第3話

 デコボコとした道を下っていくと、日の当たらない位置に集まった盗賊たちの家々が見えてくる。

 外には人の気配がない。正確にいうと、道の真ん中で堂々と寝そべっているものはいるものの、出歩いている人影は皆無だ。彼らは夜型で、いまは睡眠時間だったりするのかしら。


「さあ、宣戦布告だ」


 最初に動いたのは、松明たいまつを掲げて立っていた男性だった。

 彼はおもむろに木製の民家に近づくと、火をつける。途端に炎は燃え広がって、家をまるごと包んでしまう。

 うげぇ……ひどいことするわね。思わず口元に手を当ててしまう。

 もっとも、略奪行為をして村人を困らせていたのは相手のほうだし、自業自得よね。

 傍観ぼうかんしていると、突然もろい壁が蹴り破られて、中から粗末な格好をした男性が転がってくる。

 あら? 盗賊さん、無事だったのね。家を燃やされたにも関わらず無傷とは、なんという幸運の持ち主かしら。

 相手は即座に立ち上がって体勢を立て直すと、真っ先に松明たいまつを掲げている男性をにらむ。


「てめぇら、なにしやがる。なにが目的だ?」


 彼の背後で窓ガラスが割れる音が響く。

 盗賊は今まさに自分の肉体からも炎を放ちそうなほど、強烈な怒気を全身から放っている。

 眉と目は同じ角度で釣り上がって、顔も真っ赤に染まっていた。

 うわー、関わりたくないな……。

 後ずさってしまった私とは対照的に、村人たちは全くひるまない。みんな毅然きぜんとした態度で、敵と向き合っている。

 それにしても、家を燃やすなんてやりすぎだわ。被害総額、いくらになると思っているのよ。


「目的? 今さらなにを言っているのさ」

「そうよ。見て分からないの?」

「俺たちはお前らに対して復讐しにきたんだよ」

「いままでさんざんいろんなもんを奪いやがって。時にはうちの戦士をかっさらって、殺したっていうじゃねぇか」


 ああ、そりゃあ、怒るわ。

 食料や武器を奪うのももちろん、人攫いなんて最低ね。

 彼らは人としてなっていないから、早急に矯正きょうせいする必要があるわ。


「うるせぇ、お前らなんぜつぶれちまえ」


 盗賊がふところからナイフを取り出す。

 彼は持ち手を握りしめて、力強く地面を蹴る。

 そして、跳躍。

 勢いをそのままに、集団へ襲いかかる。

 村人たちも一気に顔を引き締めて、敵を迎え撃つ。

 いやー、無謀でしょう。盗賊がね。

 緊張感が高まる中、各々の武器を持った集団の波が、一人の若者を呑み込む。

 さすがにいくら相手が戦闘力を持っていたとしても、数の暴力には敵わない。

 鋭く尖った刃も通用せず、敵は袋だたきに合う。


「なんだ、どうした?」

「あ! テメェら」

「おい、なんだそりゃ。いったい、なにがあった」


 ほかの家から、褐色の衣をまとった盗賊たちが続々と顔を出す。

 彼らは仲間が倒されたと知るやいなや、武器を取り出して、襲いかかってくる。村人たちも負けじと応戦だ。

 かくして、盗賊と村人の戦いが幕を開けた。

 戦況はこちらが有利だ。盗賊には敵わないと言っていたのは、どこの誰だったか。確かに個人の戦闘力ではあちらのほうが強い。それでも、数でかかれば逆転できる。集団で囲ってしまえば、盗賊たちは一気に片付いていく。展開は、驚くほどに早かった。

 おっと、悠長に高みの見物を決め込んでいる場合ではないわ。こちらにも敵の手が迫ってきている。

 殺気を感じて振り返ると、刃を振りかざして飛んでくる盗賊の姿があった。彼は集団の中で孤立して、かつ弱そうな娘を狙ったのでしょう。事実ではあるけれど、ずいぶんと甘く見られたものだわ。仕方がないので、お見せしましょう。


「はい、さよなら」

「うげぇっ!」


 目の前に黒くて半透明な壁が出現する。

 バリアに激突した盗賊は短い叫びを上げて、撃沈した。

 本当、便利な能力ね。ダメージは大したものではないけれど、壁の内側にいれば安全よ。

 問題は、能力が未完成という点かしら。半透明で黒い壁はすぐに消えてしまうし、一度食らったら、当然のように破壊されるわ。


「消えろ」


 別の盗賊がこちらを向いて、ナイフを振り回す。

 途端にバリアはガラスのように粉砕される。

 ほら、こんな風に。

 でも、あたりに破片が散らばらず消失するのはいいわね。ガラスは割れると危険だもの。


「まずはテメェからだ」


 力任せに武器を振り回さないでよ。味方にも危害が及ぶわ。

 なんて、訴えたところで意味はないか。

 相手も相当焦っているし、自分たちが劣勢にいるのが耐えられないといったところよね。

 だからといって私を狙わなくったっていいじゃない。

 とにかく、痛い思いをするのだけは勘弁よ。

 とっさに後ろへ下がって、回避する。すぐ前を刃の銀色の線が通っていく。


「ちょっと、待って。私は戦う気なんて」

「知るか」


 全く話を聞いてくれないわ。どうしよう。

 悩んだところでなんの行動も取らないようでは、ダメね。間違いなく、殺されるわ。

 もう仕方がない。

 走り出した。

 相手との距離を取る。

 後ろから殺気が折ってきた。足音が迫る。足は遅いみたいね。

 この調子なら逃げ切れそうと思った矢先、私の足が止まる。

 うわ……まさかの路地裏? 袋小路に迷い込んでいたってわけね。

 前方が厚い壁で塞がれていることに気づいて、猛烈に誰かに八つ当たりをしたくなった。

 その相手はいないから仕方がないのだけど、なにげにピンチじゃない?

 振り返れば血走った目をした盗賊が走ってくるし、さらに後方には数名の同類たちの影も見える。

 なんというか、本当にうんざりしたとしか言いようがない。

 私、彼らに対して恨まれるようなことはしていないのだけど……まあ、いいや。

 ひとまず、集中しよう。

 もっと、力を練らなければ。私の奥底に眠る力とやらに意識を向ける。

 自分の体の中心にはなにがあるのやら。力の源とやらは不明だけど、おそらくろくなものではないのでしょう。現に黒いイメージしか湧かないもの。でも、それでもいいや。自分の身を守れるのなら、誰かの役に立てるのなら、なんだっていい。

 本当は戦いなんて嫌よ。物理的に傷つくのも相手を傷つけるのも、敵わない。それでも、いつまでも逃げたところで仕方がないじゃない。

 居場所がほしかった。自分がここにいてもいいという事実がほしい。そのためにも、戦わなきゃ……!

 目を見開く。

 強い意志とともに、心の内側に存在する力を表へ持ってくる。

 魔法の発動なんて簡単よ。ただ、イメージを形にすればいいだけの話だわ。昔から杖を用いて創造と呼ばれることを散々やってきた。今の私なら、完璧なバリアくらい張れるわよ。

 手のひらを広げて、突き出す。

 敵が迫る。

 複数の刃が視界を横切った。

 心はなおも平穏だ。

 自分でも信じられないくらいに凪いでいる。

 反対に私は信じていた。この技は必ず成功すると。


「行け」


 決意を、思いを吐き出した。

 手のひらの先から壁が出現する。深く、濃い黒色の壁が。

 刹那せつな、銀色の刃が目の前で砕け散る。


「な……」


 盗賊の一人が目を丸くする。

 ほかの数名の仲間も絶句して、幻術にかけられたような目でこちらを向く。

 バリアは消えない。こころなしか、黒さを増している。

 なぜだろう。心から迷いが消えるたびに、色ガラスのようだった壁が漆黒しっこくに近づいていく気配がするのは。

 その不穏なオーラをまとったバリアを視界にとらえて、複雑な感情を胸に抱く。


「なんだ、こいつは……」


 屈強な盗賊が怖気づいたには無理はない。

 なぜなら、バリアが放っているオーラは『魔』から発せられるものにひとしいのだから。

 もはや、触れることすらためらわれるレベルでしょう。そうは思わない? 

 小首をかしげて盗賊たちに視線を向けると、彼らは青ざめて、ガタガタと体を震わす。

 どうしたらいいか分からないといいたげね。

 安心して。私もこれからどのように対処をするべきか分かっていないから。

 一方で、相手の瞳に映る私には表情がない。仮面をかぶっているかのように、感情が表に出ていなかった。

 なおも盗賊たちは怯えている。化け物を見るような目で、私を見てくる。

 うーん、私以上に人間らしい人間はいないと思うのだけど。ほら、レイラ・レナータといえば弱くて、ろくでなしでしょう。堕落し切った人間だ。なにもしないかわりに人が嫌がることはしないレベルに、善良でもあるわ。むしろ、平然と人をさらう盗賊のほうが、非人間よ。

 しかしながら、こちらの正体を知らないであろう盗賊は、今まさに尻尾を巻いて逃げようとしている。


 ただのバリアから放たれる闇色の光で、真っ黒でしかない瞳を向けただけで、敵が戦意を失う。本当は大したものでもないのに、ハッタリだけでこうなってしまうなんて、ちょろすぎでしょう。

 結局のところ、勘違いでしかないのに――

 いや、言い切るには早い。

 私は、私の正体は、なんなのだろう。もしも本当に化け物だったとしたら、果たして自分は現実を受け入れられるのか? 不安だけが膨れ上がっていく。

 場はいろいろと混沌としている。あたりで刃と刃がぶつかり合うような音が響く。私たちはいちおう、安全な場所に入るのかしら。盗賊はどうにもできずに固まっている様子だけど、私としてはため息しか出ない。彼ら、どうすればいいのかしら。武力で解決といっても、私には戦闘力がない。だから、放置するしかないのよね。

 いつまでも悩んでいると、敵の仲間が集まってくる。彼らも、漆黒に近い輝きを放つバリアを視界にとらえるて、一斉に硬直してしまう。まるで、氷の魔法を吹き付けられたかのように。


「リーダーだ。リーダーを呼べ」

「ああ、こいつの正体はとんでもない」

「魔王だ。魔王の化身か。いや、なんだ?」


 飛躍しすぎよ。

 魔王って、いくらなんでもそれはないでしょう。わざとやっているのではないかと疑ってしまう。

 まあ、バリアを張るだけでここまで人を勘違いさせるんだもの。上等よね。だけど、村人たちの前では見せないほうがいいわ。十中八九嫌われる。

 そういえば、あれ? いつの間にか盗賊たちの姿が消えている。

 確か、リーダーを呼ぶと言っていたわよね。

 でも、盗賊たちのリーダーといっても戦闘力は大したことはないでしょう。ルークならなんとかやってくれるわよ。きっと。

 それはそうと、彼はどこでなにをやっているのかしら。

 路地裏から広々とした場所へ戻る途中、ふと顔を上げた。真っ青な空を、野蛮な格好をした人間たちが舞っていた。なんて、シュールな光景なのかしら。ルークの仕業よね。きっと、あの中心に彼がいるのでしょう。あいかわらず暴れまわっているようで、なによりだわ。


「気をつけてください。やつは危険です」

「うわ、いきなりなによ?」


 急に視界の端を白い影が横切ったかと思えば、目の前に特徴のない薄い顔をした少年がいて、驚く。


「えーと、名前……名前……」


 誰だったっけ?

 容姿だけは知っているのよ。相手が盗賊の人質になっていたところを助けて、お礼として居候させてもらっていることも、覚えている。ただ、名前だけが妙に霧がかったように思い出せない。


「ミラージュです」

「そうそう、ミラージュ」


 ようやく顔と名前が一致したわ。


「それで、なんなの? 主語が抜けていて、よく分からないわ」

「僕がいいたいのは、これから現れる盗賊のリーダーに関してです」

「そんなにやばいの?」

「ええ、図体は僕らの何十倍もあるでしょう。まさに怪物といったところ。戦闘力は村を一人で壊滅させることもできる。彼が通った場所にはなにも生まれない。命は根こそぎ刈り取られる。まるで、いにしえより伝わる、悪魔の一族のように」


 途端にあたりの気温が下がったような気がした。

 なにその、ハイパースペック。想像していたより、百倍すごいじゃない。

 私の場合はあまりにも見くびりすぎていたのが原因だけど、それを差し引いてもとんでもないわ。これでは、ルークも苦戦を強いられる。ましてや、剣がない状況だもの。なんとか、手助けができないかしら。

 そう思った矢先、漆黒しっこくの瞳がとある盗賊をとらえる。彼が背負っているのは華美な装飾をほどこされた一本の剣だ。遠目からも分かるほどのオーラを放っている。あれはまさしく国を背負う王か、もしくは勇者の持ち物であり、それ以外の者が持つ権利は与えられないだろう。


「あれだわ!」


 ほとんど無意識のうちに叫んで、指差す。

 同時に足は地を蹴る。私は逃げていく盗賊を追いかける。


「あ、ちょっと」


 後ろで少年の声を聞く。

 聞かなかったことにして走る。

 盗賊もこちらに気づいたようね。走る速度が上がっている。ならば、仕方がない。私は先回りをすることにした。幸い、彼が角を曲がったところまでは見届けたから、行き先は分かっている。

 地理は把握していないものの、なんとなく読めるわよ。

 私はいったん引き返して、一つの角を曲がって、少々薄暗い路地に突入する。予想通り、盗賊が現れる。私はバリアを張って、待ち構える。途端に相手が足に急ブレーキをかける。後ろから、誰かが追ってくる気配は……。あるわね。味方か敵か判断はつかないけれど、私にできることは、彼を取り押さえることのみだ。

 一か八かにかけてきたのか、盗賊が駆けてくる。私も跳ね返すために身構える。戦闘は避けたいけれど、仕方がない。覚悟を決める。

 されども、その必要はなかった。なぜなら、後ろのほうから追ってきたのは純白の鎧に身を包んだ青年だったからだ。


「な、お前……!」


 背後を取られたことにも気づかなかった様子で、彼が後ろを向こうする。

 その瞳は驚愕きょうがくで見開かれて、顔が青白くなっている。

 背後で青年が相手の首の裏を手刀で突く。

 そのまま敵はリアクションを取る暇もなく、崩れ落ちた。

 意識は失われて、地面を転がる。その上で、青年は相手から剣を取り返した。


「なんだ、こっちのほうへ来たのね」

「そうだ。走っているのが見えたから」

「よく分かったわね。さんざん、影が薄いと言われるのに」

「そりゃあ、知らないけどさ」


『知らない』ってなによ。

 なんとも釈然しゃくぜんとしないわ。とはいえ、助かった。私は戦闘をせずに済んだし、剣を奪い返した場合に、彼の元へ届ける手間が省けたわ。

 だけど、不思議ね。剣を取り戻したところで、彼が使わなければ意味はない。果たして、ルークは黄金の剣を使用してくれるのかしら。武器がなくったって勇者は勇者よ。彼の戦闘力はバカにならない。


「その剣、意味あるの? 飾りでしょ」

「バカいうな。勇者の証だぞ」

「剣は使ってなんぼじゃないの?」


 また、ジト目になる。

 彼の感性はいまいち分からないわ。そんな意味のないことにどうしてこだわるのかしら。


「分かるだろ。お前にとって必要のないことでも、俺にとっちゃ重要なんだよ。確かに剣は使わねぇ。いいか? こう宣言したっていいんだ。男に二言はねぇからな。だけど――」


 言葉の途中、不意に地響きがした。

 なにやら、騒ぎが起きている。周りで絶叫が上がる。高い声ではなくて、低くて野太い声も混じっている。なに? なんなの? なにが起こったの? 空も騒がしい。小鳥たちがなにかから逃げ惑っている。さながら竜巻が発生したかのようだ。


「ちょっと、来てください」


 ミラージュが駆けてくる。


「たいへんなことが起こりました」

「なに? 教えて」

「見れば分かります。ついてきてください」

「ねぇ、ちょっと。説明して」


 言われるがままに走る。

 路地を抜けて、大きな広場へやってくる。そこに見えたものを見て、私は愕然とした。

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