第5話 ドラゴンと聖剣


「なんだ、お前?」


 片方の男が片眉をひそめて、にらむ。

 青年は表情を変えない。毅然きぜんとした態度で、二人と相対している。

 周りに野次馬が集まってきた。

 いまにも喧嘩けんかが始まりそうで、まさしく一触即発の空気だ。


 少女は一歩下がった位置で様子をうかがう。

 果たして、どうなるのだろうか。


 逃げることも視野に入れつつ立ちすくんでいると、急に腕をつかまれる。

 ビクッとして顔を上げた瞬間、足が勝手に走り出していた。


「う、うわわわ」


 おかしな声を出しながら、体勢を整えようとする。

 現在、彼女は青年に腕を引かれて、悪人から逃げる最中だ。

 説明もなくいきなり連れさらわれたものだから、なにが起こっているのか理解が追いつかない。


「ちょっと」

「いいから」


 文句を言う口を抑えるかのように勢いよく、青年は制す。

 途端に唇は閉じられて、引っ張られるがまま、少女も走る。

 視界の端を超高速でさまざまな建物が流れていった。

 青年は民家と民家の間を走り抜けて、比較的人気ひとけのない場所まで少女を導く。


「よーし、なんとかなったか」


 相手は大変満足げに足を止めたけれど、当の本人はムッとしている。

 彼女からすれば、助けられたというより、乱暴に振り回されたようなものだ。

 周りの平穏さとは裏腹に、彼女の心は荒んでいた。


「おいおい、これでも俺、お前を助けたつもりなんだぞ?」

「助けた? そんなの、必要としてなかったけど」

「あのままだったらやばかったぜ?」

「なにが?」


 少女が唇を尖らせると、青年は困ったように頭をかく。


「人攫いなんだよ、やつら。捕まったら、売られたり奴隷どれいにされたりするのさ。アンクレットって分かるだろ? 拘束具みてぇなもんを手首とか足首につけられてな」

「ああ、分かったわ。とにかく、危ないところを助けてくれて、ありがとうございました」

「えらく棒読みだな?」


 要するに、相手はおせっかいを焼いたのだ。

 人助けをしていい気になったのだろうが、本当は助けなど求めてはいなかった。

 敵に捕まったとしても絶対に切り抜けられると、自負している。

 もしくは、手を差し伸べなければならないほど、周りから弱く見られていたのだろうか。

 情けなさと同時に悔しさがこみ上げてきて、地団駄を踏みたくなる。

 青年の独りよがりな善意にも腹が立つ。


「まあ、そういうのは自由にしてくれ。俺は行くからな。狙われねぇように、髪は染めたほうがいいぜ」


 彼は気まずさを覚えたのか、逃げるように背中を向けて、走り去っていく。

 高貴な雰囲気を持っていた青年の姿は雑踏に消えて、一般人にとけ込むように消えてしまう。

 いつの間にか日が陰ってあたりが薄暗くなる。

 豊かな自然に囲まれて、水の流れる音を後方に聞きながら、彼女は赤く染まった空を見上げた。


――『髪は染めたほうがいいぜ』


 余計なお世話だ。意地でも聞いてやるものか。

 内心で舌打ちをしつつ、ふたたび前を向いて、足を一歩前へ進む。

 本当なら即座に髪の色をいじろうとしていたところだが、一気にやる気が失せた。素直に言うことを聞けば自分を曲げて、敗北を認める羽目になりそうで、いやになる。だから少女は、あえて素の髪のままで出歩くと決めた。


 以降は順調に事は運ぶ。

 偽名を使って学校への登録を済ませると、寮からの登下校が決定した。

 なんとも、鮮やかな流れ。無駄がなく、スピーディだ。

 正体が周りに気づかれる気配もないし、今のところは自分に都合のよいように話が進んでいる。

 必然的に容姿を変える必要もなく、銀髪のまま学校に通っても、問題はない。


 今日も生徒玄関から中に入って廊下を渡り、階段を上る。

 途中、生徒たちの視線が矢のように突き刺さった。

 珍しい髪の色をしているため、無理もない。

 鬱陶うっとうしく思うものの、今のところは大した問題になっていないため、スルーする。


 教室に入ってしばらくたつと、授業が始まった。

 目の前にノートと教科書を広げる。

 学ぶ内容は魔法の仕組みや、世界の歴史・成り立ちなどだろうか。

 なんともいえない退屈で平和な時間だ。


 本音をいえば度胸試しのつもりだったのに、ちょっかいをかけてくる愚か者が一向に現れない。拍子抜けにもほどがある。

 黒板に描かれる文字を追いつつ、自分の席であくびをした。



「ねぇ、知ってる?」

「例の一族について?」

「うん。最近見ないけどさ、いたみたいだよ。人の命を奪う化け物」

「怖いよね。完全に退治されているといいんだけどね」


 繰り返す日々の中で、喜々として噂話をする生徒たちの姿を、頻繁ひんぱんに目撃した。そのたびに少女はくだらないと心の中で吐き捨てる。彼女は一族の話題に首を突っ込むことはなかったし、他人ともあまり関わらなかった。共同生活も必要最低限のことをしているだけだ。馴れ合うつもりはなかった。


 時間はゆるやかに過ぎていく。いつ一族の者だと気づかれるのかという不安はつきまとうものの、少女は今の生活に満足していた。


 されども、平穏は長くは続かない。


「どうも、ルーク・アジュールです」


 転校生として教室に現れた男子生徒が、黒板の前で挨拶あいさつをする。

 彼はキラキラとしたオーラを放っていた。髪は星の光のように輝く黄金で、瞳は夜空のような深いブルーだ。顔立ちもたいへん整っていて、女子生徒たちが早くもほおを紅色に染めていた。


光をもたらす者ルークラピスラズリの青アジュール……ね」


 町にきて間もないころ、人攫いから自分を助けた青年の名を口にする。


 周りの熱狂の中、少女は一人冷めた目をして、頬杖をつきながら転校生を眺めていた。


 彼は確かに他人から好感を得やすい、万人受けする容姿をしている。雰囲気も爽やかだし、女なら誰もが夢中になるだろう。まるで、アイドルだ。


 ゆえにこそ、少女は相手に好感を持てずにいる。

 周りを女子生徒に囲まれている様を見せつけられるのは、気分が悪い。

 金髪青目の青年を視界にとらえているだけで、胸がムカムカとする。

 ただの顔がいいだけの男の、なにがいいのだろうか。


 誰もが一人の男子生徒に心を奪われる中、たった一人取り残されたようで、居心地が悪い。まるで、世界にいる全ての人間が敵に回ったかのようだった。


 いっそ、ファンになってしまえば、気分も楽になっただろう。しかれども、あっさりと相手を認めてしまうのは、敗北を認めたことを意味する。どうしても、受け入れられない。

 少女は本能的に青年を嫌っていた。


 その理由は、彼女が予想するよりもずっと早い段階で、判明する。


 ルークが転校してきてから数ヶ月が経ったころ、学校がドラゴンに襲われた。小さな魔物なら対処はできたものの、翼を持った大型の口から火の吹く生物には、対抗できない。教室内がパニックに陥る。


 みなが体を震わせて、教室の隅に縮こまる中、青年だけは冷静だった。

 彼は少し困ったように顔をしかめてから、観念したかのように、ため息をつく。


 そして、次の瞬間には一本の剣を握っていた。

 刀身は黄金で、柄は瑠璃色――まるで、ルーク・アジュールという名の青年のために作られたような武器ではないか。

 思わず目を丸くして、見入ってしまう。


 剣を携えた青年の姿は大変立派で、安心感がある。


「やめなさい。離れなさい」


 後方から、教師と思しき女性が手を伸ばして、止めにかかる。

 本人は気にも留めない。

 青年は窓から空中へ飛び出す。


 ドラゴンの獰猛どうもうな瞳が彼をとらえる。


 周りで悲鳴が上がった。

 敵が大きく口を開ける。

 誰もが固唾をのんで見守る中、彼はただ静かに剣を振り下ろす。


 黄金の刃がドラゴンの顔から体へ向かって、赤い線を作る。

 敵は真っ二つにはじけ飛ぶ。

 巨体がグラウンドに墜落する。

 くすんだ色をした地面に、赤い液体が流れて、染み込んでいく。


 ほどなくして、ルークは空中からベランダに着地して、窓から教室へ戻ってきた。

 彼はなにごともなかったかのように床を歩いて、さりげなく剣をしまう。

 まるで透明と化したかのように、見えなくなった。

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