第9話

「少なくとも俺は違うな」

「えー、まさかの」


 店主が仰天する。

 ルークは視線をそらす。


「でも、人を生み出すなんて可能なのかしら」

「女王なら可能ですよ。だって、あのお方は神に等しい存在ですから」

「ええ、それは聞いたことがあるわ」


 あくまで伝説でしょう? 神なんてこの世にいるわけがない。

 いまだに疑ってかかっている私に対して、エプロン姿の女性は腰に両手を当てて、女王を褒めちぎりにかかる。

 その前に、彼女の口から相手のフルネームが飛び出す。


「女王の名は、ミシェル・リベルテといいます」


 聞いたことのない名前ね。当たり前だけど。


「彼女はこの世界を作り上げました。キャンパスに絵を描くことによって、川や山を。そして、人間ですらも。その絵はとても素晴らしい。芸術作品です」

「女王って、そういう趣味なんだ」

「みたいですよ。ときどき絵本や小説だって執筆されるのです。できの悪い作品は違う世界に捨てるみたいですけど。あー、私も読んでみたいな」


 つまり、私が外界で読んでいた小説は、全て女王が書いたものだというのかしら。

 まさか時々降ってくる小説が、作者に駄作と認定されたものだなんて、想像もしなかったわ。それを面白いと言って読んでいた私がバカみたいじゃない。

 そう、勝手に肩を落とすけれど、周りではなおも話が進行している。


「その作品、どうやったら見れるんだ?」

「城へ行きましょう。ですけど、無理ですね。女王は弱者を許しません。見せてはくれませんよ」


 ですよねー。


「ああ、でも、彼女はすごく気まぐれなんです。気分次第で、あっさり通してくれるかもしれませんよ」

「そう聞くと、すげぇこっちに都合がいい話のように聞こえるけど」

「そうですね。でも、本当にすぐに気分がころころと変わる方ですよ。たまに私の店に顔を出してくれるんですけど、本当にもう、かわいらしい一面が。彼女、結構、悩むタイプなのです。いろいろな商品に目移りしているようで。同じように、男性にも目はないみたいで。あなたなら、チャンスはあるかもしれませんよ」

「え、俺が」


 軽々しく口にされた言葉に、ルークが固まる。


「ええ、浮気症なのですぐに捨てられるでしょうけど、うまくいけば取り入ることもできるでしょう。まあ、がんばってください」


 彼女はニコニコとしながら、流れるように右側にあるカウンターへ移動する。


「それで、ここまで情報を与えたのですが」

「うん」


 ルークも女性のいるほうに近づく。

 私は地図の前から動かずに、二人の様子を見守る。


「料金、お支払いになります?」

「はぁ? 金、取んのかよ」


 衝撃の発言に、あきれ返ったように体をそらす。


「ええ、あなたが情報がほしそうな目で私を見るから、教えてあげたんですよ。実際、貴重な情報でしたよね? 役に立ちましたよね? だったら、ください」


 手を差し出す。爪はきっちり磨かれているし、指は細長い。きっとピアノを演奏すれば映えるのでしょうね。


「宝石でいいか?」

「ええ、むしろ好都合です」


 とんだ商人気質だったわね、彼女。

 ルークも渋々、懐から小物入れを取り出して、中を見せる。


「まあ、こんなにキラキラとしたものがぎっしり」


 彼女は手を斜めに合わせて、うっとりとした目で、見事に整列された宝石たちを見る。

 確かに、きれいだ。これぞ宝石といった印象で、ただの石とは比べ物にならないほどのオーラを感じる。実物を見るのは初めてではあるけれど、それぞれの輝きは魔法を発動するための道具に適していると思えるほど、すばらしいものがあった。


「ラピスラズリのついた指輪なんて、どうですか?」

「そいつはダメだ」

「どうして? むしろ、遠慮したほうですよ。ダイヤモンドなんて、高すぎますよね。ひょっとして、リングのほうが高かったからという意味ですか?」

「ダメなものはダメなんだよ」


 キッパリと断られて、「えー」と店員は頬をふくらませる。

 彼、ダイアモンドも持っているのね。透明で強烈な光を放つ宝石でしょう? アクセサリーとして身につけている女性は素敵だわ。

 しかしながら、生憎あいにくと私はキラキラとしたものに興味はないの。宝石の話題が出てもスルーするつもりでいたわ。

 だけど、私は自分でも無意識のうちに、店員が選ぼうとしていた指輪へ視線を向けていた。

 銀色のリングに、群青色の石が控えめにのっている。サファイアと比べると、石の放つ輝きは鈍い。丸くカットされて磨かれてはいるものの、宝石というよりは石と表現するほうがしっくりくる。

 私の目からすると価値はハッキリと読み取れない。もしも宝石店へ行ったとしても、決して選ばないと断言できる。

 それなのに、目を離せない。不透明な石に惹かれている自分がいる。

 手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、青い石が遠くへ離れていきそうな気配がした。まるで天に手を飛ばすかのような感覚だ。同時に気づく。深い青色の中をさまよっている金色の粒子は、星に似ている。きっとこの石は、夜空を閉じ込めたものなのだ。そう、思えてしまった。

 そして、その石は彼の瞳によく似ていた。

 途端に、複雑な感情が胸を満たす。

 私が本当に惹かれているのはなんなのか――すでに答えは出ていたのかもしれない。


「まいどありー」

「やれやれ。とんだ出費だ。俺にはあんま必要ねぇから、いいんだけどさ」

「えへへ。罠にかかったあなたが悪いんですよーだ」


 すでに会計は済んだようだ。

 店主は楽しそうに、反対にルークは困った様子で頬をかいている。


「割に合わないと思うのなら、さらに情報を加えても構いませんよ」

「じゃあ、頼むよ」

「ええ。でも、大したものじゃありませんよ」

「構わねぇよ」


 いいから早くと急かすように、ルークはカウンターに身を乗り出す。


「だから、期待しないでくださいってば」


 一呼吸置いたのち、彼女は語る。


「女王と会っても仕方がないとだけ、伝えておきましょう。おそらく、あなた方の目的は果たされないでしょう。なんせ、この地は彼女に支配されてますからね。幸せといっても、それを掴むことが許されているのはごく少数。本当、とんだ独裁者ですよ。まあ、悪口を言うことを許されているだけ、いいですけど。で、ですよ。そんなお方に、あなたたちは挑むつもりですか? ちょっと、難しんじゃないですかね。よく考えてみてください」


 最後のほうはひどく真面目くさった顔つきで、彼女は言った。

 私もどことなく緊張感を覚えて、硬直する。あたりもシーンと静まり返っているようだ。急に温度が少し下がったような気がする。誰もなにも言わずに、時間だけが流れていく。


「でも、まあ、無駄なことはないでしょう。あなたの目的はなんなのか分かってませんけど、謎なら解決するんじゃないですか?」


 彼女は実ににこやかな表情で、場の空気を支配する。


「たとえば、自分たちの正体です。私、言いましたよね。女王は人間を生み出すと。ならば、自分たちはどういう存在なのか、気になりません? ほら、特にあなた」

「え、私?」

「そうです。あなたは自分の正体に関して常に悩んできました。でも、それが解決するのです。なぜなら、あの城の中には見たものの正体を映す鏡があるのだから」


 彼女は大きく両手を広げて、演劇でもするかのように大げさなモーションを取る。


「どうです? 素敵な話だと思いません? 正体を知ってなにを思うのかは別ですがね。ああ、こういうところは保証しません。やるもやらないも自由ですから」


 最後に彼女はまたニコッと笑んで、こちらを向く。


「全て、自由なのです。あなた方はしばられる必要はありません。これがこの世界のルールなのですから。挑むもよし、逃げるもよし。それを選ぶ権利はお二人には存在します。ま、女王に謁見する権利は持っていない様子ですがね。まあ、そこはそこ。もう本当、なんでもかんでもやってくだされば結構です。その先でなにを知るのか、どのような結論を出すのかはあなた次第。では、検討を祈ります」


 最後の話を終えて、私たちは店を後にする。

 結局、収穫は得られたような、そうでもないような、微妙な感じだ。

 一つ言えるのは、これで私たちの旅は終わりを迎えるであろうということだ。きっと、私たちはゴールに近づきつつある。

 最後には必ず真実にたどり着く。問題はその後だ。全てを知って、元の世界に戻る鍵を見つけたあと、どうなるのか。それを考える必要がある。

 街を歩く。情報を集めつつ、前に進む。ちらりと、青年の顔を盗み見る。やはり、彼には夜の気配がする。私と同じ、闇の空気。だけど、決して闇に染まらず、むしろ闇を晴らすがごとく、彼は歩く。ああ、そうだな。私は彼のようにはなれない。だけど、彼という存在が時折まとう乳白色の霧のような空気を、見逃していたわけではなかった。

 ルーク・アジュールという青年の本質はどこにあるのか。そんなものはつかめないまま、時間は流れていく。

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