第4話

一緒に住み始めて、自分があの時の余韻を追い求めているのを知った。

それは薬物への未練が、同性とした行為にしては、予想以上に良かった事にあるのだと、まだ若かった克樹は思いこんでしまった。

未練を呼び起こしかねない、水樹との二人だけの生活を捨てて、母親と香里に逃げた。

ただ真剣に薬物への恐怖心で逃げた事だったが、果たして香里と付き合って行く内に、自分が自然と香里に溺れて行く事に安堵した。水樹に対して抱き始めた感情は、あの薬物と共に抱き合った快楽によるものであったと、言い聞かせ納得した。

だが高城から、水樹との関係を聞かされた時から、あの時の感情が再び首をもたげた。

そして少し大人になり愛を知った克樹は、それが以前の快楽の所為では無い事を知っている。

今も高城は水樹に触れている……。

克樹が香里にするように……。


何故高城の言う事を、真に受けるのか?

決して無いと否定しないのか?水樹に確認しないのか?


それはあの時、高校生の時一緒に住んだ時の克樹の感情が、全てを真実だと認めているからだ。

あの時克樹が恐怖に駆られた、その感情だから……。


克樹は嫉妬に足掻いた。

高城がかつて自分が欲した淫らな行為を、水樹に強いていると思うと、嫉妬で身重の香里を毎晩の様に攻めたてた。

さすがに安定期に入っていたとはいえ、克樹の情熱に香里は、切迫流産の危険が心配され入院する事となり、初めて自分の業の深さに克樹は恐れを抱いた。

それでも夜な夜な、水樹への恋慕に苦しむ自分が許せなかった。

香里が母子共に無事に退院した時に、もはやこんな煩悩を捨てて、以前の様に妻と子供の為に生きて行こうと勉強に熱中した。

父の仕事を手伝って、あのおばあちゃんが助けてくれた会社を大きくしようと、建築の勉強に没頭した。

建築に関係のある資格全ての取得を、目指して夢中になって勉強した。

勉強はやればできると、自負していたから頑張れた。


克樹は煙草の煙を手で追いながら、ガランとした部屋の中を見回した。

家具は殆ど無い。

何故ならほとんど、此処には帰って来ないから。

父親の会社で、父から建築の一から教えを受けた。

技量を買われ、奥田の新築や増改築を任される様になった。

そして現場で働く方が性に合っているから、日本中何処でも行く。

望まれれば海外だって行く。

だから、此処に居つくつもりは無い。

無いから家具は必要ない。


克樹は空き缶に煙草の吸殻を入れ、直ぐに新しく煙草を取り出して火をつけた。

再び煙草を吸い煙を吐いた。

小さく輪ができる様に吐くのは、今の時代遅れだろうが、克樹はかなり上手に幾つもの輪を作る事ができた。

煙草を覚えたのは離婚してからで、現場には吸う人間が多かった所為もあるが、寂しさと苦悩に負けそうになり、以前手を出した薬物に依存しそうになったが、今一歩の所で踏み止まらせたのは、ただ水樹の信頼を失いたく無い一心だった。

克樹はこんなにも毎晩毎晩嫉妬に苛まれながらも、水樹との従兄弟としての絆だけは失いたくなかった。

その為寂しさを紛らわすのに、煙草が手放せない。


あれから数年が経つ。

家庭を捨て妻と子供を顧みず、一人ぼっちの毎日を過ごす。

叔父……。水樹の父親を思う。

あの時のあの人の切ない心の内が、手に取るように感じてやまない。

大事な物を無くした喪失感と自暴自棄に押し潰され、数多の嫉妬に苛まれ続ける日々。

しかしもはや、決して手に入れる事の無い諦め……。

あの人と克樹が唯一違うのは、克樹は仕事に逃げて、あの人は人生から逃げてしまった。

仕事に逃げた克樹は、紙一重のところで子供と従兄弟に繋がりを持っている。

一歩間違えれば全てを失くす、そのギリギリの所で己を保っているのは、あの人の戒めが克樹を救っているのか、苦しめているのか……。

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