第三章
第1話
結論からいうと、死者は出ていない。村を守り切ることには成功したわ。怪我人も、最初に一人の盗賊に斬りつけられた者も含めて、勇者が全員治癒してしまった。包帯や傷薬を使ったのではなく、傷口に手を当てて、謎の光が発生したかと思えば、完治していたのよ。
問題は、人質よね。村人たちも盗賊に立ち向かったのだけど、反撃を食らって倒された者もいたわ。彼らは捕まって、『動けばこいつを殺す』という脅しの材料に使われたの。守るべき対象を人質に取られては、勇者も手が出せない。結果、盗賊たちをみすみす逃がす羽目になったわ。
「今回の件は、誰の責任だ?」
リーダーの大勢の部下を引き連れて登場する。彼のひと睨みによって一気に場の空気が凍りつく。
「お前さん、なにかやったか?」
いいえ、それはこちらのセリフなのだけど。
リーダーさんも人のことを言えないわよ。ずいぶんと遅れて現れたし、いままでなにをやっていたのかしら。
しかしながら、胸中で抱いた言葉を正直に表に出す度胸はない。
私がだんまりを決め込んでいると、その空白を埋めるかのように周りがざわめき出す。
「私は見てない」
「僕も」
「あたしも」
「誰か、彼女の姿を見た人っている?」
シーン……。
うーん、この体たらくである。
影の薄さはともかくとして、貢献できなかったのは事実なので、反論はできない。
「やるにはやりました。バリアを張ったり」
「そのバリア、あっさり破壊されてたよな? 俺、見てたぞ」
あら、ごまかせると思ったのに、残念だわ。存在感がないにも関わらず、見ている人はいたのね。なんだか、少しホッとしたわ。
彼の言葉は合っている。白状すると、バリアを張れば活躍はできると自惚(うぬぼ)れていたのよ。盗賊たちにも余裕を持って立ち向かえたのだけど、現実はうまくいかないわよね。私の能力は想像よりも低レベルだったみたいで、相手に棍棒でも振り回されると、あっけなく壊れてしまうの。パリーンと、ガラスを割ったような陳腐な音とともにね。
「いいんじゃねぇの? あいつの能力って割と有用だろ。鍛えたら化けるぜ」
ルークは軽い調子で両手を首にまわして言ってのける。
フォローをしたつもりなのでしょうけど、彼に褒められたところで嬉しくないわ。
どうせ、お世辞でしょ? リップサービスかなにかでしょう?
「あんた、本当に強いのか?」
不意に子どもの純粋な声がした。
背の低い彼が見上げているのは、金髪に瑠璃色の瞳を持った青年だ。彼は現在、素手ではあるものの、無傷だ。純白の鎧も新品同然で、傷一つついていない。
「こらこら、なんて失礼なことを言うの」
「だって、この兄ちゃん、全員を守ることなんてできてなかったよ」
「だけど、見たでしょう? 盗賊たちを打ち倒すあの姿……!」
「恋は盲目って言うもんね。お姉さんは現実が見えていないんだよ」
お姉さんと言われた女性と一緒に、私も硬直をする。
このガキ、突然現れたかと思いきや、なにを言い出すのかしら。勇者の実力を疑うなんて、どうかしているわ。勇者といったら、主人公よ。悪である魔王を倒すためだけに生まれてきた存在だ。そんな人間が強いか弱いかといえば、間違いなく前者よ。疑うまでもないわ。
「だが、確かに。彼が勇者であるのなら、被害を一つも出さなかったはずだ」
「我々の知る勇者とは無敵だ。いかなる実力者とて、となりに立つことは許されない」
「ああ、だが、ここにいる者はなんだ? 常にヘラヘラと、気が抜けている。慢心し切っているのではないか? それだから、村人を人質に取られ、悪を見逃すという醜態を晒すのだ」
勇者なら誰も犠牲にするべきではないし、失敗は許されない……か。
言いたい放題ね。ちょっと、勇者に夢を見すぎているんじゃなくて?
チラリとルークの顔を村人たちの隙間(すきま)から覗き見る。さぞかし機嫌を悪くしているのではないかと思いきや、存外涼しい顔をしている。サラサラとした髪には乱れはない。瑠璃色の瞳は凪いでいて、感情が表に出る気配はない。
解せないわね。内心でモヤモヤとしたものを抱えながら、青年を注視する。すると、突然彼の唇が動く。
「そうだな、俺の責任だ。みんな、信じてくれてたっていうのに、応えられなかった。素直に謝罪するよ」
キッパリと、淡々と言い切った。
どうして? 彼の責任でもなんでもなくない?
人質に取られたのは村人自身の責任よ。助けられなかったのは、ほかの戦士たちも同じじゃない。そもそも、勇者を欲していたのはあちらのほうよ。元より彼らは強者に立ち向かう意志も力もなかった。村人たちは勇者に一方的に期待をして、丸投げしようとしていたのよ。それなのに、実際に想像と少しでも違う結果になったら批判するなんて、バカじゃないの。どうかしているわ。これだから、村民たちは弱者のままなのよ。
ムカムカしていた。どうしても納得できなくて、許せなくて、自然と唇が尖っていく。
「あとは俺たちでなんとかする。退いていてくれ」
ルークの静かな口調で放たれた言葉で、村人たちが一人ずつ背中を向ける。彼らの足音は遠ざかって、村の奥へと消えていく。中にはじっと勇者の顔を見つめている者もいたけれど、深い青色をした瞳に映る確かな覚悟と意思を見て、なにも言えなくなったようだ。
広場から全ての村人たちが去るには、時間がかからなかった。みんな、各々の持ち場に戻ったようだ。
「どうしてお前は行かねぇんだよ」
「私には帰る場所なんてないのよ。必然的にそちら側につく必要があるわ。それにさっき、言ったでしょう」
「へー、なんか変なこと言ったっけ?」
「なにとぼけてるのよ」
ジト目で相手を見つめながら、眉をひそめる。
「『あとは俺たちでなんとかする』……勝手に私を巻き込まないで」
「じゃあ、逃げる気か」
「知らないわよ。そんなこと、私が決めるわ」
微妙に会話が噛み合っていないわね。と、声に出してから気づく。
「でもお前って、頼まれたらなんでもやってくれそうじゃねぇか?」
「なんで? 私、他人のためになるようなことは、なにも」
「分かってる。お前がそういう性格だってな。だが、こうとも言える。いままでは向こうが助けを求めてこなかったから、手を出さなかった。逆に言うと、一度自分に対して救いを求める者が現れたら、助けになってやるってな」
ぶっとんだ解釈ね。
また冷めた目で彼を見る。
「ひどく腐った目をしているわ」
「そいつァ、結構。でも、お前はきっと俺の願いを聞き入れてくれるって、信じていたよ。だから最初からそうだと疑わずに、頼ったんだ」
私がルークと一緒に行動をするであろう未来は、最初から見えていたと言いたいのね。
バカバカしい。結果論よ。
「それで、決まってんだろ。ついてくるって?」
「そうよ。こういうのは、強い人についていったほうが安全なの。そう、決まっているのよ」
私があっさりと質問に対して答えると、彼はなにも言わずに前進する。
こちらもあわてて追いかけた。
「本当に、これでいいの?」
彼を見上げて、問う。
「なにがだ? お前が決めたことだろ?」
「そうじゃなくて、私と一緒に行って問題はないかと聞いてるのよ」
こちらには戦闘力がない。バリアを張れたとしても、あっさりと破壊されては意味がないわ。なんの取りえのない娘では、足手まといにしかなれないのではないかしら。
「だったら、なんで『ついていく』って決めたんだよ」
「それは……」
保身のためだなんていっても、本当に彼が私を連れて行くなんて信じていなかった。
うまい答えが見つからずうつむいたままでいると、青年は細かいことは気にしないとばかりに頭をかく。
「ま、いいや。お前のことは頼りにしてるから」
「はぁ? 私の実力、分かった上で言ってるの?」
瑠璃色の理知的な目をしている割に、相手を見る目がないわね。
仰天して、目を丸くしてしまう。
「いいんだよ。知ってるから。お前はちゃんと、特訓でもなんでもやっちまえば、魔法を使えるって」
「魔法を使える? そんな才能、持ってないわよ」
「いや、使える。実際に、バリアとか張って見せたじゃねぇか」
「ただの偶然よ」
確かに、杖がなくてもバリアは発動できる。ただし、障壁の形を保つのは難しいの。
強度もたかが盗賊一人に叩き割られるレベルよ。いまいち能力を使いこなせる自信がないし、戦いについていける気がしない。
「偶然じゃねぇよ」
「え?」
思わず、顔を上げる。
「この世界のどこに偶然でバリアを創造できるやつがいるんだ。逆に天才じゃねぇか」
あきれたとばかりに眉をひそめて、青年は頭をかく。
「確か、杖使ってバリア張ったよな。初めてみたときから思ってたんだけど、あのとき、お前、自力でバリアを発動していただろ」
「なによ。いったい、なにを知っているのよ」
「別に。なにも。だけど一つ言えるとすれば、女王はきっと、バリアは発動できない」
女王が、バリアを、発動できない?
空白に染まった頭の中で、彼の言葉を復唱する。
まるで意味が分からない。
なんの才能のない私ができるのなら、ほかの人間だって可能でしょう。ましてや、相手は女王よ。巷(ちまた)では神と称される女性だ。彼女にできないことなど、あるのだろうか。
「あー、えーと。杖の仕組み? 知ってるか?」
「知らない」
「杖ってのはお前が折られた黄金の杖で」
「折られたんじゃない。勇者さまが折ったのよ」
なに第三者の視点に立って、外界での出来事を話しているのよ。思いっきり、当事者でしょうが。
「気にするな。悪気はねぇんだし。で、杖なんだが、そいつは女王が作ったものだよな。あれを振るえば、女王の能力が使えるようになってんだよ。杖自体に魔力とか、いろんなもんが組み込まれてっからな。えーと、つまり、なにが言いたいのかというと……」
「回りくどい言い方しないで」
説明、下手くそか。
「つまり、杖を振るえば女王の能力が使える。だけど、女王は結界を張る能力がない。それなのに私が使えたというところを、疑問に思っていたのね」
「で、その疑問が解決した。いや、薄々気づいてたんだけどな。お前はバリアを発動できるってことくらい」
嘘くさいわね。
第一、なぜそもそも女王がバリアを発動できないと言い切れるのよ。しかも確信を持ったようにハッキリと。
「女王の正体、知ってるの?」
「いいや、勘だ。だけど、君がそうだったら、そうなんじゃないかって」
意味が分からない。
彼もわざと言葉を濁している。正確な情報を悟らせないようにしているのかしら。もしくは確信に至っていないから、まだ情報を確定させたくないのかもしれない。
内容はどうあれ、勇者さまの考察は正しいわよ。
胸に生じたのは、おかしな胸騒ぎだ。
これからなにかが起こると言われているような、そんな感覚。
確証はない。なんとなく、そう思っただけだった。
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