第12話


「まあ、多分、なんとかなるって」

「本当かしら」

「ああ、そうだよ。多分、数時間後には全部終わってるんだ」

「ふーん」


 数時間後の結果なんて読めない。

 全てが終わったとして、次はなにをするのかしら。

 別れるのか、元の生活に戻るのか。

 そもそも、作成が成功するか否(いな)かすら、不明よ。

 女王に会うまではよくても、反感を買って捕まってしまったら終わりよ。

 自分が檻の中に閉じ込められて、柵をガンガンと揺らしている光景が、脳裏に浮かぶ。

 これ、絶対に失敗するパターンよね。

 くだらないミスをしないように気をつけろといったところかしら。


「じゃあ予定通り、私から行くわよ」


 ルークから離れて、門を目指す。

 私の影の薄さなら、兵士の視線だってかいくぐれるはずだ。

 そうよ、堂々としているのよ。

 私は人の後をつきまとう影であり、暗闇でもある。普通の人間の目では絶対に、視認できない存在よ。

 いいえ、今は昼間だ。もしも自分が闇だとしたら、余計に目立ってしまうわ。

うーん、ならば、今度はなにに変身すればいいのかしら。

 足音も立てずに移動をしながら、頭をひねる。

 そうだ、透明人間だ。

 誰の視界にも入らない。誰にも気にされない。話題にもならない。

 いままでだって、似たようなものだったでしょう。本気で透明人間を演じれば、きっとなにもかもがうまくいくわ。

 うわー、バカみたいなことを言っている間に、兵士と目と鼻の先の距離まで近づいてきちゃった。

 一般人ならともかくとして、彼らは立派な戦士だ。この城を守る忠臣だ。そんな兵士の目は、ごまかせるのかしら。

 いまさら不安になってきた。今から成功した未来に飛びたい。過程をスキップしたい。しかし、時は一定時間で流れる。実にゆったりと、ゆっくりと。私の歩く速さも慎重に、気配を殺すようにして、進む。

 いける。いけるぞ……。

 覚醒してきた。頭が妙に冴えてきた。兵士たちはまだ気づいていない。暇そうにあくびをしている。チャンスだ。行け。行ってしまえ。いっそ、幽霊と化して肉体から飛び出ても構わない。むしろ、魂だけとなって城内を飛び回りたい。って、それ、死んでいるわよね。

 そんなツッコミをしている場合ではない。

 息を止めた。二人の兵士の真横を通り抜ける。彼らは気づかない。こちらと目すら合わない。何事もなかったかのように時は流れていく。

 息を吸って、吐いて。

 いつの間にか景色は切り替わって、前方には象牙色の柱が何本も建っている。

 うっわ、天井も高い。

 見上げていると、勢い余って後ろへ倒れてしまいそうだわ。

 足元には朱色のカーペットが敷かれていて、前方にある階段まで伸びている。

 壁に設置されたランプがターコイズブルーの炎を燃やし、それらはまるで、私を出迎えているかのようだった。

 なんてロマンチックな空間なの。私は夢でも見ているのかしら。そうでないのなら、本当に城の中に入ってしまったのね。

 ゆっくりとまた、歩き出す。慎重に、敵がいないかチェックしながら、少しずつ前に進む。

 城内の地図なんてないし、無駄に広いから迷うわね。用途も分からないホールがいくつか連なっているようで、何度も同じ空間を行き来しているような気分になる。果たして私は、本当に前に進めているのかしら。

 雲行きが怪しくなってきたけれど、ルークとは違うのだから、問題はないわ。

 さてと、今は何階かしら。

 廊下の窓から差し込む光がまぶしい。少し身を乗り出してみると、なかなかの眺めだわ。城下町を一望できる。

 それはそうと、なにやら周りが騒がしい。兵士たちは動きまわっているわ。ルークが侵入したのかしら。彼はいろいろと目立つから、発見されるのも早かったのでしょうね。

 私としては、精一杯敵を引きつけていてくれると、ありがたいわ。彼なら何人が束になろうと、無傷でいられるでしょう。

 どうか、こちらに危害が及びませんように。

 勇者の戦闘力を棚に上げて一人で祈っていると、突然、前方から足音が迫る。

 奥に続く薄暗い空間から、鎧を身に着けた男性の姿を目でとらえた。

 嘘でしょ……。

 いくらなんでも、早すぎるでしょう。本当なら、兵士たちに見つからず、すみやかに女王の間にたどり着いていたはずなのに。

 手で顔をおおう。

 ビタっと足が止まってしまったけれど、よく考えなくても、硬直している場合じゃないわよね。

 逃げなきゃ。

 覚悟を決めて、朱色の床を思いっきり蹴ろうとした、そのとき――


「お待ち下さい」

「我々は危害を加えるつもりは毛頭ありません」


 頬(ほお)をたたくような、力強い声が鼓膜(こまく)を揺らす。

 へ?

 気が抜けて、目を丸くしたまま、立ちすくむ。

 よく見ると兵士たちは武器を持っていない。

 顔はヘルメットで隠れてよく見えないけれど、真面目そうな声だけが耳に入り込む。


「あなたですよね? 女王がお待ちです」

「案内します」


 つまり、どういうこと?

 お願いだから、もっとくわしく説明してよ。

 叫びたくなる気持ちをぐっと抑えて、まずは冷静でいるように努めようとする。

 いちおう、目の前にいる二人は敵ではないのよね? かといって、仲間には見えないわ。なんせ、格好が門番と同じだもの。

 いったい、なにが起きているのよ。私は賊として処理されるのではなかったの?

 頬(ほお)を汗が伝う。


「では、ついてきてください」


 は、はい……。

 兵士が先導する。

 言われるがまま、私も彼らについていく。

 廊下を渡って、階段を上って、また上る。

 疲れてきた。

 いつまで歩き続ければ、報われるのよ。

 少しばかりイライラとしてきた。

 口を一文字に引き結んで、肩を落として足だけを動かす。

 視界に入る景色も同じものばかりだし、いい加減にうんざりよ。

 されども、上へ行けば目的の人物と会えるはずなの。

 なにも考えずに、前だけを見て足を動かす。


 最終的に、最上階までやってきた。

 あたりに人の気配はない。薄暗い廊下が延々と続いているわ。昼間なのに、窓がないせいで、陰鬱(いんうつ)な空気がただよっている。

 ゴールなのかしら?

 確認をするために視線をぐるりと回そうとして、いったん止める。

 あ、兵士がいない!

 彼らは知らぬ間に姿を消していた。

 以降は一人で行けという合図なのかしら。

 うわー、最悪よ。敵でないのなら、最後まで付き合ってくれたらいいのに。

 ゴチャゴチャ言っても仕方がないわね。

 顔を上げて、廊下の続く先へ足を運ぶ。

 一歩進むたびに、心が追い詰められていくような感覚がある。ラスボスに近づきつつあることに対する緊張感が高まっていく。

 さらには、懸念もつきない。

 例えば、兵士は女王が待っていると告げたけれど、その意味が分からないの。

 敵として相対するためかしら。下手をしなくても、殺されてしまうわよね。

 心を灰色の雲が蝕んでいく気配がする。

 肌には鳥肌が立って、ジリジリとした焦燥(しょうそう)感が高まっていく。

 逃げ出したい気持ちは強くなっていくのに、足だけが動き続ける。

 本音を言えば、全てを勇者にまかせて傍観したい。危険なことに首を突っ込まなければ、無傷のまま外の世界へ行けるかもしれないでしょう。


「いまさら、なにを考えているのかしら」


 ため息をつく。

 もう、後戻りはできないのよ。

 廊下を渡りきれば、女王と会える。

 他人に任せるのは楽でいいのだけど、どうせなら、自分の足で行かなければダメでしょう。

 疲労度はマックス。広い城内を歩いて足が棒になりそうだ。

 額の汗をぬぐいながら、『あと少し』と自分に言い聞かせる。

 ほら、見えてきた。

 薄闇のただよう廊下の突き当たりに、卯の花色の扉がある。

 ついに、たどり着いた。

 まさしく万感の思い。

 扉を開けた先になにが待ち受けているのかは、想像がつく。

 どちらかというと、悪い予想だわ。相手が歓迎してくれる可能性なんて、微塵(みじん)も頭に浮かばない。

 もしも戦闘になった場合、勝ち目はないわよ。本当に、先へ進んで大丈夫なのかしら。

 緊張感があたりを満たす。自然と顔がこわばっていく。

 若干、体が震えていた。

 危険を避けたいという衝動が体の内側からあふれ出す。

 それを押し切るように、ドアノブに触れる。

 私は進まなければならない。一人でも、最奥で待ち構えている脅威に打ち勝たなければならないのよ。

 そして、私は最後の扉を開いた。

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