第4話


「ああ、なるほど」


 確かに一瞬で理解した。

 視線の先にいるのは一言でいえば巨人だ。普通の人間よりもはるかに大きい。下手をすれば空に届くのではないだろうか。おかげであたりが暗くなる。巨人が陰を作って、それはどんどん広い範囲を侵食していく。まだなにもしていないのに、歩くだけで大きな音がなる。その迫力は敵味方問わず、人間を恐れさせる。私もひるんで、動けなくなった。

 まさしく、歩く絶望といったところか。こんなの、どうやったら勝てるのよ。


「よし、分かった。剣を抜こう」

「前言撤回早くない? 二言はないんじゃなかったの?」

「こういうのは柔軟に対処するのが一番なんだよ」


 あっさりと自分のポリシーを捨てた彼は、潔く担いでいた剣を取ると、構えた。


「まあようやく、こいつを振るっても問題ねぇってやつに出会えたしな。どうせ、死なねぇだろ。絶対に」


 確信を持ったように、青年は笑う。

 なにが、そんなに嬉しいのだろうか。私には理解できない。

 一方で、そんなことはどうでもいいとばかりに、彼は動く。歩く巨人に対してひるみもせず、友と再会したかのような態度で、近づいた。



「なあ、一つ。提案があるんだが」

「どうした? 人間よ?」

「俺と勝負をして、勝ったら二度と俺たちに手を出さねぇってことにしねぇか」

「なるほど、よい提案だ」


 想像よりも早く話がついた。


「いや、面倒なのだ。俺にとってはこんなやつら、塵と化しても問題はない。というより、さっさと死ねと思っている」


 とんでもない発言が飛び出したわ。

 すごいよ、このリーダー。仲間をなんとも思っていない。虫かなにかと勘違いしているんじゃないかしら。まあ、彼にしたら同じようなものか。元より、本当に仲間でもなんでもなかったのでしょうね。それを誇張をするかのように、巨人はまた補足する。


「勝手にリーダーと崇められている以上、力を尽くすよりほかあるまい。ゆえに、全力で相手をしよう。なに、貴様なら歯ごたえはありそうだ。互いによい戦いになるであろう」

「そうか、なら、遠慮なく」


 青年が軽い調子で答える。

 彼が剣を振るう。

 鋭い一撃を、巨人の斧が受け止める。

 ひいぃ、なんて風圧なの。

 こちらまで押し寄せてくるわ。

 よろめいて、転倒しそうになる。

 とっさに地べたに座り込む。

 油断していたのか、何名もの盗賊が風に乗って、吹き飛ばされていく。

 そんなことはおかまいなしというばかりに、巨人が飛び上がる。

 彼は勇者の上を取ると、思いっきり斧による重い一撃を叩き込もうとする。

 薄い色をした地面の上に立っている青年は、顔を上げると、すばやく攻撃をかわす。

 さすがに、直撃を喰らえばただでは済まないでしょうね。

 身の丈ほどの長さを誇る黄金の剣も、相手の斧と比べるとただの棒きれのように見える。そもそも、体格差が大きすぎるのよ。本当に勝てるのかしら。

 気持ちが落ち着かない。

 鼓動が速まるのが分かる。

 汗をかいているのは、暑いからという理由ではない。

 風になびく自分の髪をかまいながら、心に生じた波を沈めようとする。

 それから、冷静に考えて思ったのだけど、人の心配をしている場合じゃなくない?

 死ぬでしょ。巻き込まれて。

 重要なポイントに気づいて、一気に心が無に帰す。

 そそくさと逃げ出した盗賊たちの悲鳴と、足音が耳に入る。

 うーん、このヘタレどもめ。

 ちらっと振り返ると、彼らはビクビクと建物の陰から様子を見ていた。

 私も本音を言えば、さっさと逃げたい。化け物たちの争いに巻き込まれて命を落としたくはないもの。今も、流れ弾がこちらへこないか気が気でない。

 勇者のことだから戦闘力に問題はないし、生き残るに決まっている。

 彼とは違って、普通の人間は弱い生き物よ。命がいくつあっても足りないわ。相手のことよりも、今は自分の身の安全を考えるべきに決まっているのよ。

 そう、心の中で決めつけようとしているにも関わらず、依然として私は同じ位置に座り込んだままでいる。

 だって、強者同士の戦いなんてレアじゃない? 絶対に見逃してはいけないと思うのよ。

 なにより、一度この件に首を突っ込んでしまった以上、私たちは最後の戦いを見届ける義務がある。

 勇気ある人間たちはその場に残って、二人のバトルを固唾をのんで見守っていた。盗賊までもがいままでの出来事をなかったことにしたかのように、村人たちと同じ場所に固まっていた。

 私たちは手を出せない。今は完全に二人の戦士だけの、彼らのためだけの空間だ。触れれば粒子レベルで分解されて、やがて見えなくなってしまう。そんな気迫を、二人の戦士からは感じた。

 撃ち合いは続く。

 一件不利と思われた戦いだが、なんと現状は互角だ。むしろ、ルーク側が相手の斧を正確に避けきっているため、彼のほうが有利とも言えるわね。もっとも、有効打がないのは騎士さまも同じね。果たして、決着はつくのかしら。

 ルークは飛び上がって、屋根に着地する。巨人は下から、斧で彼を狙う。青年が半歩下がって、間一髪で避けた。うまいわ。ギリギリだったというより、攻撃のラインを読み切って、必要最低限の移動に留めたともいえるわね。

 それにしても、屋根の高さまで着てもまだ相手のほうが身長が高いなんて、常識はずれにもほどがある。巨人を相手にして善戦しているルークも、おかしいわ。

 まったく、信じられない。観客たちもありえないものを見るかのような目で、戦況を傍観(ぼうかん)している。

 そして、ついに終幕は訪れた。

 ルークは屋根を勢いよく蹴る。空中に躍り出た勇者の影と、太陽が重なり合う。

 刹那(せつな)、目を灼き尽くすがごとく光が、天から降り注ぐ。


「目がー、目がー……」


 観客たちが被害を受けて、両手で顔を覆う。

 あ、これ、ダメだ。失明するパターンだ。

 とっさに下を向いて、腕で目を隠す。

 指の隙間(すきま)から状況を盗み見る。

 巨人は目潰しを受けて、隙(すき)が生まれた。

 勇者が剣を振り下ろす。

 斧にひびが入る。

 重たい音が響く。

 静かに村人たちが戦況を見守る中、巨人の厚みのある手の中で、斧は粉々に砕け散った。

 まるで砂と化したかのようにあっけない。

 見るものが目を疑うレベルでありえない光景が、そこに広がっていた。


「獲物は壊れた。これで、終わりだ」

「そうか。なるほど、確かに俺は敗北した」


 潔く、巨人は言い切った。

 彼の表情に悔いはない。

 戦いの余韻(よいん)とばかりに爽やかな風が村を吹き抜ける中、青年は地上に降りてくる。


「だが、戦えぬわけではあるまい。そなたを余力を残しておる。どうだ?」

「え、嫌だよ。俺、バトルジャンキーじゃねぇし」

「そうか……」


 ルークが巨人の提案に顔を引きつらせた。

 もう二度と戦いたくないと言わんばかりの態度にショックを受けたのか、相手は肩を落とす。

 つづいて彼は手の中にとどまっていた、先端の消失した斧に視線を向ける。


「あー、悪ぃな。どちらかというとあんたを斬ったほうがよかったか?」

「よい」


 よくないわ。巨人の体を斬るほうが悪いわよ。

 不思議な会話を繰り広げる二人にツッコミを入れつつ、様子を見守る。


「女王に頼もう。彼女なら、いくらでもサービスしてくれるだろう」

「女王ね……。あいつ、そんなにやばい能力持ってんのか?」

「ああ、なんでもできるといっても過言ではあるまい。得意としているのは『創造』だろうがな。なんせ、やつはこの世界を創ったとされる人物だ」


 巨人は立ち上がって、こちらへ背を向ける。


「ではな。そなたらは女王に用があるのだろう。健闘を祈ろう。外の世界から来た者たち」


 地響きのように大きな足音と共に、彼の大きな背中が遠ざかっていく。

 かくして、なにごともなかったかのような静寂があたりを包む。いままで暴れていた者たちもおとなしくなって、巨人の去った方角をぼんやりと見つめている。私も立ち上がれないまま、ぼうぜんとするしかない。脳内は空白に染まっている。今後の予定や行動に関する情報が、完璧に頭から抜け落ちてしまった。

 本当にすさまじいインパクトだったわね、盗賊のリーダーは。

 今も胸がドキドキしている。しばらく、余韻が消えそうにないわね。

 同時に、思う。巨人の登場と勇者の戦いは、イリュージョンでも見せられているような感じだったと。

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