第6話

だから水樹は、子供の頃から小さくて細い。

今は祖母にも克樹にも大事にされ、祖母が死んでから養子に引き取られた、高城にも大事にされたから、背だけは一人前に伸びたが、体型が男にしては可哀想なくらい貧弱だ。

知らない人間が見れば、女性と間違っても仕方ない程に……。

そこに持ってきて、顔立ちが綺麗だから、中学の頃はかなり揶揄われたが、なんせ付いているのが、中学の時からデカイ克樹と、その仲間の大森達だ。

中学バレーボールでは、かなり強かったし皆んな大きく育った。

そのメンバーが水樹を大切にしていては、さすがに虐められる事はなかった。

それこそ揶揄うヤツがいようものなら、バレー部の物言わぬ威圧感でその気を失せさせた。

みんな〝仲間〟と言っていたが、意識の中では親戚の様なものだった。

それは何年も経った今でも、きっと変わらない。


「本当大丈夫か?」


大森が下車して、克樹を水樹に抱えさせて念を押す。


「大丈夫。ここだから」


水樹は昔と変わらない、可愛い笑顔を見せて言った。


「じゃ、またきに会おうな」


「うん」


水樹は、タクシーが直ぐの交差点を曲がるまで見送って、ふらふらになりながら克樹を抱えて、マンションの中に入ってエレベーターに乗った。


「お前、変わらずよ……」


やっとの事でエレベーターを降りて部屋の前に来ると、克樹の体を弄って鍵を探す。

克樹の性格上身に付けている物の、何所かのポケットに入っている筈だ。


水樹は養父の高城が弁護士……。それもかなり大きな事務所の跡取りという事もあって、高城に言われるままに弁護士になった。

その為に、高城の元に養子に入った時から、高城の従兄弟の松長を家庭教師として勉強をさせられた。

母親に男を作って捨てられその為か、父親にもに顧みられる事なく、育児放棄というか育てる事を放棄された水樹は、祖母の家に引き取られて、従兄弟の克樹に勉強を教えてもらうまで、学校の授業についていく事すらできなかった。

だが、塾に早くから通っていた克樹は頭が良くて、そして克樹に教えてもらうと、解らないい勉強が解る様になった。

克樹の様に頭は良い方ではなかったが、人並みにできる様になった。

祖母に引き取られた水樹は、全ての子供が当たり前とする、その〝当たり前〟を手に入れられたのだろう。

そして、高城からはそれ以上の物を与えられた。

家庭教師に教えてもらう生活、高級マンションで家政婦さんが美味しい料理を作ってくれる生活、そして高級な物ばかり与えられる生活。

そんな何不自由のない、最上級の教育。

あれだけ整った環境があれば、水樹の様に出遅れた人間でも、一生懸命すれば得られない事はないだろう。

また、養父の高城がそうでなくては、きっと許さない。

彼は自分が目指す物の為ならば、全力を尽くすタイプだ。

もし、水樹が無理そうであれば、他の力を使ってでも其処に到達させていただろう。

だが、両親に捨てられた水樹は、二度と捨てられない様に努力を惜しまなかった。

そして、捨てられない術も知っていた。

死に物狂いという言葉を覚えるほどに勉強して、高城の期待に応えた。


案の定Gパンの後ろポケットに、入っていた鍵でドアを開ける


弁護士の資格を取得してから、高城の事務所に入らず、水樹より早く資格を取得して、小さな事務所を開いていた、家庭教師だった松長の所に世話になっている。

高城の所は大手企業を相手の事務所だが、幼い頃からの不幸な境遇を生かせる、小さいが民事を扱う事の多い松長の所が水樹には合っている。

大きな事務所の高城の所が、後ろ盾になっているのだから、どちらで実績を積もうと変わりはない。

ただ、水樹の生い立ちを知れば、高城の父親もそして高城も、水樹の気持ちを優先するしかない。


「ほら、しっかりしろよ」


特に水樹は青少年の犯罪や、虐待、育児放棄などを率先して担当した。

水樹を知っている松長は、それを容認してくれている。


「げっ、相変わらず殺風景な部屋」


やっとの思いで中に抱え入ると、思わず声に出した。

床に転がす様に降ろすと、クローゼットの中から、たった一組みだけの布団を出して敷いて、克樹を引きずって横たえた。


「よくこんなんで住めるよなぁ」


感心したりだ。

以前来た時も何も無い部屋だったが、全く物を増やすつもりが無いらしい。

克樹らしいが、これじゃ本気で生活する気が無いのが解る。


「はい……」


スマホが鳴ったので、ジャケットの内ポケットから取り出した。


「ああ……。今克樹んち。もう遅いし今夜は此処に泊まります」


「何言ってる。タクシーで帰って来なさい」


「そんな!久しぶりに克樹に会ったんです。明日帰ります」


「水樹?」


水樹は高城が言い終わる前に切って、何も無い床の上に置いた。

三月になったというのに、今夜は冷える。

エアコンを付けて、何枚が乱雑に置かれてある、克樹のスエット上下を手に風呂場に向かった。

スマホが幾度となく鳴っていたが、水樹は無視を決め込んだ。


高城の養子となってからは克樹が幾度言っても、水樹は一度も克樹の家に泊まりに行かなかった。それは高城が、良い顔をしなかったからだ。

だから、正月に会えるか会えないか、そんな状態になってしまった克樹と、こうして会う事ができた時ぐらいゆっくり話したい。

克樹は幼い頃から、水樹の支えになってくれていた。

中学生になって、父がたった一人誰にも知られずに死んで、その遺骨を同じ日雇いの現場で働いていた人から、受け取りに行った時も、克樹は付いて来てくれた。

行きの電車でも帰りの電車でも、手を繋いでくれた。

家に帰って風呂に入り、髪を手荒く洗ってくれた。

それは辛い時には必ずしてくれる、儀式の様なものだった。

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