第7話 ステージ


「正確にはあのとき見つかっていたのは、騎士さまだったの?」

「そうだよ。俺がいたから、連鎖的にお前が見つかったってこと」

「とばっちりじゃない。そちらがいなかったら、無事に逃げられたはずなのに」

「うるせぇな。結果オーライだろうが」


 要するに『おい、そこのお前』と声をかけられていたのは、純白の騎士だったという話だ。

 本来なら誰にも気づかれずに終わったところを、ルークという名の光に照らされた結果、浮き出てしまった。

 彼のせいで殺されそうになったのはいささか理不尽だとは思わない?


 それはともかくとして私たちは細い路地を逆走するような形で通って、広場に戻ってきた。

 さすがに日も沈んであたりが真っ暗になっているからか、店を閉まっているし、活気もないわね。


「で、なんであいつらはここにいるんだ?」


 人差し指で人を指すのはやめたほうがいいわよ。心の中で苦言を呈しつつ、青年の指したほうを向く。

 ほうほう、なるほど。ルークが尋ねたくなるのも分かるくらい、奇妙な風景ね。

 四隅を炎を利用した照明に囲まれた空間の真ん中に、裕福な格好をした人間たちが集まっている。彼らは明らかに貧相な村にいるべき人たちではないわよね。どうして、ここにいるのかしら。


「気になりますか? 彼らは宴会をしているすよ」

「屋敷でやれよ。なんで外でやってんだよ」

「さあ。外のほうが月がよく見えるからじゃないんすかね。今はまだ、薄っすらとしてますけど。まあ、あの人たち、普通の人よりバカすからね」


 ハッキリと言ったわね。もしも相手に聞かれていたら、斬られていたんじゃない?

 おもむろに振り向いて、仲良さそうに談笑している貴族たちの姿を視界にとらえる。

 まだ目と鼻の先の距離にいるけれど、大丈夫かしら。

 私の心配とは裏腹に、白い服の子どもは実に余裕そうだ。緊張感もなく、歩き続けている。


「で、ああいうやつらって、外から来たやつじゃねぇのか?」

「同じ村に住んでますよ。普段は人前に姿を現しませんけど、彼らは俺らを支配するためだけに存在する人たちなんすよ」


 流れるように語られる説明に、いまいち私はついていけずにいる。


「貴族みてぇなもんか?」

「どちらかというと、弱小……? 落ちぶれた人たちすかね。本物の貴族はもっと上のほう……城下町にいますよ」


 色鮮やかな服や装飾を身に着けて、格の違いをアピールしても意味はないのね。貧相な村民と同じ空間にいること自体が落ちぶれた証なのかしら。


「じゃあ、俺らはどういうふうに映ってるんだ?」

「奇妙すよ。明らかによそ者すよね。でも、なんとなく、あなただけは大丈夫だとは分かりますよ」


『あなただけ』ということは、私の存在は完全に無視されているのだろうか。


「警戒はしてるんすよ。敵かもしれないって思うんす。それでも、あなたはきっと問題はないと。助けてくれるって、分かりましたよ」

「そいつは嬉しいコメントだ」


 ルークが照れくさそうに頭をかく。

 人気なようで、なによりだわ。

 ふいとそっぽを向きつつ、心の中で皮肉を口にした。


「みんな、あの人たちの言いなりなんすよ」


 歩いている途中にも、華やかな格好をした人間が引き立て役を連れて、村を行き交う。彼らは店に入っては贅沢三昧で、周りにいる者たちは我慢を強いられている。

 あまり、気分のよい光景ではないわ。強者と弱者の待遇の差にはがっかりよ。


 以降もルークと子どもが一方的に会話をしながら、歩を進める。目的の場所に着いたころには、夕闇は完全な闇に変わっていた。


「明らかに公共施設だよな」

「南側を見て回ったのに、気づかなかった。こんな建物があるなんて。明らかに目立ってるのに」


 現在、目の前にそびえ立っているのは大きな屋敷だ。

 中に入ると、たくさんの若者たちがこちらを出迎える。


「いい男がいるじゃない。どこから連れてきたの?」

「強そうだしこっちに居座らせたらどう? かわりに役立たずどもを追い出してさ」

「彼らも貴重な戦力の一つよ。余計なことを言わないで」

「冗談よ。空気が読めないって言われない?」


 若い女性の視界に入っているのは、純白の騎士一人だけらしい。

 私のことは眼中にないようなので、勝手に内部を眺めようと思う。


 ざっと見渡したところで得た印象は『芝居でもやるの?』だ。前方にはステージが見えるし、一段下がったところにはイスがずらっと並べられている。

 本物の劇場にしては物足りないわね。こじんまりとしているし、天井も低いせいか、ムードがまったく出ていない。


 いちおう、最後尾の端っこに座っておく。

 ところでルークはどこへ行ったのかしら? あら、女性たちの渦に飲まれているわ。人気者も大変ね。まあ、勝手に飢えた肉食系女子の相手をがんばりなさい。

 しかし、流されるがままに会場にやってきてしまったものの、いまいち状況がつかめないわね。確か、会議が始まるって言ってたっけ。面倒だわ。すきを見て逃げ出そうかしら。私は手すりを使って頬杖をつく。


 そのとき、急に照明が落ちる。前触れもなく突然の出来事だった。

 思わず体を起こして身構える。

 真っ暗闇で、なにも見えない。あたりは静寂に包まれている。


「さて、集まってもらったのはほかでもない」


 太く芯のある声が響いたと同時に、前方に明かりが灯る。上から光が降ってくるというイメージかしら。

 天井には妙な見た目をした照明器具が設置されている。無色透明のクリスタルの中に炎が閉じ込められたような印象だ。

 私も似たようなものを杖から作った覚えはあるわ。盗作じゃないわよね。複雑な気持ちになるのだけど、周りはお構いなしのようで、勝手に話が進んでいく。


「我らは盗賊たちを打ち倒す。そのための会議をしようではないか」

「おおおおおお!」


 熱気と一緒に緊張感が高まっているけれど、いったいなにが始まるんです?

 近くにいる者に合わせようにも、真っ暗じゃね……。

 様子も見られないし――うわっ、まぶしい。

 いきなり照明が復活してびっくりしたけど、おかげであたりが明るくなったわ。

 みんな、しっかりと前を向いている。男性は鍛えられた屈強な体をしていて、皮膚には細かな傷が目立つ。女性もしなやかな体つきながら凛々しい表情をしている。

 周りに張り詰めた空気が広がる中、私だけがポツンとその領域から取り残されて、隔離されているように思えてならなかった。


「盗賊たちは強い。普通の人間では敵わぬぞ」

「それをどうにかするために話し合わねばならぬ」


 私がずっと人間たちの観察を続けていると、勝手にみんなが真面目な顔をして会議を始めた。


「こうなれば数だ。村中のもんをかき集めて、全員で攻めるのだ」

「ちょうど昨夜、盗賊のうちの何名かが襲撃に遭ったと聞く。好機とは思わぬか?」


 それ多分、私たちのせいね。正確にいうと、ルークだけだけど。


「明日、全てが決まる。各々おのおので用意は済ませておけ」


 会議は続く。

 内容は……すごく、無計画です。

 それにしても長いわね。

 誰の視界にも入っていないのをよいことに、堂々と伸びをする。


やつら、わしらから武器や食料を奪い続けておるのだ。どうしても、許せん」

「ああ、ここで決着をつけよう。なんせ、こちらには伝説の勇者がおるのだからな」


 眠くなってきたから居眠りしよう。なに、気づかれはしな――ん? 

 今、とんでもない単語が村人の口から飛び出たような気がするけれど、聞き間違いかしら。


「ああ、俺たちには勇者という強力な味方がついておる」

「問題ない」


 あ、確定した。

 気がつくと、村人たちの視線が一人の青年に集まっていた。

 彼、あんなところにいたのね。位置でいうと、ちょうど中央。金髪に深い青の瞳を持った青年――ルーク・アジュールはたくさんの女性たちに囲まれて、顔に汗をかいている。


「どういうこと? 説明しなさいよぉ」

「聞いとらんかったのか。彼は、伝説の勇者だ。いにしえの物語に登場する、魔王を打ち倒して世界に平和をもたらしたとされるお方なのだ」

「そんなすごいお方と手を組むことができるなんて、夢のようだわ」

「ますます惚れちゃう。いざとなれば、彼に全てを丸投げしちゃえばいいのよ」


 ダメだこれは。無責任にもほどがある。

 それにしても、勇者ね。本当かしら。

 彼と視線を合わせる。ルークは眉をひそめたあと仕方がないなと言いたげに、口を開いた。


「確かに俺は勇者だ。世界を救うために選ばれた人間だ。それは否定しない」


 一気に場が盛り上がる。

 村人たちは顔を見合わせて笑みを浮かべ、女性たちは次々とほおを紅色に染めていく。

 遅れて歓声が会場を包む。興奮の渦の取り残されるような形で、私は一人呆然ぼうぜんと座り込んでいた。

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