第4話 昔の話

 昔の話をしよう。

 魔物や魔法にあふれた世界に、とある一族がいた。

 シルエットだけなら普通の人間とは変わらず、魔物のような派手が特徴があるわけではない。顔立ちが整っている者もいれば、醜く歪んだ者もいる。

 一見すると一般人と同じだが、彼らからすると一族の人間を間違えるはずがない。なぜなら、一族と髪と瞳の色が無彩色であり、そこが唯一にして最大の特徴だからだ。

 見た目だけが異なるのなら、まだいい。問題は、一族に備わっていた能力だ。

 彼らが歩くと、若緑色の草原は灰色に枯れる。人体に手をかざすだけで、相手の命を奪ってしまう。

 殺戮さつりく兵器としか思えない禍々しい能力を見たとき、人々は震え上がる。

 死にゆく者に近づいては抜け出る魂を回収する姿を見て、人はさらに怯えるようになった。


「やつらは悪魔の一族だ」

「このままでは我々は滅亡に追い込まれる」

「ああ、そうだ。あやつらは危険な存在だ」


 人間たちは武器を持って、集団で一族を滅ぼしにかかる。

 もっとも、なんの能力も持たないただの人では、強力な能力を有した一族には敵わない。攻撃は意味をなさなかった。けれども、人間たちに拒絶された一族は次第に彼らの前から姿を消すようになっていく。


「仕方がない。我々だけで、暮らそう」


 無彩色の一族は、人気ひとけのない平野に移り住む。

 彼らは一箇所に固まって、能力を制御しながら生きていく。

 少し意識すれば、草木は枯れずに済んで、植物も育つようになる。

 完全に農家へと転職した者たちは、育てた作物を自分のかてとして、日々を平穏に過ごしていく。




「なによ、こんなの。つまらないわ」


 家の前にあるイスに腰掛けた少女は、目の前に広がる畑を眺めながら、唇を尖らせた。

 彼女は白磁の肌と、つややかな銀髪を持つ少女だ。

 瞳はそれらとは対照的な暗黒色で、やや切れ長の形をしている。

 顔立ちは整ってはいるものの、みょうに惜しい。

 服装はいかにも田舎くさい、もっさりとした浅葱あさぎ色のワンピースだ。彼女のよさを全く活かせていなかった。

 表情はツンと澄ましていて、愛らしさが皆無だ。親しみやすさもなく、今も不機嫌そうに足をブラブラとさせている。


「まあまあ、そんなこと言わず、手伝いなさいよ」

「いやよ」


 近所の住民のやわらかな言葉に対しても、態度は同じだ。


「私はね、こんなところ、大嫌いなのよ」


 深く澄みきった黒い瞳で村を見渡して、キッパリと言い切る。

 視界に映るのは山と草――あとは地味な木造建築と畑ばかりで、面白みは全くない。

 都会の人からすれば、新鮮で癒やしの空間と評価するだろう。

 もっとも、彼女にとってはただのひなびた山里だ。見飽きた風景でもあるため、退屈な村という印象しかない。

 それなのに周りに住民は自分の村を愛している。理解ができない。


「こんな緑と土色しか色がない村、ゴメンだわ」


 顔をしかめて、目の前にいる者たちを恨めしそうに見澄ます。

 声音に明らかな怒りと、イラ立ちがにじむ。

 村人たちは困った様子で、互いに顔を見合わせる。

 一日中畑をいじる者たちの中で、少女は一人、異端だった。


「私、行くわ。人間たちのところへ」


 彼女はイスから飛び降りて、出口のある方角を向く。

 その背中にはすでに荷物が背負ってあった。


「やめなさい。あそこは危険だ」


 村の外へ飛び出そうとする彼女を、村民たちは必死になって止める。


「悪いことは言わない。正体がバレたら、どうするつもりだ?」

「バレないわよ。なんのための変化へんげの術だと思ってるの?」


 汗まみれの顔で、大きな声を出す彼らに向かって、平然と言い放つ。

 村人たちは思い出したかのように目を丸くして、伸ばしていた手を下ろす。

 知り合いたちが完全に硬直してしまったのをよいことに、少女は堂々と術を発動させる。

 浅葱あさぎ色のワンピースを着た体を、光が包む。

 日光よりも激しい光に、周りを囲む者たちが目をつぶった。

 彼らが見逃している隙に、変身は完了する。

 次の瞬間には、少女はまったくの別人へと変わっていた。


「お、おお……」


 まず、ピンクが追加された銀髪は日光を浴びて、ロマンチックにきらめく。

 目は二重まぶたで大きい。曇りのない白目には苺色の瞳がはめこまれている。

 着ているワンピースも、春色を使ったフェミニンなデザインだ。

 丸みのある体型も相まって、普段より優雅で気品が出ているのではないだろうか。

 コンプレックスは解消して、見事に別人に変貌へんぼうした。まさに、完璧だ。


「どうよ?」


 胸を張って、感想を求める。


「顔立ちがきつい」

「性格の悪さが顔に出ている」

びすぎ」

「夢見てんじゃねぇぞ、ボケが」


 村人たちの容赦のない酷評が、少女の胸に突き刺さっていく。

 途端に彼女はよろけて、がっくりとうなだれる。


「だが、なるほど、これなら気づかれまい」

「でしょう?」


 不意にフォローするかのように告げられて、急に顔を上げる。

 目の前で男性が感心したようにうなずいているため、胸の底から自信があふれ出す。

 うまくいきそうだと胸が高鳴るが、周りの反応はかんばしくない。


「もう少し、我慢はできなかったのか? お前は本当に忍耐力がない」


 眉間にシワを寄せて、村人が顔をしかめている。

 相手は少女の意思を読み取れず、理解もできていない様子だ。

 眉がピクピクと動いている。いまにも声を荒げそうな雰囲気だ。

 しかしながら、怒り出しそうなのは彼女も同じだった。


「忍耐力がないですって? 私がどれくらい我慢したと思ってるの? 三〇〇年よ。それまでずっと畑仕事ばかり。いい加減にして。もう、飽きたのよ」


 はるか後方にある山から噴煙が上る。わずかではあるが、火花が確認できた。

 村人たちは背景の噴火には気にも留めず、衝撃を受けた固まっている。


「まさか、それほどまでに時間が経っていたとは……」

「あきれたわ。本当にボケてしまっているのね。私もこうなる前にさっさと脱出しなきゃ」


 ぼうぜんと立ち尽くす知り合いたちを尻目に、スタスタと歩き出す。

 すでに自分の意思は決定づけられているし、いとも簡単にくつがえすことなどできない。

 安全な場所で生きるだけの人生なんて価値はないと断言できる。

 かくして少女は村の外へ出て、人間の住みエリアに足を踏み入れた。

 軽い運動に汗を流しながら山をいくつか越えて、さらには長い平原を歩き続ける。

 ほどなくして見えてきたのは、大きな建物が多く建ち並ぶ都会だ。畑しかない故郷とは大違いで、テンションが上がる。

 さっそく町に入ると、想像よりも人通りが多くて少しドキッとする。

 自分の正体に気づかれることよりも、きちんとオシャレに見えているかが気になった。果たしてしっかりと都会に馴染めているだろうか。気になって仕方がない。

 だけど、めいいっぱいオシャレをしてきたのだから、問題はないはずだ。

 自分にそう言い聞かせて、やや下を向いて足を動かしていると、建物の影から声が聞こえてきた。


「なに、あの子。だっさーい」

「そうだねぇ。いかにも狙ったって感じだね。だが、自然ではない」

「本物の美人ってのは内側からにじみ出るものさ。飾り立てるだけが全てじゃないのさ」


 ガアアアアと、猛獣のように叫びたくなる。

 ギロリとした目で彼方を向くと、チャラチャラとした格好をした若者が視界に飛び込む。彼らはこちらをあざ笑うかのように口角をつり上げて、背を向けると、路地裏のほうへ逃げていく。


「ああ、もういいわ。こんなんだったらやり直しよ」


 イラッときた。

 八つ当たりをしたくてたまらない。

 冷静さを失い、勢いあまって術を解除する。

 少女は一度太陽に似た光に包まれたかと思うと、次の瞬間には泡のような粒子とともに元の姿に戻っていた。

 当然ながら気合を入れてデザインしたと思しきワンピースは消し飛ぶ。

 髪は冷たいだけの銀色で、瞳も闇を宿した暗黒色だ。

 淡紅色の血色が浮かんでいたほおも、白磁に変わっている。

 途端に、いままでこちらに見向きもしなかった者たちが、寄ってくるようになった。


「見ろ、あいつ、珍しい髪だぜ」

「本当だ。どこ出身なんだろう」


 彼らは下品な笑みを顔面に貼り付けて、近づく。


「なあ、俺たちと一緒にこねぇか?」

「一緒に金、稼ごうや。まあ、取り分はこっちだが」


 いくら世間知らずでも直感で分かる。目の前にいる二人は悪人だ。

 関わればろくなことにならない。いかにして、振り払おうか。

 無表情を貫きつつ、頭の中で考え込む。

 なんの反応も見せないうちに彼らが去ってくれることを期待したけれど、なかなかにしつこい。一向に立ち去ってくれなかった。


「おっと、失礼します」


 彼女が二人組に対してうんざりしてきたころ、第三者が両者の間に割って入るように登場した。

 第一印象は、爽やかな青年だ。服の上からは確認できないものの、確実に細くはない、筋肉質な肉体を持っている。身長も高いが、高すぎるというわけではない。まだまだ、伸び盛りなのだろう。張りのある肌と白い歯が若さを強調していて、実に健康的な印象を与える。

 さらにいうと、相手はいままで見たことがないレベルの美青年だ。

 控えめな格好をした者が目立つ中、華やかさを持つ彼という存在は非常に目立つ。真っ先に黄金色に輝く髪に視線がいく。周りを行き交う住民たちも、好奇心に満ちた目で、青年の姿を視界にとらえている。

 それが嫌味にならない気品も、確かに彼には備わっていた。瑠璃るり色の瞳は深く澄んでいて、聡明さがある。いかにも知的で常識人というような雰囲気だ。かといって、おとなしいわけではない。悪人である二人を見つめる瞳には、眼力があった。

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