第2話
「お前さ、戦うにしても、もっと違うやり方があったんじゃねぇか?」
「なによ? 強いからってバカにしてるわけ? これでも、そちらが真面目に殺しにかかってくるから、手は抜いてないのよ。全力を出して負けたの。そこに追い打ちをかけるようなことを言うなんて、なんて性格が悪いのかしら」
立ち上がって、膝(ひざ)についたほこりをはらう。
なにもできずに敗北をしたのは屈辱だし、しばらくは彼と視線を合わせたくはない。
「いや、普通そんな杖持ってたんだし、魔法とか使えんだろ?」
「使えるわけないでしょ。なに言ってるの?」
「いや、実際には使ってただろ」
「なにを?」
ちんぷんかんぷんだ。
確かになにもないところから模型を出したり、バリアを展開してみせはしたわ。でも、それは杖の効果よ。私の力じゃないわ。あれを使えば、無知な子どもであろうと魔法を出せるの。したがって、私は魔法使いではない。
「いや……」
ここで質問に対して答えをはぐらかす意味がよく分からないのだけど。
こちらが唇をとがらせていると、相手は唐突に話題を切り替える。
「それから俺、本気出してなかったし。別に殺すつもりもなかったぞ」
ひどく棒読みのセリフに「嘘をつけー!」と叫びたくなる。
「明らかに殺しにきてたじゃない」
「俺はお前の力を見ようとしただけだよ。別に殺す気なんてねぇよ」
また、視線をそらされた。
「ありえないわ。だって、明らかに信用できそうにないもの」
「なんで戦いになったくれぇで、そんな考えになるかね」
「別に。信じていなかったのは、最初からよ」
「なんでかな。俺、明らかにまともそうな見た目してるのに」
青年は肩をすくめる。
「とにかく、休戦だ。安心してくれ、悪いようにはしねぇから。かわりに事情を打ち明けるんだ。それだけでいいんだからさ」
「誰が……! そんなこと!」
ツッコんでくれと言わんばかりの白々しさだ。
ならばお望み通りと噛みついてみせる。
「おいおい、嘘じゃねぇぞ。だいたい、戦闘をするためにここにきたわけでもねぇんだぜ」
「そうやってヘラヘラと。だまそうとしてるんでしょう?」
騎士は絶対になにかを隠している。
内心では彼が戦闘をする気がないという点は認めているし、疑う理由も薄い。だからといって、完全に味方側の人間だと信じていいわけではない。私の第六感が目の前の男に気を許すなと叫んでいた。
こちらから堂々と疑ってかかるのは、相手を試しているからともいえる。とにかく私は、爽やかそうな顔の内側に眠る秘密にメスを入れたかった。
「でも、確かに彼には危害を加える気はないようですよ?」
「へ?」
冷静に横から入ってきたのは、いつか見た存在感の薄い男だ。いったい、いつから家の中にいて、こちらの様子を観察していたのだろうか。
相手の言葉がやけに確信に満ちた口調で放たれたものだから、「どうして?」と尋ねたくなる。眉間にシワが寄っているのが、自分でも分かった。
「お前、誰?」
唐突な訪問者の出現に、騎士はあからさまな警戒心を目つきの鋭さににじませる。
なるほど、二人は初対面なのね。
謎の男との繋がりを疑ってはいたけれど、仲間でないのなら無関係でしょう。
「はじめまして。名前を教える気はありませんが、今後、なにかとお世話になるかもしれません。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしく」
男は、相手に握手を求める。騎士も潔く応じて、二人は手を握り合う。
先ほどまで余裕をかもしだしていた青年は、今はは頬(ほお)に汗が浮かべている。明らかに戸惑っているようね。一方で、謎の男は相手の反応に気づいたうえであえて無視しているように見えた。
なんとも奇妙な光景だ。
「さて、僕のことは、もういいですよね?」
「よくねぇよ」
不満げに叫ぶ騎士を無視して、男はこちらを向く。
あらためて見ると、本当に細身なのね。彼と比べると騎士はきちんと鍛えられていることが分かるし、体格もばっちりだ。反対に訪問者は、不健康そうな見た目をしている。服装は安っぽいし、充実した生活をしているようには見えなかった。
「なぁ、教えてくれよ」
懇願するような目で見られたので、こちらも潔く口を開く。
「彼、いつも私のことを邪魔してくるやつなのよ」
あるときは船を作って大海原に出ようとしたところに現れて、船を消した。またあるときは、地図を見せつけて「これが現実だ」と突きつける。挙句の果てに「外の世界に脱出して、肉体が消し飛んだ」という悪趣味が幻術をかけてきた。
本当、うんざりなのよ。
――『物語はあくまで創作です。いい年して現実との区別もついていないのですか?』
彼のセリフが頭に浮かぶ。
物語は
「まあまあ、こちらのことは、いずれ知ることになるでしょう。それまで、我慢してください。もっとも、あなたが知るとは限りませんが」
口元に笑みを浮かべてごまかしてはいるけれど、やはり相手の瞳は冷めている。
私が黒だとすると、目の前にいる訪問者は白だ。ドロドロとした闇はなくて、むしろさっぱりとしている。精神が乾ききっているとも、いえるでしょう。
「本題に移りますが、確かに彼には殺害の意思は見えません。もし、本当に殺せるのなら、すでにあなたは死亡していなければおかしいですよね」
「まあ、バリアをガラスみたいに割っちゃう人だしね……」
「ええ。あなたなんて、本来ならひとひねりですよ」
率先して会話をしておきながら言うのも難だけど、彼の存在感がなさすぎて、本当に目の前にいるのか怪しく思えてくる。幻影と話しているみたいで、気味が悪い。相変わらず得体の知れない男だ。口元にはしらけた笑みが浮かんでいるし、なにを考えているのかさっぱり読めない。
騎士も、幽霊でも目にしたかのように硬直して、ビクビクとしている。
「と、とにかく。私だって彼と戦う気はないの。だから、見逃して。そして、帰って」
「そいつはできねぇ、相談だ」
「なによ。不満があるわけ?」
「そういう問題じゃねぇよ」
青年は謎の訪問者など最初からいなかったことにしたようで、こちらだけを見て、真剣な顔をする。
「早く出ていってよ。私は騎士さまが求めてるような人じゃないわ。だから金輪際、関わらないで」
「いや、鬼か! お前は」
彼がビシッと、窓を指す。
はっきりいって、あまりにも暗すぎて外の様子は分からないけれど、たたきつけるような雨音が耳に入る。強まってきたかしら。ただひたすらうるさいだけで、風情なんてありはしないわ。
「頼む。泊めてくれ。俺には行くあてがねぇんだ」
また、両手を合わせて頭を下げられる。
うーん、返答に困るわ。本音を言えばすぐにでも出ていってほしいけれど、泊まるあてがないのなら、必然的に私が預かる羽目になる。
「いいの? 床で寝る羽目になるわよ」
「いや、そこはお前が譲れよ」
「はあ? なんで、こんな怪しい人のために安眠を手放さなきゃいけないのよ」
「人のこと言えた義理か。鏡で自分の顔よくみてみろよ」
失礼ね。
それに、わざわざそんなこと言われなくたって、自分の容姿くらいは分かるわよ。
全身黒ずくめの少女でしょう。
引きこもりらしさの
せめて笑顔を見せたのなら、印象もよかったでしょうけど、あいにくと笑うことすら億劫なのよ。
しかし、いくらなんでも『鏡を見ろ』はないんじゃない?
頬をふくらませてにらむと、相手はケラケラと笑い出す。
彼、わざと怒らせて楽しんでいるのかしら。
「そういえば……」
「うわっ!」
不意に耳元で声をかけられて、ぎょっとしてしまう。柄にもなくオーバーなりアクションをしてしまった。とっさに出した声も淑女とは思えない。
なんだか恥ずかしくて顔が赤くなったけれど、なにもなかったことにした。
相手と距離をとってから、向かい合う。
「なによ、出ていかないの?」
彼の名前はなんだっけ?
どこかで聞いていなかったかしら。
思い出してみたけれど、自ら名乗ってはいないようね。
せいぜい、自分を『嘘』『幻』と称したことがあったというくらいだわ。
だったら、イリュ……イリュジオンでいいわ。勝手に命名する。
「ねえ、イリュジオン。答えて」
「え? ああ……はい」
一瞬だけ眉が動いて、ガラス玉のような瞳が揺れる。
今、明らかに動揺したわよね。一瞬だけでも、彼の感情らしい感情が目に見えたことに、嬉しさと快感を抱く。
イリュジオン(仮)はすぐに元の無表情に戻って、口を開く。
「僕には少々、気になるところがありまして」
あごに指をそえて、考え込んでいるかのような表情を見せる。
へー、そうなんだ。
心の中でてきとうなリアクションを取っていると、相手のガラス玉のような瞳が床を向く。
なに? 変なものでも転がっているのかしら。
彼の視線を追うように、同じ位置へ目を向ける。
「あ」
思わず声が出た。
視線の先には、真っ二つに折られた杖がある。
そういえば、杖の修復はいかにするべきかしら。
途端に心の内側に波が立って、いてもたってもいられないまま、顔を上げた。
「ね、ねえ。信じてくれる?」
「なにがだ?」
「私は神さまとは無関係よ。いままでそんな単語すら聞いたことがなかったもの」
本当に、本当なの。実力に関してなら先ほどの戦いで分かったでしょう?
実際は戦いとはいえず、こちらが杖を折られて発狂しただけだ。傷一つ負わずに済んだけれど、敵を倒せなかったのは事実だし、私が大した戦士ではないと分かるはずよね。
「これはなにかの事故なのよ。私はそれに巻き込まれただけに過ぎないの」
「なんだ、それ。意味が分からねぇよ。もっとくわしく話してくれよ」
「だから、そのくわしく話すだけの内容がないの。私は道端で杖を偶然拾っただけで、それ以上の説明なんてできないわ」
考えれば考えるほど、おかしな話だ。村に杖が落ちていること自体がおかしい。『偶然』拾っただなんて、都合がよすぎるわよね。
正直に伝えても信用を得られないのは分かっている。疑われたくないのならもっととりつくろうべきだけれど、私には今以上の説明なんてできなかった。
「分かった。分かったから、真実を話してくれ」
「だから、言ってるじゃない。これが真実なの。私にも、なにがなんだか分からないのよ」
頭を抱えた。
もう、なにがいったい、どうなってるのよ。
杖は壊れるし、雨は降るし、平穏もぶち壊されるわ……。
ああ、厄日だ。恨めしそうな目で彼を見る。すると、視界の隅で、訪問者がなにやら難しそうな顔をしているのが分かった。彼はいつの間やらこちらから離れていて、一人でなにかを考え込んでいるようだ。
「どうしたの?」
首をかしげる。
「その、杖……」
「杖?」
「はい、杖です」
杖がどうかしたの? いや、おかしなことだらけなのは分かっているけれど、いまさら新たな情報が出るとも思えない。私は気楽にかまえて、相手の答えを待つ。
「それ、神さまの所有物じゃないですか?」
「は?」
想像の斜め上をいく爆弾発言が飛び出した。
は?
え?
は?
神さまの所有物ー!?
ぶっとびすぎでしょ。いくらなんでも、ありえないわ。妄想に決まっている。
「そうか。もしもこっちにも神がいるとしたら、その杖が。そうか」
なにやら勝手に納得した様子で青年がうなずいているけれど、こちらはなにも納得していないわ。余計にわけが分からなくなって、混乱している。話についていけなくて、パニックを起こしそうだ。
「よし、信じてやる。だから、教えてくれ。神とはどういう関係なんだ?」
「だ・か・らー! なにも知らないって言ってるでしょうが!」
話を聞け。信じてやるだなんて嘘を言うのはやめてよ。この期に及んで質問を繰り出す時点で、信じてないのはバレバレよ。
「そういう騎士さまはなんなのよ? 名前は? 生年月日は? 元はといえば全部、唐突に雨宿りにきた誰かさんのせいよ。杖は折るわ、話はかき乱すわ」
「俺だってなにも悪くねぇよ。元はといえばって言うけどさ。結局のところ、お前が絶海の孤島に住んでるのがいけないんだぜ。まぎらわしいことしぃんだよ、この野郎」
「知らないわよ。好きでここにいるわけじゃないんだから」
言い合いを続けて、いよいよ息が切れてきた。ちょっと力みすぎたか。肩で息をしつつ、気持ちを切り替えようとする。
「とにかく、無関係よ」
「んなわけあるか。あの杖がなによりの証拠だろ」
「だから、拾っただけって言ってるでしょ。どうして信じてくれないの?」
「信じる材料があまりにも少なすぎるんだよ」
青年はなかば一方的にこちらを攻める。
「さっきと言ってることが違うわよ」
「お前が真実を打ち明けないのが悪いんだよ」
「ああ、うざい。なんなのよ、こいつ。どうしてこんなやつが私のところに来たのよ」
両手で頭をかきむしる。
お先真っ暗だわ。とにかく全ての元凶を排除しなくちゃ。
「だいたい、信用できないのはそちらも同じよ。いきなり現れてなんなの? 私なんかより、身元も分からないやつのほうが怪しいわ」
「ああ、そりゃそうだった。自分のことしか考えてなかったぜ」
「おい」
こいつもそうか。しょせんは人間だ。そんなこと、分かりきった話だけどね。
「まあまあ、とにかく」
咳払いをしつつ、イリュジオンが前進する。
彼は私たち二人の顔を見比べるように視線を動かしつつ、口を開いた。
「困っているのはお互い様ですよね。特にあなた、杖が壊れて困っているとか?」
「え、ええ。別に、大したものでもないんだけど」
「それなら、どうです? 手を組むというのは。彼の狙いは神にあります。あなたも神に用事がある」
「ん? どういうこと?」
彼はともかく、私が神に用事? 私は神と出会う理由はないし、会ってもなにかをしてもらおうだなんて思ってないわ。純白の騎士さまのように図々しくもないしね。
「あなたは杖を復元したいと思っている。ちょうど、まだ家も完成してないようですし」
「なめてるの? ボロっちぃところをあえて視界にとらえないで」
確かにリビングには全く家具がないし、もぬけの殻よ。唯一、角のほうに鏡とクローゼットが設置されているくらいね。どちらもリビングに置く家具じゃないでしょうと、ツッコミを入れたくなる。まあ、部屋割りとか面倒だし、仕方がないわよね。
でも、言っておくけど、私にとってはなにもいらないから、必要最低限の家具を備え付けているだけなの。未完成だとか、飽きたから放置したとか、そういうわけじゃないのよ。
両手を腰に当てて主張してみるけれど、相手の反応は薄い。
「とにかく、杖がなければどうしようもならないのは事実でしょう。壊れた道具は修復する必要がある。そして、その道具は神の所有物。元より、それくらい強大な能力をお持ちの方なら、壊れたものでも直せますよね? だから、面会を求め、交渉をしなければならない。そうではありませんか?」
彼の説明は理に合っていた。
確かに、神に頼れば全てが解決する。同時に杖の修復に関して、次のようなことを思った。
そうか、その手があったか。
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