第8話
人の波に埋もれるような形で逃げて、商店街を後にした私は、民家の建ち並ぶ一角に避難する。
やはり私は日陰のほうが落ち着くわ。
日向へ出ると、元気な太陽に狙われるし、汗も止まらない。図書館なら涼しいかしら。確か、大きな氷に似た装置が壁に張り付いていたわよね。窓ごしにちらっと確認をした程度だから正確ではないものの、期待はできる。
しかしながら、もう歩くのも面倒だ。日の当たらない場所なら涼しいし、今は手で扇いて休憩をする。
――『ほー、死の臭いがするね』
――『もはや、そういうものの塊で肉体が構成されているのではないかと疑うレベルにね』
白く塗られた地面に腰を下ろしても、占い師から告げられた言葉が耳から離れない。
違う、違うわ。私は普通の人間よ。
暗雲を振り払うように、首を大きく横に振った。
髪が邪魔ね。視界に入った黒くて細長い束を構いながら、下を向く。
そもそも、私が『死』そのものだと言われても、ピンとこないわ。
強いて心当たりがあるとすれば、一つだけ、脳裏をよぎる光景があったっけ。いつか見たようなそうでないような――強いていうなら白昼夢に似ている光景よ。
真っ赤に染まる大地と、転がる屍。阿鼻叫喚の地獄と化した大地を黒い少女が駆けて、また人を殺めていく。
それがなにを意味するのかなんて、分からない。もしくは知りたくもないといった感じか。
一つ言えるとすれば、記憶の中で見た光景は確かに美しかった。
あまりにも鮮やかで赤い薔薇のような色が、頭に焼き付いて離れない。
私には色がない。あるのは黒と白、もしくは灰色のみだ。だから、くすんだ色をした大地を濡らす赤に、惹かれるものがあった。
ほしいと思った。
自分に欠けている色がほしい。
私は赤という色に憧れていた。
「こんなところに隠れてたのか」
爽やかな声に反応して顔を上げる。
日の当たらない場所に似合わない純白の騎士が、真っ青な空を背景にして歩いてくる。
彼の姿はとてもキラキラとしていて、非常に目立つ。夜だったらなおのこと、輝いていたでしょう。
同時に、彼がわざわざ私の元にやってきて、声をかけてきた理由を理解する。
またか。
自然と口からため息を漏れた。
「おいおい、決めつけるなよ。まだなにも言ってねぇんだぜ」
「本当のところはどうなのよ?」
「迷った」
はいはい、そうですか。
目と鼻の先まで接近したところで、彼は足を止める。
「そんなわけで、案内してくれ。やっぱ俺、お前と一緒じゃないとダメみたいだ」
うーん、この体たらく。
戦闘では頼りになるのに、なぜ日常では情けないのかしら。
とにもかくにも、立ち上がって、服についた汚れを払う。
ルークを一人にするのはなにかと危ないので、行動を共にすることにした。
「で、いろんなやつに聞いたんだけどさ」
「結果は?」
「得られた情報は断片的なやつばっかだったよ。抽象的っつーか、本当かどうか分からねぇって感じの」
「別に嘘だと確定したわけでもないでしょう。それとも、真偽を判断するだけの頭脳を、持っているというの?」
中途半端な間を空けて、私たちは並んで歩く。
互いに顔を合わせないまま、淡々と言葉を交わす。
相変わらず頭上から降り注ぐ光は強烈ね。手をうちわ代わりに扇がなければ、やっていられないわ。
「聞くところによると、女王との謁見は限られた者だけだってさ」
「その限られた者って?」
「強者じゃねぇの? 知らねぇけど」
「他人の情報が
知らないけどってなによ。
断定できないのは分かるけれど、もっと自信を持って発言したっていいんじゃない?
「仕方ねぇだろ。確信を持ったように言って、実際は間違っていたりしたら、困るだろ?」
「それはそれで、問題ないわ」
不満げに言い訳を口にする青年の顔を盗み見つつ、冷静に言葉を返す。
「とりあえず、普通のやつに質問しても意味はねぇってことに気づいた」
「じゃあ、誰を頼るの?」
「強そうなやつを探せばいいんじゃねぇか?」
強そうなやつ、ね。視界に入るのはドレスやタキシードに身を包んだ貴族ばかりよ。戦闘力が高そうな人間なんて見当たらないわ。
武器屋や防具屋へ向かえば、戦士くらいは見つけられるかしら。
よく分からないままに私たちは話を進めて、適当な店で聞き込みをすることを決める。
まずは真っ先に目に入った雑貨屋に足を運ぶ。
外観はコンパクトだけど、中に入ると意外にも狭苦しさは感じない。面積を有効活用しているというのかしら。白い壁に面した棚にはたくさんの小物が置かれているものの、ゴチャゴチャとはしていない。内装を作った人のセンスが光っているわね。
「へー、いろんなもんが売ってるんだな」
「あ、ちょっと、どこ行くの?」
私がぼんやりとしている内にルークが勝手に棚のある方角へ進んでしまう。
一人取り残されたわけだけど、
その中で私が気になったのは、入り口を抜けた途端に目に入った、壁に大きく張られた長方形のポスターだ。
地図かしら。水色の背景に緑色の絵の具で描かれているのは、大陸ね。見覚えのある地形だし、小さな文字で地名が描かれている。
へー、最初に着た街ってそんな名前だったのね。村人たちの村から城下町まで距離があることも分かる。そう考えると、魔物に乗っても移動に時間がかかったのも、当然か。
「ああ、ちょっと待ってください」
異性に媚びたような甘い声がして振り向くと、エプロン姿の女性が奥のほうからやってくる。
彼女は一度ポスターを剥がすと、すばやく新しい紙に張り替えた。見事な手際だわ。まさに、早業というべきか。
あっけにとられつつ、地図をマジマジと見つめる。
えーと、なにが変わったのかしら。先ほどと同じものにしか見えないのだけど。
「本日、世界に新たな場所が生まれたそうです」
「具体的にいうと?」
「自然が豊かな場所です。暮らしやすいところでしょうね。いつか、家を建てるのも有りかもしれません。あ、いいえ、もう住民は決まっているかも。女王が新たに生み出した人間によって」
おかしいな、きちんとした共通語で話しかけられているはずなのに、なにを言っているのか分からないわ。
脳内ではいくつかの単語がバラバラになって、闇の中を飛び回っている。
今は首をかしげるしかないけれど、まずは落ち着いて情報を一つずつ整理していくわよ。
「急に自然が豊かな場所が現れたって、どういうこと? 女王によって生み出された人間がいることも、意味不明よ。それは
人間を新たに生み出す――要は、ホムンクルスよね。
女王はなんのために、そのようなものを生み出しているのかしら。
「俺も気になってんだけど、そいつらって普通の人間なのか?」
おっと、いつの間に?
一人で頭を悩ませている間に、ルークが近くに戻ってきていて、びっくりした。
「そうですよ。ひょっとして、知らないんですか? あなた方も同じじゃないんですか?」
エプロン姿の女性は非情に落ち着いた態度で答えつつ、
えーと、ごめんなさい。うまく話を理解できないわ。
仮に女王が生み出す人間がホムンクルスだとして、それが普通の人間であると彼女は言いたいのかしら。
それが当然だというように女性はこちらに情報を突きつけてくるけれど、私の心はスッキリしないわ。
人造人間であろうと一つの命であることに変わりはないにせよ、人間と完全に同じ存在だと言われると、違うわよね。
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