第5話 小さな店のターコイズ
昨夜――いいえ、現在進行系でミラージュの家に泊っている。
彼は一人暮らしのようだ。
内装はしょぼいけど、不思議と必要最低限の機能は備わっている。きちんとお風呂に入ったり、ベッドで眠ったり。まるで、宿に泊まる旅人のような気分を味わった。逆にいうと、あらかじめ客がくることを想定して、用意していたように思えたわ。
深読みのしすぎかしら。
脳みその足りない頭で考察を練っていると、下の階から声がする。家主に呼び出されているようなので、おとなしく食卓へ向かう。
リビングにはは大きめのテーブルと、四つのチェアがある。殺風景でシンプルだけど、家族で一緒に食事をしたり会話をする分には、問題はないわね。
ルークは朝に強いのかしら。すでに起きて、鎧を外した状態で自分の席についている。彼のとなりなんて
あら、いつの間にか料理が並べられてるじゃない。
急に目が覚めたけれど、よく見ると簡素なものしか置いていないわね。テンションが一気に下がる。
最後に少年がルークのとなりの席について、勝手に食事を始めた。
周りでは
私もマネをしなきゃいけないわよね。
機械的に食事を進める。スープは薄味でパンはパサパサとしている。かといって、文句を言うほど悪い出来でもないわ。所詮は庶民の朝食だもの。よくも悪くも普通でしかないわ。
「気になってることは山ほどあるのだが」
「なんですか?」
食事の途中、ルークが口を開く。
「お前、本当に一人暮らしか?」
よく聞いてくれたわ。ずっと気になっていたのよ。
パンを頬張りながら、心の中で親指を立てる。
「正確にいうと、最近一人になりました」
「と、いうと?」
青年の瞳がミラージュをとらえると、彼はさりげなく目をそらす。
「殺されたんですよ。盗賊たちに」
突然繰り出された重たい話題に、パンをちぎっていた手が止まる。
決して大きな声ではなかったのに、あたりが静寂に包まれていたせいで、ハッキリと耳に入ってしまった。
小さな窓から差し込んでいた朝日は急に途絶えて、明かりのない室内が暗く沈む。
「僕は仇を討ちたかったから、強さを求めました。でも、うまくいかなくて、捕まってしまったんです」
少年の身につけている薄墨色の服が視界に入って、心がどよめく。
喜々として疑問を解決しようとしていた自分が恥ずかしくなるわ。
自分の居場所すらなくしてしまったかのように、縮こまる。
自然と視線が下を向くけれど、目の前にいる少年にできることなんてなにもなかった。
一方で、ミラージュ自身の態度は実に淡々としていたことを思い出す。
少年の雪のように白い肌には、血色が浮かばない。彼の作り物めいた顔立ちを見ていると、不思議な気分になる。だまされているような、真実を歪められているかのような、妙な感覚。
並行するようにして、懐かしい光景を目の当たりにしたような既視感を抱く。脳裏をまた、昨夜見た茜色の光景がかすめていった。
「おっと、自分語りをしても意味がありませんよね。みなさんは、それが知りたいんじゃないですもんね」
薄い唇が笑みを作る。
目元はやわらかく細められて、頬の位置が高い。
苦笑いだろうに、ありえないくらい笑い方が自然で、戸惑ってしまう。
「はい。僕には家族がいました。今はみんないなくなってしまって、一人なんです。設備が整っている理由は、これで終わりです」
すらすらとよどみなく口を動かしつつ、瞬きを数回連続でした。
彼はうつむいてから、パンをていねいに手に取って、ふたたび食事を再開する。
私も無心で食べ物を口に運んで、スープでのどを潤す。
女性らしく上品に、ゆっくりときれいに食器の中身を消化していく。おかげでずいぶんと遅くはなったけれど、完食には成功した。
すでに台所にいる青年と少年を尻目に、空になった皿を手に取る。
ボリューム自体は悪くなかったけれど、なぜか満たされなかったわ。
首をかしげて、口をへの字に曲げる。
笑顔になれないのは味のせいではない。単純に、満腹になった気がしないのよ。
いずれにせよ飢えることはありえないのだし、深く考える必要はなさそうね。
さっさと皿を台所に運んで、二人と合流する。
「みなさんは、盗賊に用があるんですか?」
「そうだよ。大事な剣、奪われちまったんでな」
「でも、使う気はないんでしょ?」
一緒に食器を洗いながら、情報交換をする。
水色の物体に触れると勝手に水が溢れてきて、泡で皿がおおわれるけれど、仕組みがよく分からない。
「バカいえ。使わなくったってな、宝なんだぞ。お前も分かるはずだ。宝石とか、なんの役に立つのかも分からねぇただの装飾品だろ。なのに、みんなは大事にしている。それは、価値があるからだ。そうじゃねぇのか?」
「別に、宝石にそこまで魅力は感じないわ」
「はぁ? お前の感性、どうなってんだ?」
「だって、あんなの、キラキラしているだけじゃない」
皿を受け渡ししつつ、唇をとがらせる。
「キラキラしてることに意味があるんじゃねぇか」
「黄金の剣と同じよ。ただの飾りだもの。利用価値がなければ、意味がないわ」
「ったく、わけ分からねぇこと言いやがって。てか今、俺の剣を侮辱したな?」
「したわよ」
私たちがにらみ合っている間にも、少年は手早く食器を片付けていく。
「まあ、宝石はただの装飾品じゃないんですけどね?」
彼が周りを布で拭きながら解説をしだすのを見て、私はそちらへ視線を移す。いつの間にか周りにはなにもなくなっていて、すっかりきれいになっていた。
「宝石は魔法を扱うときに使う道具なんです」
「それって釣り合うのか? 値段とか。補助用にしては高価じゃねぇか」
「ええ。だから、高貴な人間にしか渡りません。ですけど、宝石自体が強力な力を秘めているのは事実ですよ。ある者が使えば強大な力が手に入るとか、潜在能力を覚醒させたりとか」
要は宝石には使い道があるというわけよね。
分かりやすいわ。以降は先生とお呼びしてもよろしいかしら。
「と、とにかく。僕が伝えられるのはこの程度です。盗賊に関して知りたいのなら、どうか、ほかの人たちに。僕がきちんと事情を説明しておきますから」
先生はオドオドと頭を下げながら、逃げるように出ていく。
私たちも村に出た。
よりにもよって夏だなんてどうかしているわ。もっと涼しい時期にこれたらよかったのに。
ブツブツ文句を言っても仕方がない。今はやるべきことをしなくちゃ。
「こういうのは二手に分かれたほうがいいよな」
「まあ、そうだけど」
「俺は北側へ行くから。君は南を頼むぜ」
「え、ちょっと……」
去っていく背中に手を伸ばす。
ルークの行動が早すぎて疾走感にあふれていたから、なにもできなかった。
皮肉にも天高く昇る太陽がパワフルな光を放っていて、実に腹立たしい。
ええ、最高に愚痴をこぼしたい気分よ。ちらっとあたりを見渡す。井戸の前の中年女性と、店番の女性。
商品の紹介を受けるときに会話が起こると期待して、小さな店に入る。店といっても、屋台に近い。商品は小物が多い。お土産屋さんってこういうのを指すのかしら。
「お客さま、こちらの商品をお買い求めになりますか?」
「え、あ、いいえ」
「そうですか。とてもかわいらしいと思いますよね」
「だから違わよ」
話、噛み合ってなくない?
顔を上げると、店番はほかの客と話をしていた。彼女は商品の効果や素晴らしさを豊富な
おかげで客は小さな小物をお買い求めになったけれど、本当に購入してよかったの? 絶対に騙されているよと思う私であった。
――じゃ、ないわよ。
私はくだらない感想を言うために店にきたわけではない。情報収集をするために現れたのよ。
せめて誰かに気づいてほしいのだけど、目の前には相変わらずの光景が広がっている。
なに? 私は幽霊にでもなってしまったのかしら。
「いつからそこにいたんですか?」
「結構前からですけど……」
相手が存在を認知してくれたのは、外が鈍い橙色に染まったころだった。
私って、存在感が薄いのね……。少し、へこむわ。
店主のぽかーんとした素の顔を視界の外に追いやりつつ、肩を落としていると、目の前で相手がにっこりと笑う。
「いかがですかこちらのターコイズ。かの女王が身につけているものと同じですよ」
ネイルの施された整った指先で、ケースに入った宝石を紹介する。
透明感のないつるりとした石だ。空よりもかすかに緑がかった独特の色がエキゾチックで、惹かれるものがある。
「さっき、『そろそろ閉店しようかな』ってつぶやいてませんでした?」
「うそ? 聞こえてたの?」
慎重に切り出してみると、店主はさくらんぼ色をした唇に手を当てて、オーバーなリアクションを取る。
よく見るとメイクもしていたのね。髪型も凝っているし、服装にもセンスがあふれている。若々しさとかわいらしさがあふれていて、同性から見ても好感が持てるわ。ファンも多いだろうが、高嶺の花にはならない。あくまでもナチュラルだし、
なにがいいたいのかというと、店主は自分の容姿にかなり気を使っている。商売のためならなんでもするというのが、彼女の性格なのだろう。
彼女の努力を踏みにじるようで申し訳ないけど、私は店に貢献できそうにない。
お金を持っていないのなら冷やかしも同然だし、迷惑にならないうちに帰ってしまおうかしら。
もう、遅すぎるかもしれないけど……。
ん、女王?
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