第5話



「なあ、お前ら。俺たちと一緒にこねぇか」


 やわらかな風が吹き抜けていったころ、一人の若者が口を開く。


「元からお前らは俺たちの仲間じゃねぇか。それがグレて、出て行っちまっただけの」


 ん? つまり、どういうこと?

 うまく話を飲み込めず、首をかしげる。

 私の反応に、彼らは答えない。

 部外者の姿など目に入ってないとばかりに、自分たちで話を進めていく。


「なに考えてんだ? こいつらは俺たちを」

「追い出したのはこちらのほうだ。あいつらは居場所を失って、盗賊になるしかなかったんじゃねぇのか?」


 指摘されると、噛み付いていた村人も黙り込む。


「いっそ、やり直そう。元に戻ろうぜ」


 ハッキリとした口調で言い切った若者に対して、周囲の反応はさまざまだ。うなずく者もいれば、意味が分からずにキョロキョロとしている者もいる。あからさまな不満を持っている者もいれば、もうどうでもいいとばかりに空を見上げている者もいる。

 盗賊のほうはというと、もう疲れたとばかりにため息をつく。


「好きにすりゃあ、いいぜ」

「どうせなら元に戻りたいって気持ちも、ないわけじゃないな」

「お前らとは仲良くしたかった」


 しみじみとした口調と声が、盗賊たちから漏れる。

 つきものが取れたとばかりに彼らはすっきりとした顔をしていた。


「だが、そいつを許せねぇ者もいるだろう。たとえば、いままで俺たちのせいで散々な目に遭った奴(やつ)とかな。金目のものを盗んだことはいいとして、女子どもをさらったこともあったな。で、たわむれに殺したと」


 淡々と、一人の盗賊が無表情に語りだす。

 途端に、まわりの空気が凍りつく。


「だろ? 許せねぇよな。そんなやつがいまさら和解しようってなって、受け入れられるか? また、悪さでもするんじゃないかって、疑っちまうだろ」

「でも、先に君らを追い詰めたのは俺たちのほうだ」

「それとこれとは話が違う。俺たちは悪人だ。お前らは善寄りだ。分かるだろ? 元から相容れない。亀裂なんざ、早々に埋まるもんじゃないんだよ」


 そうか。

 和解して全てが解決すると思ったら大間違いだと。なにごとにもけじめをつけなければならないと、彼は言いたいのね。


「俺たちは行くさ。もう、お前らと関わることはないかもな」


 ぞろぞろと盗賊たった者が立ち上がって、列を成して動き出す。


「ああ、でも、こいつをバッドエンドだとは思わないでくれよ」


 去る前に、盗賊は語る。


「俺たちはお前らを恨んじゃいねぇ。そいつを忘れんな。もう一生、会うことはないだろうがな」


 やがて、彼らは姿を消す。完全に破壊された村を後にして、彼らはどこへ向かうのかしら。新たな住処を見つけた後は、なにをするのか。いかなる結果が待ち受けているのか。

 盗賊は所詮(しょせん)、盗賊だ。足を洗うことはできない。ふたたび同じことを繰り返す可能性がある。

 だけど、彼らはもう悪事なんてしないでしょう。なんとなく、そう信じてみたくなった。


 日が沈む。

 彼らは盗んだものを倉庫に残していったようで、我々はそれを回収してから村に戻った。


「いいかお前ら、これから勇者さまの命令で俺たちの扱いは平等ってことになった」

「なんせ、今回の件に関わって尽力したのは俺たちだからな。貴族は黙って見ているだけ」

「村に引きこもりやがってな。ったく、情けねぇこった」

「だからな、少しでも下手なマネをしてみろ。即座に首が飛ぶぜ」


 あたりが真っ暗になったころ、宴会がスタートする。

 それにしても、平等か。本当に実現するのかしら。

 村人が冗談交じりに口にしているのだけど、にわかに信じられない。

 もっとも、勇者は盗賊の村で絶大な力を見せつけていたわ。貴族たちも彼の勇姿は目撃している。勇者としての畏怖(いふ)にあてられて、おとなしく命令を聞く可能性は十分にあるわ。


「私、見たの。もう、本当、素晴らしかったわ。あの戦術、戦士たちにも習えさせてほしいわ」

「わたくしも遠巻きに見る程度でしたが、よいものを見れました。勇気を出していってみるものですわね」

「勇者さまのためなら、わたくしはいかなるようなことでも」


 お金持ちの女性たちで勝手に話が進んでいる。

 この様子だと、大丈夫そうね。

 私は会話には加われないため、隅っこで縮こまりながらジュースを飲む。

 甘い。酸っぱい。複雑な味が混ざり合って、絶妙なハーモニーを生み出している。


「ところで、わたくしとの縁談はどうなりましたの?」

「んなの、知るかよ。悪いけど、俺はもう恋なんてしないと決めてんだよ。本当に悪いけど、もっと違う相手を見つけてくれ。俺なんかより、ずっといい男が転がってるぜ」

「ええー、いけずー」


 あっちはあっちで大変そうね。

 それにしても、『恋なんてしない』か。

 複雑な感情が胸中を埋め尽くす。冷たい風が心を吹き抜けていくような感覚だ。知らず知らずのうちにうつむいてしまう。

 どうして彼ごときのために、こんな思いをしているのかしら。でも、きっと私は、勇者のことを悪く思っていない。嫌いだけど、嫌な部分とか受け入れられない部分は多いけど、それでも、きっと……。


「どうです、これ。きっとあなたの口に合うと思いますよ」


 声をかけてきた。やっと、気づいてもらえたのね。

 そちらを向くと、ミラージュという名の少年が皿にもられたフルーツを、両手に持って立っていた。

 まあ、なんて美味しそうなのかしら。とても鮮やかで、瑞々しい。まるで宝石のような色合いだわ。ええ、確かに私の好みよ。

 彼はそっとこちらのそばに腰掛けると、皿にもられたフルーツを一切れ口に運ぶ。


「ひどいと思いません?」

「いじめられたの?」

「違います。奇術を披露しただけです」

「なにがあったのよ?」


 首をかたむけて、彼を見る。

 少年は困ったような顔をして、口を開く。


「大層な出来だったのに、誰も見てくれなかったんですよ」

「あはは」


 同類か。

 彼も存在感のない顔をしているものね。仕方がないわ。


「ところで、かっこよかったですよ」

「なにが?」

「あなたのことです。きちんとバリアを張って、僕らのこと、守ってくれたじゃないですか」

「ああ、あれね」


 分かっている風を装って、口を開く。

 内心で、『あれってなにだ?』と首をかしげた。

 いちおう、盗賊を相手に黒いバリアを展開したことは、覚えているわ。

 勘違いをされているような気もするけれど、気にしない。

 守ったのは自分だけとはいえ、結果的に人の役に立てた可能性はあるのだもの。

 そうね、私でもやればできるんだ。これからも鍛えたら、もっとすごい能力を生み出せるかもしれない。なんだか、わくわくしてきた。

 なんだ、きちんと見ている人はいたのね。

 自分のことだから、誰の印象にも残らないまま忘れ去られていると思った。いつか、この村を出るときも、きっと私のことを覚えてくれる人はいないでしょう。だけど、この少年だけは私のことをいつまでも忘れないでいてくれる。そう思うと、心に温かな感情が湧いてきた。

 私とは対照的に、ルークは人気ね。彼は座敷の中心で、複数の女性に囲まれていた。

 面白くもなんともない光景が前方に広がっているけれど、文句を口にする気はないわ。

 盗賊の村ではインパクトのある活躍をしたのだもの。注目を受けるのも、無理はないわ。元から強いとは思っていたけれど、まさか巨人を相手にできるなんて想像もしなかった。素手でも化け物みたいだったし、剣を抜けばあんなふうにもなるか。

 一生追いつくことはなさそうだし、特訓に関しては気楽にやるとしますかね。

 今はこの宴会を楽しまなくっちゃ。

 私もフルーツを一つ、ごちそうになる。

 うん、甘い。甘いといっても砂糖のようにしつこくなくて、酸味も合わさってスッキリとした味わいだ。

 ああ、なんていい気分。こんな美味しいものを食べられるだなんて、いままでにない経験だわ。きっと、お腹にはたまらないし無意味なことかもしれないけれど、それでも、私は幸せだった。

 その折、視界の端でなにかが揺れる。住民たちが、食事と酒を楽しむ彼らが一瞬、影のように、歪んだ気がした。急に世界の時が停止したような感覚になる。私も動きを止めた。

 なぜだか、村人たちの存在が不確かになる。それは一瞬の出来事で、すぐに彼らはなにごともなかったかのように笑い合ったり、美味しいものを口に運んだりする。歓喜の声や、楽しそうに話す声も広くはない屋敷に広がっていく。

 誰かがそっとささやいた。性別すらも分からない中性的な声で。透明感のあるガラスのように、不確かな雰囲気を放ちながら。


「彼らは生きている。人間の振りをして」

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