第五章

第1話 絵画

 膨大な量の映像が脳内を駆け巡る。

 さまざまな場面が万華鏡のように、脳裏にチラつく。

 少し目眩めまいがしたけれど、脳はすんなりと受け入れているようだ。過去の出来事はハッキリと思い浮かぶ。

 その中で印象に残ったのは、私が牢獄に落とされた後に繰り広げられた、勇者と女王のやり取りだ。



「貴様の目的は分かっておるぞ」

「へー、本当に分かってんのか?」


 鋭い目をしたミシェルに対して、勇者ルークの態度は白々しい。


「とぼけるでない。私のオリジナルと貴様の正体を考えれば、一瞬で分かることではないか?」

「だから、俺と彼女を引き剥がしたってか?」


 女王の敵意に満ちた視線を浴びても、彼は平然と頭をかいている。


 ルークとしては、恐れる相手ではないというつもりだろうか。


「なぜ、ここにきた?」

「いや、呼んだのはそっちじゃねぇか」

「なに?」

「あれ、なにか悪いことでも言ったか?」


 急に、場の空気が張り詰める。先ほどまで晴れていた空は曇りだした。大きな窓が開けられた白い空間も薄暗くなって、互いの顔に影が差す。


「ずっと考えてたんだ。なんでこの世界に召喚されちまったのかって」


 不穏な空気を切り開くようにして、青年は切り出す。


「最初にあいつの顔を見たときに確信した。この世界は封印に用いたクリスタルの中だって」

「クリスタルだと? 貴様が私たちを封印したのは指輪ではなかったのか?」

「ああ、お前らの視点だとそうなってるんだよな。間違っちゃいねぇよ。最初に使用したのは指輪だ。けど、指輪っていうのは脆いし、安定しねぇ。封印だってあっさり解けちまうかもしれねぇ。んなもんだから、クリスタルに封印し直したんだよ」


 のんきな口調で繰り出される質問に、女王は眉をひそめた。


「クリスタルとは、魔道具にも利用されていたものだ。炎とか光を閉じ込めるって仕組みだっけ。その中に一つの世界を封印した。だから、この世界は幻想でありながら、安定している。消えはしないし、時も永遠に止まったままだ。便利だろ?」


 ルークははにかむ。


「けど、お前らは封印されてるもんだから、外に出る手段はない。俺も出る方法が分からねぇ。それを探すためにいろいろと見て回ったけど、ひょっとしてお前、助けを求めてねぇか?」


 女王の眉間にシワが寄る。眉は釣り上がって、目の角を尖らせている。刃のごとき眼光が勇者を貫くが、当の本人は全く気にしていない。


「俺だって、あいつに召喚されたんじゃねぇかって疑ったよ。でも、実際はなにも考えてないだけだったらしい。だとすると、ほかに召喚なんて芸当ができそうなのって、お前くらいだよな?」


 瑠璃色の瞳は深く澄んでいて、それが推理に対する強い自信を主張しているようにも見えた。


 女王はなにも反応をしない。怒るでもなく、否定するでもなく、ただ無表情に相手を見つめている。彼女がなにを考えていたのか――戦いを繰り広げた後なら分かる。


 確かに彼女は助けを求めていた。この終わらないループに決着をつけたいと。ただひたすらに高みを目指して、あらゆるものを手に入れたとしても、満たされるものはない。だから無意識に助けを求めて、この世界に勇者を呼び寄せたのだ。


 ルークは沈黙を肯定とみなしたのか、ゆるやかな笑みを浮かべる。


「それにしても、よりにもよってあっち側に落とすとか、なに考えてんだよ。おかげであいつを回収できたけどな。ひょっとして、そっちのほうが目的だったか?」


 彼の挑発にも似た言動にも、女王は反応を示さない。

 もう全てをあきらめたとばかりに目を伏せると、皿に盛られた青りんごを丸かじりする。


「貴様の要件はなんだ?」

「そりゃあもちろん、この世界の出口だよ。君は外に出られなくても、ほかのやつが出る方法は知ってるんじゃねぇか?」


 彼女は無言で青りんごを咀嚼そしゃくしていた。

 無視しているというより、今は食べるのに集中していて、喋れないといったところだろうか。

 ほどなくして一つの青りんごが手のひらから消失して、女王は口を開く。


「あるわけないだろうが。バカか、貴様は」


 心の底からイラ立っているような口調で、勇者をにらむ。


「言ったであろう。取り込まれたら最後、元より貴様には帰る場所などない。この世界から出たところで、なんになるというのだ?」

「どうにもしねぇよ。方法を知りたかっただけだ」


 彼の態度は頑なだ。


「全てはあの娘のためだろう。だが、外の世界に放り出したからといって、それで全てが変わるのか? 貴様は一生、とらわれたままになるぞ」


 真剣な顔をして、女王は口にする。

 勇者もどこか思うところがある様子で、口をつぐむ。


 彼はなにを考えているのか、そして、二人の発言の意味はなんなのか。私には分からない。だけど、ひどく深刻な内容であることは確かだった。


「あえていうなら貴様は概念だ。どのような場所にも現れる。そして、私たちを殺せるのは、勇者である貴様のみだ。この意味が、分かるな?」

「ああ。でも、俺はやらねぇよ。なんせ、お前は神に等しい存在だ。そんな相手に勝ち目はねぇだろ。俺はそういうふうに設定されてんだからな」

「私でいうオリジナルが、貴様の神とやらか」


 ルークが軽口をたたくような形で告げて、女王が少し沈んだような表情をする。


 最後の言葉はほとんど無意識のうちに繰り出されたもので、相手の返答は求めていない。ルークも聞かなかったことにして、次の話題へ移る。


「強いていうなら俺自身が鍵か。なるほどな」


 彼の声は低かった。




 私の意識は現実に戻る。

 あたりを見渡せば荒れ果てた部屋が広がっていた。

 床にはターコイズの装飾が転がっている。せめてもの形見だ。身につけておこう。


 空間を後にして、別の場所へと進む。廊下で兵士とすれ違うなり敬礼をされて、複雑な心境になる。彼らが見ているのは私ではなく、内側にいる女王なのだろう。


 目的地は決めず、心が赴くままに足を動かす。


 移動の最中、おもむろに頭を回転させて、得た情報を整理してみる。


 まず、女王は私の分身で、今は自分が取り込んだ。

 宝石によって属性は変化して、髪が変色することがある。

 私の場合はターコイズに触れた時点で、死神としての属性が消えて、創造神としての自分に書き換えられた。


 女王と分離して本来の自分を形作ろうとしたわけだけど、失敗。全てを失った私は失うものはなく、かわりに深く濃い闇にたたきつけられていた。

 昔の輝いていたころの自分は取り戻せない。あの、月のような銀色を髪に写し込むことなんて、できなかったのだ。


 最上階は意外と狭い。次の部屋にはあっという間にたどり着く。


 扉を開けて中に入ると、大量のキャンパスが飾られていた。足元には本も転がっている。


 私はここでなにをするべきだろうか。なんせ、この芸術作品の山だ。下手に手を加えて泥を塗るわけにはいかないだろう。


 されども、体がウズウズしてきて、気がつくと筆を取っていた。

 毛先はなにも描かれていないキャンパスへ向けられる。絵の具をつけて、描く。なにも考えていないのに、勝手に筆が動いている。まるで、なにかに操られているかのように。


 完成したのは、淡い色彩で描かれた謎の場所。花畑だろうか。あたりを清らかな水が流れている。ここぞまさに楽園だ。


 なんだろう。

 これを私は求めていたといったところだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る