第3話
「今日は本当に、天気が良くてよかったね」
高城が、当たり障り無い事を言った。
「高城さんのお陰です。いろいろあったけど、本当に助けて貰いました」
克樹が今迄の事を、思い出す様に頭を下げた。
「よかったね。良いお嬢さんに出会えて」
「まあ……。それも高城さんのお陰です。俺なんて入れる筈のない高校に、入学できたのは……」
「水樹の為には、君にちゃんと更生して貰いたかったからね……。縁という物は不思議な物だ。私も水樹とは最良の縁だと思っているよ」
「本当に、大事にして頂き、ありがとうございます。それに大学も……」
「あれは水樹の実力だ。先々あれには、うちを手伝わせるつもりだからね」
高城はそう言うと、しみじみと幸せそうな克樹を見つめた。
「この結婚は君の人生に大いに役立つ……彼女は綺麗で、そして君のその若い欲望を満たしてくれる」
「何を……」
克樹は赤面して高城を見た。
「君がああいうタイプが好みだとは……まあ、想像を裏切らないがね」
「……………」
「スレンダーで美形……私とよく似た嗜好だ」
「お褒めの言葉と、受け取っておきます」
「水樹とは、つまりそういう仲だ……」
「えっ?」
「君が彼女に対する……そういう仲だ」
「馬鹿な」
「へぇ?私はてっきり君には、察しがついているものだと思っていたよ」
克樹は怒りを隠さずに、高城を直視した。
高城はほくそ笑んで、克樹を見続けている。
「私と水樹の関係は、つまり……」
「あんた!」
克樹は高城に向かって、拳を叩きつけた。
「あんた水樹を、大事にしてくれてるんじゃないの?」
「大事にしているよ。君が彼女にしてあげるように。私の全てをかけて大事にしている。彼女が君に喜悦の声を上げてしがみつくように、水樹も私に同様に可愛い顔を見せてくれる」
「黙れ!」
もう一発パンチを見舞わせたところに、式場関係者が時間を知らせにドアを開けた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。克樹君、すまなかったね、こんな晴れの日に……」
その先に高城が何かを言っていたが、もはや克樹の耳には届いていない。
その瞬間から、克樹の長い苦悩が始まった。
一生に一度の晴れやかで厳かな、幸せの絶頂のセレモニーを、克樹はしっかりと記憶していない。
……何故あの男が、あんな事を言ったのか………
それは、今でも解らない。
克樹は飲み干したビールの空き缶に煙草の灰を入れて、ひと吹き白い煙を吐き出した。
高い天井を見上げると、初夜の香里の甘くて荒い息を思い出す。
子供ができてからは、医者の指示通りそうした行為は自重して来たから、安定期に入った二人は久しぶりの、夫婦の行為という事になる。
かつて無い程の克樹の激しさに、妻の体と子供の為に、こんなになるまで我慢していたのかと、若くて優しい夫が苦しい程に愛おしくて、香里も久しぶりの甘美の声を上げた。
しかし、その克樹の意識は別の所にあった。
二次会にほんの少し残った高城が、やたらと水樹に囁やく仕草とか、触れる仕草が鼻に付いた。
水樹が酒の回りもあったのか、ほんのりと頰を染めた姿が脳裏に残る。
そしてその感情のやり場のなさと、今日初めて知った水樹の秘密への怒り、それ以上にある自身の弟の様に愛する従兄弟に対する劣情、そのはけ口として激しく香里を攻める自分が情けない。
「今日は疲れたろ?」
克樹は香里の顔を直視する事を避けて、大事そうに抱きながら髪の毛を撫でた。
「明日は早いから……もう休もう」
香里は素直に言う事を聞いて、克樹に抱かれたまま眠りについた。
明日二泊三日で新婚旅行に行く。
身重の香里の事を考えて、近くでゆっくりと済ませる。
いずれ子供が産まれて落ち着いたら、欧州を巡りたいと香里が言うから、たぶん再来年辺りに子連れの新婚旅行をする事になるだろう。
しかし、その旅行はする事なく、香里との生活は終止符を打ったのだが……。
………水樹はどの様にして高城と、この様な行為を営んでいる?どんな声で答える?どの様にしてあの可愛い顔を歪ませる?水樹は……
克樹は寝息を立て始めた香里を、静かに自分の体から離して横たえて身を起こした。
寝付けないを理由にシャワーを浴び、冷蔵庫からビールを取り出して飲む。
以前薬に溺れた時に、遊び半分で男ともした事がある。
だがあの時の男より、はるかに水樹の方が綺麗だ。
克樹を更生させたい一心で、水樹は養子に入った高城の家を出て、一緒に住んだ事があった。
母親に暴力を振るって、肋骨を折る怪我を負わせた克樹は、その時帰る家がなかった。
母親が怖がったとか、父親が見捨てたとかでは無くて、克樹自身が両親の側に暮らす事が耐えられなかった。
父親の建設会社が傾き克樹と水樹二人を、大学迄行かせる事ができなくなった両親は、祖母がとても信頼していた高城に水樹を託した。
それは高城からの親切心からなる申し出だと、両親は信じてそうした。
苦労に苦労を重ね、両親に捨てられた様に育った水樹を、これ以上惨めな思いをさせたく無くて、もはや父親すら亡くなっていた水樹の、ただ一人の肉親となった克樹の母親は、贅沢な生活と教育とそして将来を信じて高城に水樹を託した。
そして水樹も克樹の将来を思って、高城の元に養子として赴いた。
あの時の家の状態では、克樹一人でも大学迄出せるかどうか、危ぶまれていたからだ。
だが、そんな事情の果てに母親が祖母が残した、克樹と水樹の為に家と遺産を孫二人に残すという遺言書を、高城と共に隠して家を売り全ての遺産を、父親の会社の為に使って凌いだ事を知った克樹は、自分でも想像もつかなかった程に荒れに荒れ、母親に手を上げそして薬に手を染めた。
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