう子供じゃ無いんだから、お前の所泊まる事だってあるさ。克樹みたく女の所じゃ、問題あるだろうけどさ」


水樹の黒目がちの瞳を見入った。

その薄く形良い唇に、誰が口づけているのか知っている。

それを思うだけで胸が苦しくなるというのに、水樹は知らないと思って、

無邪気な事を言って克樹をそそのかす。

今ここで押し倒してみようか……。

今まで幾度もかられた衝動だ。

そしてその衝動を、何時も自制心で押し止めた。

ただ水樹との関係を、壊したくないが為に……。



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