第11話
さて、結論も出したところで、そろそろ動き出さなければならない。
ベンチから立ち上がろうとした矢先に、後方で聞き覚えのある声がした。
北の方角――たくさんの民家が建ち並ぶ通りを抜けて、背の低い少年が駆けてくる。
ミラージュよね?
私が目を丸くして疑問系で彼の名をつぶやいたのは、相手の服がいつもと違うからだ。
以前は布一枚に等しい格好だったにも関わらず、今は街に溶け込んでいる。いったい、なにがあったのかしら。
キョトンとしていると、ミラージュはこちらまでやってきて、足を止める。
「すいません。服を選んでいたら、こんな時間に」
「どこにそんな金あったんだよ」
「仕事はしっかりしてますよ。情報収集ですよね。女王のことなら、なんなりとお聞きになってください。宿だってもちろん手配しています」
おー、やるじゃない。ルークよりも働いているんじゃなくて?
チラリと彼を見上げると、青年は気まずそうに頬をかいていた。
ひとまず、女王の情報は後から聞き出しても問題はないわ。なんせ、私たち、ある程度の情報はつかんでしまったもの。
とにもかくにも、私たちは指定された宿に泊まって一夜を明かす。個室でそれぞれのベッドで横になっていたと思うのだけど、村人が使っているものよりも豪華だったわね。率直な感想を言うと、ふわふわしていて気持ちがよかった。寝付きの悪い私でも、すぐに眠りに落ちることができたわ。それはまるで、大きな羊の上で寝そべっているかのような、そんな体験だった。
八時間が経過して、新しい一日が幕を開ける。
窓の外は明るく、澄み切った空が広がっていた。
私たちは宿で軽い食事を取ってから外へ出て、街の広場まで歩いてくる。
朝の爽やかな空気はたいへん心地よい。
街を吹き抜ける風は気持ちいいし、まるで夏ではないみたいだわ。
これぞ、決戦日和よね。
だからといって、全てが順調にいくとは思えないのだけど。
「あそこが城への入り口でしょうけど、兵士が構えているわよね」
「強引に中に入ろうとしたら、即刻捕まるぜ」
ベンチには腰掛けず、直立したまま、みんなで北を向いている。
私たちが目にとらえているのは、要塞を連想させるデザインをした城門だ。大理石のような白亜の壁をベースに、朱色や深い藍色の模様が刻まれている。絶対に中に俗な輩は通さないという威圧感があるわ。
たいへん気合を入れて設計したのでしょうね。
なんてことを心の中でつぶやいていたら、内側にある城のほうがよっぽどすごいことに気づく。
なに、あれ?
何本、塔があるのよ。デザインに気合を入れすぎているんじゃない?
まるでおとぎの国に着たみたいだわ。
威厳があるというより、『きれい』と評するほうが正しいかしら。
地味ーに、門と雰囲気が違いすぎて、ミスマッチよね
まあ、童話を執筆するような女王だし、城が少女趣味になるのも無理はないわ。
「それで、どうするんだよ?」
「私ならいけるかもしれない」
話を元に戻す。
不安げな視線をこちらへ送ってきた青年に対して、涼しげな色をした城を眺めながら、淡々とつぶやく。
途端に彼はカラカラと笑い出す。
「お前、影薄いもんな。いけるって、じゃあ、いってこい」
「生贄に捧げる気? 私はよくても勇者さまはどうするのよ?」
「あ……」
軽いノリで話をしていた青年の顔が、こわばっていく。
「勇者さまといるのでは、私の影の薄さも意味がなくなる。かといって、一緒に行動しないのは危険よ。私の戦闘力は〇なのだから」
「でもよ、お前って割と修行とかしてただろ? 自分の身くらい、守れんじゃねぇの?」
「無理よ。そりゃあ、バリアの発動時間は伸びたし、頑丈にもなったわ。それでも、大人数で攻められたら終わりだもの」
うーん、どうしたものか。
「じゃあ、こういうのはどうだ? お前が先に侵入する。俺が後からついてくる。まあ、問題とか発生したら城内が混乱するかもしれねぇけど、陽動にはなるんじゃねぇか」
「ああ、それはいいわね。採用よ」
「え? いいのかよ? 俺、一番面倒な役回りを押しつけられたような気がするんだけど」
「そちらが言い出したのでしょう? 文句を言わないで」
まさか、冗談のつもりだったのかしら。
悪いけれど、真剣に言っているのではないと分かったとしても、あえて鵜呑みにするからね。
調子に乗って適当なことを口にする彼が悪いのよ。
私が真顔で相手の顔を見ると、青年は観念したかのように肩を落とした。
かくして、作戦は決まったわ。あとは実行に移すまでよ。
彼が囮になってくれているのなら、私は安全ね。勇者なら敵をひきつけても無事でいられる。じきに奥までたどり着くことだって可能でしょう。私はというと、彼が逃げ回っている隙に奥まで進んで、女王と対面する。うん、完璧ね。うまくやれそうな気がする。心にも明るい希望が見えてきた。
「それで、彼はどうするのかしら?」
「僕のことですか? どうしましょう。さすがに城の中は恐ろしくて入れません」
「逃げるの?」
ミラージュはなにを考えているのかイマイチ読み取れない表情で、かつやけにハッキリとした口調で答える。
「そうします」
「あら、せっかくだから最後までつきあってくれたってよかったのに」
「そういうなよ。協力してくれただけ、ありがたく思おうじゃねぇか」
彼、最初から逃げる気満々だったんじゃないの? 少しは迷ってくれたっていいと思ったのだけど……。
「では、みなさん、お気をつけて」
ミラージュは言うなり、頭を下げる。
「ま、お前も元気にやっておけよ」
「まあ、いままでありがとう」
便乗するような形で、私もあいさつをする。
少し、あたりが薄暗くなる。ちょうど頭上に雲がやってきたのかしら。
ミラージュがいなくなることで、なにが起きるのかは分からない。だけど、確実になにかが変わってしまうような気がする。たとえば、最後のはめるはずだったピースが足りなくなるとか。
いいえ、関係ないか。考え過ぎよね。元より私たちは二人で行動して、一緒に女王の元にたどり着く予定だった。ミラージュの脱退は痛手にはならないはずよ。
「最後に情報だけでも落としていきましょうか」
「なによ。女王についてのことならなんでも知ってるらしいけど、なにを知ってるっていうの?」
こちらが疑うような態度を見せると、相手は苦笑いを浮かべる。
「文字通り、なんでもですよ。ありすぎて、もう、どこから言えばいいか分からないくらいです。でも、一つだけ言ってしまいたいことがあるとすれば、彼女は『がらんどう』だと、いうところですかね」
がらんどう……伽藍堂……。
それは空き家だったり、残骸だったり、空いた隙間だったりを連想する言葉だ。
心に空いた孔だったり、歴史から消された空白だったり、切なくて寂しいものでもある。
でも、女王が
「どの道、全ては判明することです。では、僕はこれで」
ミラージュはあらためてお礼を口にしてから、背を向ける。
少年の足は城とは別の方向へ進む。彼の姿は雑踏の中へ、溶けるようにして消えていく。
結局、問いは投げられなかった。
「あーあー、行っちまったな」
「仕方がないわ。無理強いなんてできなかったんだし」
「でも、少しくらい情報を引き出してもよかったんじゃねぇか?」
「そうなんだけど。彼、なんだか全てをはぐらかしてしまいそうな気がして」
なぜか、ミラージュが真実を語ってくれるとは思えない。
もちろん、彼は味方だと信じているのよ。いままで、宿に泊めてくれたり移動用の魔物を用意したり、非常に助けられたわ。疑うには遅すぎる。
それでも、疑惑は晴れない。なにかを隠しているような、不透明な印象が消えないのよ。
例えるのなら、初めて私の前に姿を現したルーク・アジュールのように。
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