第2話 勇者の本当の正体


「この世界に新たな場所が出現しました。さっそく、行って見ますか?」


 急にバシンと扉が開くなり、過剰な武装をした兵士が中に入ってきた。


「え? どういうこと?」


「今、あなたがしでかしたことです。地図に新たな地形が出現しました。ハッキリいってあなたのセンスは壊滅的です。これだから少女趣味は。なにが『繊細な』ですか。私の理想は『剛』です。こちとらずっと荒々しい地形を求めていたというのに」


 突然始まった酷評。

 そんなに悪かった? これでもなかなかの完成度だと思うけれど。


「それで、いったいなんなのよ?」

「ですから、こちらをご覧ください」


 巨大な地図を差し出される。


 元は白かったであろう紙は、今や緑や茶色などのアースカラーで染まっていた。

 平地の城下町を囲う形で、草原や山・森などが広がっている。大半は荒れ果てているけれど、立派な地形だわ。


 問題は唐突に現れたなぞの空間よね。

 パステルカラーで彩られた花畑のような場所。

 実際に目にするとさぞかし、うっとりすることでしょう。ただし、この世界観には合っていない。あきらかに浮いている。目の前の兵士の気持ちがなんとなく分かったような気がした。


「つまり、私がこれを創造してしまったと……?」


 なにも考えずに筆を動かした結果がこのザマよ。


「そうです。現在、あなたが世界の核です。ほら、魔力が変質しているのがお分かりになられますよね?」


 手のひらサイズの鏡を突きつけられた。

 一瞬、骸骨が映るのではないかと身構えてしまったけれど、杞憂きゆうだったようね。


 きれいに磨かれた鏡に映るのは、濃紺と暗いターコイズブルーの少女だ。確かに髪の色が変色しているわね。女王の能力を取り込んだ証だわ。


 つまり、キャンパスに絵を描くだけで世界を創造できるし、なにもかもを自由に操れると……。


 無論、私には使いこなせる気がしない。

 女王という称号は無能である私にとって、荷が重かった。


「悪いけど、女王の座、下りてもいい?」

「なんと? なにをおっしゃります。今、あなたが消えてしまってはこの世界はどうなるのです?」

「ああ、確かに」


 だけど、その件に関しては女王と戦う前から決めていた部分もある。


「ねえ、改めて了承を得ていいかしら?」

「あらためてといいますと?」

「こっちの話よ」


 私は一呼吸置いたのち、真剣な顔をして、事情を説明をした。



「なんと無責任な。まあ、いいでしょう。我々から全人類に対して通達します。それによる結果をお待ちください」


 心の底から嘆いた様子で頭を抱えてから、兵士は部屋を飛び出していった。

 その様子をぼんやりと眺めていると、どこかで誰かの声がした。


――僕に許可を得たのなら、それで問題はなかったというのに。


 世界そのものの声か。はたまた、『彼』か。

 ため息混じりの言葉になんとなく申し訳なさを感じつつ、兵士の帰りを待つ。

 ほどなくして彼は戻ってきたようで、さっそく報告をする。


「よろしい。死ぬほど面倒でしたがね。そんなわけで、さっさと出ていってください。ああ、よろしかったらわたくしめのちからも借りますか?」

「結構です」

「まあまあ、そんなことを言わずに」


 両手で相手を制して外へ出ようとした矢先、それをさえぎるように一人の少年が目の前に現れた。

 見事な正装を身に着けた彼はどこか浮かない顔をして、こちらを見上げる。


「僕が力を貸します。さあ、問答無用で飛ばしますよ」


 彼の言葉と同時に足元に魔法陣が出現した。

 かと思うと、いきなり私は空中に躍り出て、やけに広々とした草原の上に着地する。





「ここは……?」


 空は青いままで、地上へ降り注ぐ日光も激しい。

 一面に広がっているのは、草原だ。自然が豊かといえば聞こえはいいが、民家が建っていないため、さみしげな雰囲気がただよう。


 どことなく、目の前の景色に既視感がある。

 自然しかない空間で、永遠のような時を過ごした記憶があった。


「よう、待ってたぜ」


 不意に声をかけられる。

 青々とした山を背景に、純白の鎧に身を包んだ青年が立っていた。


「残念な報告だ。どうやら、俺たちがこの世界から出る術はねぇらしいぞ」


 こちらの髪と目の変化には全く触れず、自身の得た情報を報告する。

 ちょっとは触れてもいいのでは? と思ったけれど、ひとまずは置いておこう。


「知ってるわ。私はこの世界に……いいえ、元はなにもなかった場所に世界を生み出して、永遠に幽閉されるかわりに神としての能力を発揮していた。出られないことが対価なのだから、脱出する手段はない。そう、勇者さまは言いたいのでしょう?」


 全てはミシェルの記憶を引き継いで得たものだ。

 それを意外だとは思わない様子で、青年も「なんだ、気づいていたのか」と苦笑する。


「なんなら、俺の正体だって知ってるよな」

「そちらは勇者だもの。私を殺さなければならない」


 本音を言えば、悪役だなんてゴメンだわ。

 罪を押しつけられる身にもなってほしいけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。


「そうだよ。だったらお前は逃げねぇと。殺されちまうもんな」


 青年から感じるのは、有言実行しそうな意思と、躊躇ちゅうちょしてしまいそうなもろさだ。


 ルークは勇者で私は死神。互いの関係は今も変わらない。だからこそ、私たちはふたたび対立するのだろう。


「逃げないわ」

「それだけの自信があるってこと?」

「いいえ。そうじゃないの」


 視線をそらす。

 自分が生き残れるとは思っていない。

 だけど、確証がある。

 彼が絶対に私を殺さないという自信があった。


「仮に勇者さまが私を殺すために近づいたのだとしたら、どうしていままで野放しにしておいたの? 神の能力を得る前になんとかする方法だってあったでしょう」


 なにより私は。


「信じている。いままでずっと行動を共にしてきた白い騎士を」


 真っすぐな思いをこめた言葉を聞いても、ルークの態度は変わらない。浮かない表情をして、淡い色をした空を見上げるだけだ。


「俺さ、知っちまってんだよな」


 ゆっくりと、青年は語り出す。


「お前も同じだよな? 外の世界へ出るためには死ななくちゃならねぇって、記憶を受け継いでるのなら、知ってるはずだよな」


 瑠璃色の瞳と目が合う。


 彼の言葉は静かだ。態度も落ち着いている。もっとも、飄々ひょうひょうとしているわけでも、不真面目というわけでもない。感情を表に出していないだけだ。


「だから、殺すと?」

「さあね。でも、俺には無理だ。お前は神の能力を手に入れちまった」

「私がわざと殺されにきたら?」

「そいつも同じだ」


 きっぱりと、勇者は言い切る。


「もしも俺が無防備のお前を刺しにいっても、刃のほうが勝手に折れる」


 彼が話した現象に心当たりがあって、眉をひそめた。


 確か、盾と槍が相殺して砕け散ったとき、女王は新たな武器を取り出したわよね。けれども、使用する前に武器は砕け散った。理由は、女王がオリジナルには勝てないという宿命を背負わされたからだと、考察できる。同様に、勇者にも同じことがいえる。彼は神には逆立ちしても敵わない。


 でも、待って。


 同じこと……?


 曲解せずに、ストレートに解釈する。


 オリジナルから女王が生まれたように、神から勇者が生まれたとしても、おかしくは――


「勇者の本当の正体は……?」


 おそるおそる顔を上げる。


 いつか自宅で読んだ小説の内容に、勇者について記したものがあった。


 手のひらに汗がにじむ。

 頭上で雲が動く。

 張り詰めた空気の中、ついに青年は口を開いた。


「俺は、神の化身だよ」


 背中を汗が伝う。

 思わぬ展開にあたりの空気が冷えていくような気配がする。

 私はどのような反応を取るべきか分からなかった。


「正確にいうと、押し付けられたってところだ。ほら、お前のところの女王がターコイズを使って属性そのものを上書きされたように」

「元は普通の人間だったの?」

「そうだよ。しかも、戦いとは無縁だった。平和な世界で暮らしていたんだ。そこを呼び出されて、魔王を討伐しろって命令されて。で――実際に相対したわけだけど」


 彼は第三者の視点に立って話を進める。

 実際、彼にとっては勇者は第三者に等しいのだろう。表に出ているのは本当の青年の姿ではないのだから。


「負けたよ。圧倒的敗北。なんだありゃ、勝てる気がしねぇよ」


 その正体が私であるとなんとなく理解しつつ、彼の話に耳を傾ける。


「これで分かっただろ。俺じゃ殺せないって」


 肩をすくめて飄々と語る勇者に対して、私は複雑な感情を隠せなかった。

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