第13話


「ずっと戦いたいと願っていたのだ。正確にいえば貴様の盾の強度を。そして、私はその盾を破ることができるのかを。なに、すぐに終わる」

「下手をすれば私は一瞬で吹き飛ばされるでしょうね」

「せいぜい踏ん張れ。こちらも手加減などする気は毛頭ない。むしろ、さっさと殺したくてウズウズしていたところだ」

「我慢できるなんて偉いのね。短気そうだったのに」


 指先をほんの少し丸めると、手のひらの中に武器がポッと出現する。

 女王はそれをキャッチすると、目の前で構えた。

 あらあら、立派な槍だこと。

 しかも、なんて大きさなの……! 彼女の背丈ほどはあるんじゃないかしら。刺し貫かれたら、ひとたまりもないわ。

 拡大されているからよく分かるけれど、細部まで精巧に作られているのね。

 表面が黄金に輝いていて、一部には空色の宝石を埋め込まれている。

 雰囲気だけは勇者に破壊された杖に似ているけれど、一発で違いが分かってしまう。

 黄金の槍が放つオーラと迫力は、私が得たレプリカは持ってないもの。そりゃあ、ガラクタだと批難されるわけだわ。


「私が短気だと? これでも、忍耐力はあるはずだがな」


 女王がようやく口を開く。

 彼女の手の中で、黄金の槍が太陽のごとき輝きを放つ。


「心は広いんでしょう? 分かってるわよ。でも、そんなに気が長いのに戦いを望んでウズウズするだなんて、ちょっと合ってないわよ」

「なに、関係あるまい。私は戦いを好む。それ以外は好まぬ。それだけだ。よって、貴様の軽口も許そうではないか」


 許されなくったって結構よ。


「私は死ぬ気で挑む。だからそちらも」

「言われるまでもない。殺す。跡形も残らぬよう、消し飛ばしてくれよう」


 あからさまに殺意をむき出しにされても、心は落ち着いている。

 むしろ、彼女の殺気は心地よいくらいだわ。

 私の心にも、過去の自分が戻ってきたのかしら。怒りに任せて殺戮さつりくを繰り返した罪と一緒に。

 過去は自分にとっては拭いきれない問題であり、重荷になる。一族の血自体が呪われているのなら、能力を使いこなす自信はない。そもそも、ターコイズに触れたときには私の属性は変質していた。

 それでも、もしも、女王に届くなら。ミシェルを打ち倒せるのなら、どんな力だって使ってみせる。

 だから――この心の奥底に死神と呼ばれた少女の能力が秘められていたのなら、応えてほしい。


 目を閉じた。

 頭が妙に冴えている。

 今、とても高揚している自分がいるのに気づく。

 女王に敗北して、いままでの努力が水の泡になったとしても、構わない。

 大きな代償を支払ってでも、前に進みたいの。

 彼女のために――いいえ、自分のために。


 目をカッと見開く。

 漆黒しっこくの杖を、相手へ向ける。

 攻撃が飛んでくるよりも先に、行動へ移す。

 体内に眠る魔力へ意識を向けて、自分の出したいイメージを目の前に出現させる。

 私はもう、逃げない。

 誓いは絶対だ。

 今、根付いた気持ちと一緒に、魔力を放出する。


 直後に、バリアが目の前に展開されて、相手よりも先に私が驚く。

 なんて、大きさなの。

 イリュジオンから武器を受け取ったときから変化の予兆は感じていたけれど、いままでとはわけが違う。

 人間一人どころか、最上階の部屋を覆い尽くしてしまいそうなレベルよ。

 中央に存在する段差のかわりに、上下の境として利用できてしまいそうだわ。


 なおも表情を一ミリも動かしていない女王に対して、私の心はわずかながら波立っていた。

 やはり、実際に自身の能力を具現化してみると、重たいものがあるわね。

 一族としての能力はすでに失われているとはいえ、バリアは黒曜石よりも深い暗黒色へ染まっている。

 でも、もう逃げないと決めたのよ。

 全てを受け入れるわ。汚点からも目をそらさない。いかに強大な力であったとしても、使いこなしてみせる。

 ここにはもう、昔の私はいない。余計なものは捨ててきた。

 自信はないけれど、必ず生きて帰ると心の中でも誓う。

 そうだ、死ぬ気はない。裁かれようだなんて思っていない。その相手は別にいる。

 迷いは振り切った。今の私なら、彼女と同じ高さに立てるかもしれない。

 顔を上げる。

 前を向いた。

 女王も槍を振るう。

 荒々しく振り回して、その穂先をこちらへ向ける。

 いよいよ、槍と盾がぶつかり合う。

 ターコイズブルーの瞳は真っすぐにこちらを見据える。太陽の光を浴びて鋭く輝く槍は、赤色を帯びている。その色は彼女の空色に、映えていた。

 盾をさらに大きく展開する。部屋の中央に壁ができる。下と上は完全に分断された。

 金色と真紅に光り輝く槍もさらに鋭さを増す。光の強さは激しく、もはや魔法を発動しているといっても過言ではない。

 穂先は雷のような速度で飛んでくる。

 貫かれるビジョンが脳内を埋め尽くす。

 焦っちゃダメだわ。

 落ち着いて、相手を見据える。

 もう下は向かない。力を入れて、杖を握りしめる。

 目の前で、数ミリ程度だった壁が、厚さを増していく。

 半透明とはいいがたいほど濃くなったバリアの裏側に、女王の影を確認できる。

 そこから何度撃ち合いが続いたことだろう。互いに一歩も動かないまま、武具だけがぶつかり合う。

 体内ではさらに魔力を循環させる。

 後悔なんてしない。全力を出して立ち向かう。そうでなければ彼女に報いることなどできない。

 汗が頬を伝う。相手は涼しげな顔をたもったまま。

 ならばいっそ、その顔を歪ませてみせる。

 意気込んだはいいけれど、そろそろ限界か。盾にヒビが入り始めた。やはり、彼女は違う。その攻撃は重く、槍に押しつぶされてしまいそうだ。

 しかし、引くわけにはいかない。私は彼女に勝つ。そのためにここにきた。

 さらに全ての力を結集して盾に賭ける。盾は厚く、強度を増す。

 同様に、やはり女王は遠い。彼女の能力にはどれほどの時間をかけたとしても届かない。でも、まだやれる。ここで終わってたまるものですか。

 皮膚に、玉のような汗が生まれる。

 少しだけふらつく。体からエネルギーが消えていく感覚があった。

 槍の出力は落ちない。壁にヒビが入っていく。白い壁も破壊される。振動は床にまで伝わってきた。

 あと少し。あと少しで押し切れる。槍の勢いは止まらない。女王の余裕も消えやしない。だけど、こちらはいっぱいいっぱいだ。すでに限界だって超えている。あとは、なにをすればいい? 私の体からなにを引き出せばいい? 

 分からない。答えなんてすでに置いてきている。だけど、死ぬわけにはいかない。だって私は答えを聞いていない。勇者からルークから……彼とまだ、再会できていなかった。私は彼になんとしてでも会わなければならない。だけど、女王をなんとかするまではありえないことだ。

 私たちは平行線だ。どこまでいっても分かり合うことはない。それで満足していた。だけど、本音を言うと友達になってみたかった。私たちは違う世界でなら仲良くなれそうな気がする。もっと違った結末になっていたのかもしれないと。

 淡い思いを噛み殺すように前を向く。

 きっと、これが最良だったんだ。私はもう、要らないよ。なにも求めない。だから、きっと、この邂逅かいこうが最後になる。この槍と盾のぶつかり合いこそが、最後に私と彼女が交わった瞬間だったのだわ。

 だからこそ、迷わない。

 これ以上ないほどの魔力を放つ。まだある。まだいける。まだ、舞える。

 盾の傷を修復していく。今は勝つことだけを考えた。絶対に負けたくない存在だから。

 彼女の意思は尊重している。ゆえに、打ち負かしたい。とても強い、尊い精神を持った彼女を越えたい。

 口を大きく開く。咆哮が轟く。重たいものを持ち上げるように、全身に力を込めて、バリアを展開する。

 押し切れる。確信した。だけど、彼女も負けていない。また押し返してきた。槍のほうも限界だろう。折れる寸前ではないのか? でも、出力はまだ上がる。ならば、私も、この能力をさらに引き出してみせる。キッと目を尖らせて、意識を集中させる。

 もはやなにも聞こえない。周りの景色など、見えない。

 この戦いを終わらせたくないと思った。撃ち合いをずっと続けていたい。そうすれば、彼女と一緒にいられる。だったら、まだ倒れられない。少なくとも、それまで私が音を上げるわけにはいかなかった。


 その時は唐突に訪れる。

 ガラスが割れるような音が急にした。かと思うと、目の前でバリアが砕け、同様に槍も砕け散る。

 ほとんど同時だっただろうか。武器を失った彼女は肩で息をしている。こちらも精根尽き果てた。あっけなく膝をついてしまう。もはや、立ち上がる余裕はない。


「引き分け……?」

「それはどうかな」


 あっさりとした態度でミシェルが口にする。その手のひらには新たに生み出された剣が握られていた。

 そうだ。彼女は創造の力を手に入れている。武器なんていくらでも作ることができる。対して、私は一つのバリアしか展開できない。くわえて、もはや体力は限界だ。

 いけるだろうか。

 いや、無理だ。

 体内で枯渇した魔力は早々に戻ってはこない。

 負けか。

 あっさりと認められた。

 まだ、やり残したことは十分にある。ルークのことが頭に浮かぶ。彼は今、どこでなにをしているのだろうか。気になるし、言わなければならないことだってあった。

 でも、いいかと思えた。彼女に殺されるのなら、耐えられる。その刃で貫かれるのなら、どれほどつらい現実だろうと受け入れられた。やり残したことも後悔も、全て洗い流してくれるような気がして。

 だけど、刃は私を貫かなかった。なぜなら、その場で彼女に握られたまま、砕け散ったからだ。

 私の視点からすると、なにも理解できない。目を丸くして硬直してしまう。

 もはや戦う余裕はない。立ち上がる気力すら沸かないまま、ただぼんやりを前方を見つめていた。

 女王はため息をついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る