第3話 怪しい村

「で、俺たちが行きたい場所はどこかっていうと」

「村でしょう?」


 的中だったようで、彼は静かにうなずく。


「俺から剣を奪った盗賊がいたろ? あいつから話を聞き出すってのも、ありだよな」

「本当に人間? 人の形をした魔物じゃなくて?」

「知らねぇ。だが、この世界にも俺たちと同じ種族がいるに違いねぇんだよ。そいつを頼る」

「うまくいくかしら」


 以降も、道なき道を歩いていく。

 土というよりは岩に近いほど硬そうな地面を通っていくと、遠くに村が見えてきた。見た目はお世辞にもきれいとはいえない。色で例えるのなら、枯れ色かしら。木製の建物はいたんでいて、貧乏な暮らしぶりがうかがえる。


「期待はできそうにねぇな……」

「でも、宿は必要でしょう?」

「うーん。どっちにしろ、避けては通れねぇしな」


 ハイキング気分で歩き続けて、はや数十分。

 じきに日も傾くでしょう。

 風が気持ちいいし、快適だわ。

 暑さからすっかり開放された気分になっていると、不意に天からポツリと雫が落ちてくる。

 知らぬ間に空がうるみ色に曇っていた。

 上から透き通った水の粒が降ってくる。遅れて、ポタポタという音が、しっとりと耳にしみこむ。

 なんだ、弱々しい雨じゃない。

 舐めた態度を取ろうとした矢先、先ほどよりも大量の雫がシャワーのように降ってきて、顔が濡れた。


「うわあああ、スコールだー」

「ちょっと、逃げないでよ」


 急に強さを増した雨から逃げるようにして村に直進した私たちは、真っ先に一軒の家に駆け込む。

 ルークが先に扉を開けて、薄暗い廊下の奥へ向かって声をかける。


「入れてもらえないですかね?」


 返事はない。

 おかしいわね、明かりはついていたのに。

 居留守かしら。

 モヤモヤとした気持ちをかかえながら前を向いていると、急に真横で声がした。


「すいません」

「うわっ、おどかすなよ」


 玄関を囲っている柱の外側から、冴えない顔立ちをした少年が顔をのぞかせている。

 ああ、真横にも廊下は伸びていたのね。

 突然少年が現れた理由に納得しつつ、私は彼の容姿をマジマジと観察する。

 やけに幼い見た目だけど、何歳だろう。格好が安っぽいせいで、身分の低さがうかがえる。よく見ると腕にはり傷も目立つ。

 なまじ、顔立ちが整っているだけ、もったいないわね。まともな服を着ていたら、様になったでしょうに。

 私が勝手に評価を下していると、玄関に登場した少年は遠慮がちに切り出す。


「どうぞ、中へ」


 温かみのない声だ。

 私たちは顔を見合わせる。

 いくしかないようね。


 不穏な空気を押し殺すように、玄関から廊下へ。ランプを片手に案内をする少年に続いて、薄汚れた床を踏み進む。

 長く続く廊下を曲がって、最後の直進と思しきルートに入ったとき、男性の声が耳をかすめる。

 ギョッとして、見開いた目で周囲を見回す。

 声は次第に大きくなっていく。


「どうだ、収穫は?」

「ダメです。あいつら、たくわえているにも関わらず、出してくれやせん」

「そりゃあ、えらいこった」

「だが、いずれは音を上げる。ちょうどよく人質も手に入ったことだしな」


『収穫』

たくわえ』

『音を上げる』

『人質』


 全ての言葉はバラバラになって、星のように散らばってしまう。意味は繋がりそうなのに、あと一歩のところで途切れてしまう。


 生ぬるい空気が廊下を包む。

 皮膚には鳥肌が立つ。

 妙に寒気がする。


 別に、風邪を引いたわけではない。頭はむしろすっきりして、冴えている。今なら、五桁以上の数字も瞬時に記憶できそうだ。


「人質ってのは、あの小僧か? 利用価値はあんのか?」

「あってもなくても、すりきれてボロボロになるまではこき使ってやろうじゃねぇか」

「へへ。こいつは俺らの特権だ」


 現在地は廊下の突き当りだ。左を向けば扉がある。 

 声はこちらから漏れているのかしら。扉にしっかりと耳を当てて、中の様子をうかがう。

 人数は合計で何人かしら。少なくとも四人はいるわよね。

 下品でトゲのある声に混じって、カサカサとした乾いた音がする。テーブルゲームをプレイしているのかしら。

 ときおり、楽しそうな笑い声が響く。彼らは遊びに集中しているようだ。侵入者の気配に気づいていない。


「ほかの村はどうだ?」

「さぁね。どこも似たようなもんっスよ」

「略奪も期待できねぇか」


 伸びをしたようで、椅子がガタつく音がする。


「仕方ねぇっス。弱者なんてみんなそんなもんだ。なにも得るもんがなくて、奪われるばっかだからそんなもんになるんスよ」

「だったら同業者を狙うか」

「いいっスね。弱者ばかりを狙う必要もなし。同レベルのやつを相手にしたってなんら問題はないわけッスからね」


 ほうほう、同業者ね。

 会話の内容からして悪人であることは透けて見えたけれど、『略奪』と聞いてピンときた。つまり、相手は盗賊。黄金の剣を所持している可能性がある。

 目を見ると、ルークも同じことを考えていたようだ。


 声には出さずに目とジェスチャーで会話をする。

 扉を指でさしてみる。彼は静かにうなずく。ゴーサインが出た。

 私はやらないわよ。手でクロスのマークを作ってから、扉をちょんちょんと指す。

 ルークは不満げに眉をひそめたあと、口元にあいまいな笑みを作る。


 観念したのか、扉の前まで動く。

 いったい、なにをするつもりかしら。

 無垢な心で観察していると、ルークは突然、ストーングレーの扉に荒っぽく蹴りを入れた。


 えーーーー!?


 なんて、リアクションをしている場合ではない。

 土埃があたりに充満している。

 ケホッ、コホッ。

 ひどいわ。いくらなんでも、乱暴な手に走る必要はないじゃない。普通に開ければよかったのよ。


 思わず咳き込んだ私とは対照的に、少年は実に涼しげな顔をしている。なにも起こっていないと言いたげな態度で、穴の空いた扉を見つめているのが不思議だった。


「なんだお前? どこからやってきた」

「名を名乗れ」

「なんの用だ?」

「まさか俺たちの宝を奪いにきたんじゃ」


 相手方も異変に気づいたのか椅子から飛び退くと、腰から剣を抜く。

 明らかに敵の視線が私をも貫いた気がするけれど、気づかなかった振りをするわ。

 後は、ルークに丸投げしましょう。元より剣を奪われたのも彼だし、勝手に扉を蹴破って喧嘩けんかを売ったのもとなりにいる青年なのだから。


 私がそっと相手の視界から消えて壁へ移動すると、ルークはすーっと部屋に入っていく。

 やる気なのかしら。

 介入する気の一切ない私はすすけた壁に背中をあずけて、暇をもてあます。


「うげっ、いてぇ」

「ひでぇやこいつ。鬼だ。悪魔だ」

「あ、あにきー」


 声を聞く限りだと、盗賊側が一方的にボコボコにされているのかしら。


「あれ、こいつどっかで……?」


 ほとんど無意識の内に発せられたであろう言葉が途中で途切れる。

 ドサドサと床に重たいものが落ちる音がした。つづいてガシャガシャと物が揺れる音やガラスがパリーンと割れる音まで響いた。


 えーと、なにかやらかした? ためしに穴の空いた扉から顔を出して、様子をうかがう。

 中はひどい有様だ。戸棚は倒れ、テーブルが床に転がっているわで、大惨事ね。


「終わった?」


 気軽に尋ねてみる。

 近くに寄ってきた少年は体を震わせて、青ざめている。

 無垢な彼の顔を見ていると、少々申し訳ない気分になるわね。


「それで、得たものはあったのかしら? 剣はないみたいだけど、ほかには?」

「無理。情報もな」

「そりゃあ、尋問をしようにも気絶しているのだもの。やりすぎだわ」

「普通に戦ったらこうなってただけだ。加減を知らなかったわけじゃねぇよ」


 青年は気まずそうに視線をそらす。

 ふーん。


「なんだよ?」

「別に」


 言うことなんて、なにもないわ。

 彼を責める必要もなければ、口出しをする権利もない。

 私はただの傍観者。ほかにやるべきことも、なにもなかった。

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