第5話

「克樹」


駅前の居酒屋に現地集合は、昔からこの仲間で会う時のお決まりだ。

克樹は、店の奥の座敷に呼ばれて向かう。


「おう、こっちこっち」


今日の主役の小見が大ジョッキーを片手に、克樹を見て言った。


「お前もとうとう、年貢の納め時か?」


「何言ってんの?三年の交際を経て、やっと辿り着いたと言うに」


小見は上機嫌で、もはや出来上がりつつある。


「克樹こっち」


木本が呼ぶので側に行くと、向かい側に水樹が座っていた。


「久しぶりだね」


「おう」


克樹は座りながら、水樹を見て言った。


「お前らも久々?」


「うん。正月以来だよね」


「忙しくてさ」


「確実に実績を上げている会社の跡取りが、わざわざ現場に拘る事はねぇだろうに?」


木本が呆れた様に言う。


「いやいや、どうやら現地でお盛んらしいじゃん?」


大森がニヤニヤと、意味ありげに言う。


「えっ?なに?」


「行く先々で複数の現地妻?」


「馬鹿よせよ」


「いや……呉が言ってたぜ」


「冗談……」


克樹は素っ気なく言ったものの、ちょっと眉間に皺を寄せた。

なんだかんだと世間は狭い、中学が一緒だった呉が同じ業界に居て、何回か一緒に仕事をした事があるので、独身をいい事に、現地の女と関係をもっている事は知られている。

まあ、呉も克樹程では無いにしろ、遊び歩いている事には変わりは無い。

男とは意外と厄介で情けないもので、結局の所水樹の事が無くとも、こうしているのかもしれない。

香里と水鈴を愛していても、多少ならずはしているものであると思うのは、ただの身勝手という事か……。


「克樹はモテるからね」


「冗談だよ」


「そうかな?中学の時から人気者だったよね」


水樹が水鈴に似た、つぶらな瞳を向けて言った。


「まあ、克樹狙いで応援に来てたヤツは多い」


三野が言い足した。


「それも克樹は独身なんだから、何の問題もないだろう?」


木本が助け舟を出してくれる。


「そうだよなぁ?一番乗りしたのになぁ」


「何年前だ?」


「五年。続いたのは三年だが、最期の一年は家に居なかったからな。実質的に二年ってところか?」


「新婚で子供できて、それで一年家空けちゃ駄目だろう?」


「働き始めたら面白くてさ」


「……とは言っても、次期社長が現場ばかりってのはどうよ?」


「お陰でこの難しい時代に業績は上がってる。まぁ、香里の所の後押しが大きいけどな」


「奥田君?」


「ああ、彼は変わり者で有名だが、時代の寵児だ。こんなに早く変わり行く時代の流れを、間違う事なく読み取れる」


奥田潤司は克樹の高校の先輩だが、水樹の同級生で養父高城の事務所の顧問先だ。

水樹は克樹より早く友達となり、そして付き合いもちょっとだけ長い。

此処のメンバーの他で、克樹との共通の友達だが、高校を卒業してからは、克樹の方が深い関係となった。

たった三年ではあったが、あの奥田潤司と親戚関係にあった事は、克樹の人生においてかなり大きい。


「だからって、この年で独身通すのはどうよ?」


小見が説教を垂れる様に言う。


「小見。俺らはまだその予定もないんだぞ。その発言は許せんからな!」


三野が食ってかかった。


「俺なんて彼女すらいないのに……」


「えっ?いい子いるって言ってなかった?」


木本がすかさず言った。


「木本よ。それはいつの事だぁ?」


「やっ?すまん。小見、お前は可愛い緑ちゃんと、幸せになればいいんだ」


「そうそう、俺らの心配はするな」


「そりゃ、幸せになりますよ。緑を幸せにします!」


小見は酔いも手伝って、もう何回も聞かされて耳ダコになっている、愛しの緑ちゃんとの愛の軌跡を語り始めた。

これが始まると、てんでに会話が始まる。

誰も好き好んで、小見の愛の軌跡など聞きたい訳がない。

懐かしいメンバーが揃えば、時間が経つのも忘れて、酒の量も増して行く。

克樹はこの所寝ていない所為か、普段より早く酔いが回った。


「酒が強くなったからって、ピッチ早かったもんな」


「こんなこいつ、久しぶりだわ」


三野と木本が小見を抱え、大森と水樹が克樹を抱えてタクシーを呼び止めた。


「大丈夫か?」


「大丈夫……」


「……じゃ、なさそうだが……」


気のいい大森は、心配そうに言った。


「大丈夫大丈夫。克樹の所に泊まるから……」


「おっ?そうか?そうだよなぁ、久しぶりだもんな」


大森は笑顔を作って言った。

ここの仲間達は、水樹の可哀想な生い立ちと、その水樹を殊の外大事にする克樹を知っている。

貧弱体質でおとなしく、どちらかというと引っ込み思案を通り越して、世間にビクついて生きて来た水樹が、転校して小学校でも中学校でも、虐めに合わなかったのは、従兄弟の克樹とその仲間達のお陰だ。

特に大森は小学校の時からの友達だから、もはや互いに遠い親戚よりも近い感情だ。


「えっ?」


水樹は、タクシーに同乗した大森を見て言った。


「マンションまで送るわ」


「遠回りになるだろう?」


「こいつデカイからな、ちょっと遠回りするだけだ」


正体も無く酔い潰れた克樹は、水樹にもたれ掛かって熟睡している。

大森は助手席に乗り込んで運転手に会釈すると、心得た運転手は車を走り出させた。


「飲み会ですか?」


「ああ、友達の結婚祝いで……」


「後ろの?」


運転手がミラー越しに、水樹を見て言った。


「やっ?違うんだが……」


大森は少しはにかむ様に言った。


克樹の従兄弟の水樹は、幼い頃に父親にちゃんと育てて貰えなかった所為で、栄養失調だったらしく、祖母に引き取られた時には、それは悲惨な状態だった。

克樹が酔った勢いで水樹の事を語った事があったが、そんな父親が通っていた飲み屋の女と懇ろになった時だけ、ご飯らしいご飯を食べれるような、そんな育ち方をした。

その為引き取った祖母は、今まで大事にされなかった分を与えるかの様に、それは大事にした。それを見て殆ど一緒に育った克樹は、祖母が死んでからは祖母以上に大切に思っている。それが自分の使命の様に。

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