第2話



「で、魔法の発動条件、知りたいか?」

「知りたいけど、一朝一夕で覚えられるものでもないんじゃない?」

「当然だ。ましてやお前は、バリアしか張れねぇんだ。そんなやつに教える魔法はねぇよ」

「急に辛辣(しんらつ)になったわね」


 教えられる魔法がないというのは、同意するわ。

 私って才能がないもの。仕方がないといいたいところだけど、実際に現実を突きつけられるとへこむわね。

 はぁ……。

 肩を落とす。

 真横を純白の鎧が通り過ぎて、遠ざかっていく鉄靴の音が耳に入る。

 顔を上げると、騎士さまは勝手に足を動かして、出口へ向かおうとしていた。

 どうして彼は無言で、私を置いていくのかしらね。

 文句を言う気はとうの昔に失せたので、こちらもトボトボと後をついていく。


「魔法ってのは、イメージの具現化だよ」


 急に落ち着いた口調で、青年が解説を始めた。

 私も真面目な顔をして彼の話に耳を傾ける。


「体内で魔力を練って、放出する。な、簡単だろ?」

「どこが?」

「いや、簡単だって。実際にやってのけたじゃねぇか」

「それは、そうだけど」


 私がバリアを再現できたのは、パニックになりそうなほど切羽詰った状況だったからよ。目の前の子どもを守らなきゃ、恩を返さなきゃと思って、必死になっていたの。逆にいうと、自分か誰かの身が危険にさらされるような状況でなければ、本来の力を発揮できない。


「人には得意不得意ってのがあるんだろうけど、属性さえ合っていればなんでもいいんだ。こういうのは『性格』とも呼んでいいのか。君の内側に眠ってる力を利用して魔法を発動しているようなものだし。えーと、つまり、積極的で好戦的な性格だったら、魔法もそういうものになるってわけで」

「説明、下手くそね」


 要するにバリアを張れる私は守りに強く、保守的な性格をしているのでしょう。思えば、常に安全でいられるように考えていたし、危険な場所には首を突っ込まないようにしていたわね。

 なるほど、性格が魔法の属性に反映されるだなんて、盲点だった。


「おいおい、あいつ、どっかに行ったと思ったら捕まってたんだってさ」

「ええー。全て、勇者さまにまかせておけばよかったのに。バカなマネをするんだね」

「まったくだ。仲間を取り返そうと必死なのは分かるが、少しは落ち着けと」


 なにやら騒がしい。

 商店街の隅(すみ)っこで、大人たちがたむろして、迷惑そうな顔つきで話し合っている。

 不穏な単語が耳をかすめていったけれど、詳細な内容までは分からない。いったい、なにが起こったのかしら。


「あー、そこの人。厄介事が増えたってさ」


 様子を見ていると、快活そうな女性が話しかけてきた。

 彼女に釣られるような形で、周りで会話をしていた者たちもそろってこちらを向く。


「うちらの仲間が捕まったんだってよ。なんとかしな」

「ああ、単身で向かったらしくてな。失敗して、こっちに助けを求めにきた。そういう文章が届いたんだよ。送り主は盗賊連中だろうけどね」

「それを俺たちになんとかしろと?」

「そう言ってるじゃないか」


 村人たちは、ありとあらゆる面倒事を勇者に押し付けようとしている。

 自分たちはなにもしないつもりだ。

 少し白けた目で相手を見てしまうけれど、仕方がないというしかないわよね。

 彼らが盗賊退治に協力したところで、足手まといになるだけだもの。いっそ、勇者一人で挑んだほうが効率がいいまであるわ。


「でも、あんたたちだけで大丈夫かしら?」

「そうさね。勇者さまといっても人間でしょう。一人で行ったところで、あれだけの人数を相手にうまく立ち回れるとは思えないのさ」

「俺も、あんたが本物の勇者だと、完全に信じているわけでもない」


 いや、ついさっき、心の中で村人たちが関わらないほうが都合がいいと納得したばかりなのだけど……。

 さすがになめすぎでしょう。

 内心で苦笑いをしている間にも、ワラワラと人が集まってくる。

 ルークに対して妙な自信を抱く私とは対照的に、村人たちの目は厳しい。

 中にはいまだに恋の魔法が解けないとばかりに頬を赤く染めて遠巻きに眺めている者もいるけれど、男性は不満げだ。

 さて、勇者さまは怒るのかしら。チラリと横顔を覗き見た。

 穏やかな仮面が崩れ去ることを期待する。しかしながら、彼は依然(いぜん)として涼しげな雰囲気をたもったままだった。


「信用できねぇってんなら、全員で盗賊を攻めりゃいいじゃねぇか」


 ルークが頭をかきながら軽い調子で言うと、急に村人たちが顔を見合わせる。


「どうしたんだ。この間まで『盗賊をぶっつぶす』とか言って、躍起になってたじゃねぇか」

「それは確かに。どうせなら、我々だけでなんとかしたいと」

「だろ? 俺は部外者だしさ。村が滅んだところで被害は被らねぇ。けど、お前らは違うだろ。村がつぶれたら居場所を失うし、困るってもんじゃねぇはずだ」


 青年の顔に、負の感情はない。

 深い青に染まった瞳は真っすぐに、村人たちへ向けられている。


「自分の村なら、自分たちで守ってくれや。俺はそのための力を貸す。それだけだ」


 それで、彼らがやる気を出してくれたら、話は早いんだけどね。

 どこか達観しつつ、すっかりおとなしくなってしまった村人たちを見つめていると、急に彼らは拳を天高く掲げだす。


「おおー! やるぞ、テメェら」

「おおおおおお!」

「盗賊だなんざ、知ったこっちゃねぇ」

「こっちには勇者がついてるんだ」


 は? 


 は?


 は?


 なにこの手のひら返し。


 なぜ、こんなにもあっさりと、やる気を出しているのよ。

 まさか、これがカリスマ性だというのかしら。

 本物の勇者の光に当てられて、村人たちは覚醒していく。

 私がぼうぜんと立ち尽くしている間にも、彼らは狭い村を駆け回る。

 戦闘員たちは倉庫から武器を持って、勇者の元へ集合した。

 なんなの? なにが起こっているの?

 展開があまりにも早すぎて、頭が追いつかない。


「おーし、そこら辺にいる貴族っぽいやつらもだ」

「はい?」


 青年に声をかけられて、広場に集まっていたドレス姿の女性たちが一斉に振り向く。貴族と思しき彼女たちの顔はキョトンと、あどけない表情をしている。

 女性たちも、なにが起きているのかさっぱり分かっていない様子ね。無理もないわ。彼女たちからすれば、急にあたりが騒がしくなったかと思えば、戦士たちがやる気を出して武器を掲げているのだもの。一番近くにいた私が状況を把握できずにいるのだから、遠くにいた貴族たちはもっと訳が分からなくなっているはずよ。

 私たちの理解力がないというわけではない。村人たちが単純すぎるのよ。


「貴族の方たちは、見ているだけでいい。戦力に関しては期待してねぇからな」

「ええ、はあ? ええ? はい?」


 急に詰め寄られて、女性はあからさまな動揺を見せる。

 頬紅が汗で崩れて、流れているのが分かった。

 ルークも少しでいいから説明をしてあげたらいいのに。困ってるわよ、彼女。


「あの、もし、あなた様の指示に従ったのなら」

「なら?」

「わたくしをもらってくださるのですか?」

「え?」


 急にルークが固まる。

 どうした、勇者よ。なにかあったのか?

 そんな茶番は置いておくとして、おかしな方向へ話がシフトしているような気がするわ。


「どうか、今宵(こよい)は婚約を。わたくし、そのような相手がいなくて困っていたところですの。寄り付く男といえばろくでなしばかり。理想にはほど遠いゴミクズばかりでしたわ。ですが、あなたさまは違う。そんなオーラをお持ちですの。あなたさまが望むのなら、わたくしはどのような場所へもついていきましょう。それが、婚約のための儀式というのなら……!」


 すごい展開だ。

 あやめ色のドレスを着た優雅な彼女は、一瞬で彼のとりこになったようだ。

 相手に好意を抱かれては、あっさりと突き放せばいいという問題でもなくなった。

 ルークはたじろいで、後退(あとずさ)る。女性も距離を詰めて、熱い眼差しで彼を見澄ます。

 途端に彼が眉をハの字に曲げて、なにかを訴えたそうな目でこちらを見てくる。

 なに? 助けてほしいの?

 勇者さまには同情するけど、助け舟を出す気にはなれないわ。

 自業自得でしょう。勝手に女性を戦場へ連行しようとしたのだから、いい気味よ。


「みなさん、聞いて。彼がわたくしの婚約者です。わたくしたち、結婚します。ですからみなさん、どうかわたくしたちの儀式につきあっていただけますか?」


 周りに豪華な装いをした者たちが集まってくる。

 ルークにとっては、とんだ災難ね。

 彼が困っている様を見るのは、たいへん愉快だ。

 いや、不愉快でもあるのかもしれない。

 たとえ嘘でも、遊びだったとしても『婚約』だと『結婚』だのといった言葉を口に出されるのは、面白くないのよ。

 なんだか、ムカムカしてしまう。心の中に苦い色が広がって、自分でも分からないのに、嫌な気分になる。

 私がなにもせずにいる間にも、話が進む。

 準備はすでに整ったとばかりに村人たちが列をなして、出口へ向かう。集団の中心にいるはずの勇者が、最も困惑していそうな顔をしている。


「文句を言ってもよかったのに」

「その必要はねぇよ」

「ないわけないわ。さんざんバカにされてきたじゃない」

「知らねぇよ。俺は気にしねぇ」


 こちらが口をとがらせても、青年は冷静に言葉を返すだけだ。


「そんなんだから舐められるのよ」

「舐められて結構。勇者自体が否定されるわけじゃなかったらな」

「勇者そのものをバカにされなければなんでもいい? じゃあ、自分がどんなに貶(けな)されようが、どうだっていいってこと?」

「そうだ。俺は勇者だ。それが全てだ」


 ルークは自分を勇者として見てほしいと言いたいのでしょうけど、普通は逆じゃない? 勇者という称号ではなく、一人の人間として見てほしいと願うはずよ。ねえ、正直にそう言いなさいよ。もどかしさが募るのに、ルークは相変わらず冷静に、前を向いて歩いている。


「全員、懲(こ)らしめればよかったのに。戦って、倒せば、嫌でも実力を理解させられるわ。トラウマと一緒に」

「野蛮だな」

「なによ。これくらいしないと、メンツが立たないでしょう」


 青年の答えは返ってこない。

 彼は以降も無言を貫くようだ。

 心の中でそっとため息をこぼす。

 私の考えは間違いではないはずなのにね。

 普通に考えて、やられっぱなしはつまらないでしょう。ましてや、勇者としての本物の実力を持った、ルーク・アジュールよ。

 自分のことは度外視で、他人のことばかりを優先する。報酬には目もくれない。貶(けな)されても、笑って許してしまう――それは素晴らしいことでもあるわ。なんて器が大きいのかしらと感心するくらいよ。

 彼は確かに立派な人間で、性格もいいのでしょう。


 私にとっては、ルーク・アジュールのそういうところが気に食わなかった。

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