第14話


「なるほど。やはり、私はそういう運命だったか」


 いえ、勝手に納得されても困るのだけど。

 私はまだ、状況を把握できていないわ。

 でも、剣を下ろしているところを見るに、戦いは終わったとみるべきかしら。


「オリジナルには勝てない。そう突きつけられた。もしくは、そのように最初から設定されていたのだろな」


 ミシェルはこちらを向く。


「言い訳はしまい。敗北を認める。よくぞ、この攻撃を受けきったな」


 彼女はき物が落ちたような顔をしていた。

 勝者、レイラ・レナータ。

 後ろで誰かが、そう告げたような気がした。


 しかしながら、実感が湧かない。

 本当に私の勝利でいいのかしら。

 とはいえ、勝ちは勝ちよね。


 唐突に涼しい風を感じて、あたりを見渡す。


 ずいぶんとひどい有り様ね。

 ふと現実に意識が戻ってみると、苦笑いをしたくなる。


「それで、どうなの? 後悔はないの?」


 チラリと、少女を横目に見る。

 ミシェルの顔に、悔恨はない。ターコイズブルーの瞳は澄み切っている。


「構わない。これで終わりだ。ああ、これで」


 憂いはないと、彼女は言う。


「最後の相手が貴様でよかった。結局、自分自身を倒すことはできなかったことだけは、無念だが」


 ターコイズブルーの瞳が天井を見上げる。


 つられて視線を上げて、うげぇーと顔をしかめる。

 天井に穴が空いてるわ……。

 空色が顔を覗かせている。

 修理が大変そうね。


 なんて、客観的に物事を見ている場合でもないか。


「所詮、私は貴様の分身だ。あくまで、命令に従うだけの機械に過ぎない」


 視線を前に戻す。

 女王の口調は淡々としていて、表情も真顔のままだ。


「そんなはずは……」


 言葉に詰まる。

 否定したかった。なのに、うまい言葉が見つからない。


 確かに私はオリジナルで、彼女は分身だわ。

 その事実は変わらない。否定してしまえば、彼女の存在意義を奪ってしまう。

 でも、それでもと――


「女王は私とは別物だもの。だって、そちらはオリジナルに歯向かってきた。殺そうともした。機械だったら、そんなことはしないわ」


 彼女は生きている。

 ターコイズブルーの瞳からも、きちんとした意思を感じた。

 女王はただ、私の願いに引きずられているだけの、まっとうな人間だわ。


「そうか。だが、私は貴様の願いでしかない。それでいいと思った」


 小さな唇からつむがれた告白は、淡々としていた。

 ほどなくして、彼女の体に乱れが生じる。

 宴のときに見かけた住民たちに似ていると、直感した。


「ああ――、時間切れか」


 少女はつぶやいた。

 ああ、ダメだ。

 また、彼女が遠くへ行ってしまう。


 引き止めなきゃ。

 手を伸ばす。

 だけど、届かない。

 ギリギリのところで、運命にはじかれたように。


 静寂の中、ミシェルはゆっくりとこちらを向く。


「後悔はないと言っただろう。私は、先ほどの戦いで確かになにかを得たのだ」


 ゆっくりと、一つずつていねいに言葉を置くような形で、彼女は告げる。


「心の整理はついた。最後の最後まで自分のやりたいことをやりきった。終わりの見えない道に対して、敗北という形で結果をしめされた。ならばもう、いいのではないか。満たされないものはあるけれど、間違いなく悔いはなかった」


 女王が満足しているのなら、私に口出しをする権利はないのでしょう。

 それでも、こちらとしては悔いがあるの。


 いくら分身だって、私がいなければ別の人生を送れたはずだわ。

 もっと、違う――オリジナルの夢に縛られるような生き方ではなくて、本物の自由を得られていたら、どれほど幸せだったのだろう。


 ミシェルならきっと、どのような世界でもうまくやっていっけるはずよ。周りにも流されることなく、やりたいことをやりきることもできたでしょう。今日、全てを出し切って散っていくのと同じように。


 なら、ほかに方法は?

 彼女が死ななくていいような、消えなくていいような方法はないの? 


 いまさら、無理か。

 女王の消失という結末に至ることなんて、分かりきっていたわ。

 ゆえに、悲しむ必要はない。つらいと思わなくてもいいのよ。

 だけど、一つやってみたいことがあって、顔を上げる。


「もし、もしもよ。私たちは元から一人の人間から生まれた存在。だったら、融合することで一つに戻ることができるのではないかしら」


 提案に対して、当初、ミシェルは無言だった。


「貴様、水を差すつもりか?」

「違う。そんなんじゃないの。ただ、このまま終わらせるには惜しいと思わない?」

「思わぬ。そのようなものは、貴様の勝手だ。私は非常に満足している」


 彼女は腕を組んで、やや高圧的な態度でこちらを見下ろす。

 やけに背が高いわね。そして、やっぱり女性らしくないわ。


「でも、お願いできるかしら。私は見捨てたくないの」


 これは本音だ。隠す必要もないほど純粋な好意を相手にぶつけている。


「一つに戻ったところで、私の意思は消える。正確にいうと溶けてしまうだけだがな。もはやどちらの思考なのかすら分からなくなるぞ」

「それでもいい。この心に、ミシェルの存在が残るのなら」


 これはただのわがままだ。正しい行為だなんて思ってもいない。

 でも、受け入れてよ。


「融合、か」


 心の底から嫌そうな顔をして、彼女は口に出す。


「よかろう。それが貴様の望みだというのなら」


 あっけなくあきらめた。

 それが敗者のとるべき選択だというように、ミシェルは吹っ切れていた。

 そんな不満を隠そうともしない姿に、くすりと笑ってしまう。

 私は彼女に接近して、消えかけていた指先にそっと触れる。


「まったく、気持ちよく消えられそうだったところに、無駄なマネをしよって」

「いいじゃない。まだまだ、つきあってもらうのだから」

「それで、残った問題とやらは、なんなのだ?」


 私は黙り込む。

 もはや、言うまでもないだろう。というより、口に出したくはない。今後の展開がなんとなく読めたような気がして、表情が曇る。

 そんな私の態度を見てなにかを感じたのか、ミシェルはまたニヤリを笑んで白い歯を見せる。


「融合すれば私の記憶が貴様の脳に移し替えられる。それで全ての空白が埋まるだろう。同時に貴様は知ることになる。その懸念が実現すると」


 ビクッと、胸が跳ね上がったような気がした。

 どうしてか、胸騒ぎが止まらない。

 ミシェルのほうはというと、満足しきったような顔をして。


「ああ、本当はな。貴様のことは好いていたんだ。本当だ。本当にだぞ。いわゆるオリジナルサマだ。私にはない部分を持っていた。全てを武力でしか解決できない私と違って、貴様はまだ、優しいほうだ」

「そんなはずは……私は、優しくなんて」

「事実を言ったまでであろう。それを否定するな」


 彼女はまた柔らかな表情で、こちらの目をじっと見つめる。

 漆黒しっこくの瞳にはなにが映っているのだろうか。この、ただただ黒くしかなかった瞳には。


「選択を委ねよう。全ては貴様次第なのだから」


 凛とした少女の声が、鼓膜こまくを揺らす。

 目の前で、空色の少女の姿が薄れて、煙のように消えていく。


 目の前に少女はいない。前方には玉座がポツンと残るだけだ。

 荒れ果てた部屋に玉座……ミスマッチだわ。

 なんだか急にむなしくなる。


 ちょっと視線を映すと、自分の髪が視界をかすめた。真っ黒にもほどがあった髪が青みを帯びている。さしずめ夜空の色、濃紺といったところか。おそらく、瞳の色も暗いターコイズブルーに変わっているだろう。


 本当に彼女は自分のものになってしまったのね。その割には彼女の気配を感じない。きっと、意思まで融合してしまって自分との境界線が消えてしまったのね。

 でも、よかったのよ。全てが消えてしまうよりは、ずっとよかった。


 そしてそのとき、脳内をなにかが急速にかすめていった。それは失ったはずの記憶。ミシェルが自分から奪っていった過去の映像だった。


 空白が埋まる。


 自分が思っていたよりもずっと高速に。

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