ア・ランフェンの事情 7

 聖女と守護騎士達が大広間へ移動し、使用人達も各々と上司に叱責されて、持ち場へと戻っていく。

 ハセガワキラリだけならばまだともかく、彼女と共に現れた謎の男二人に関しては、不法侵入に当たる。王宮の治安を魔術方面から守護している魔法管理局としては、見過ごせない事態だろう。

 ランフェンは彼らと共に、防御壁に抜けがないかを調べる役をになっていた。

 本来であれば近衛騎士がそこに関わる謂れはないはずだ。そんな中、ランフェンが抜擢された理由はただひとつ。

 彼が、アヴナス家の人間だからである。


 王宮に張ってある術の基礎を作ったのは、十数代前のアヴナス家だった。

 時を経て、別の術も組み込まれてはいるが、術の基盤を正確に読み解けるのは、それを知る一族だけだ。局長であるテオルドが不在である為、ランフェンへと話が回ってきた依頼だった。

「ア・ランフェン殿、何かわかりましたか?」

「破られた形跡はないようです。突破した後、即座に修復をした場合はその限りではありませんが」

「そんなこと出来るんですか!?」

「ハセガワキラリは古の魔法を使いますから」

「あー、古の魔法ですか。あれはたしかに出鱈目ですよね」

「既存の魔法理論が通用しないといってもいい」

「ア・ランフェン殿は、間近で聖女の魔法をご覧になったんですよね。どう思われましたか?」

「おっしゃる通り、出鱈目ですよ。どうやって繰り出しているのか、想像もつかない」

 五年前の戦いを思い出す。

 どこからともなく現出する炎や水、撒き起こる風が敵の中隊を一気に薙ぎ払い、大地の割れ目に幾十人もの姿が消えた。それでいて、何事もなかったかのように事象はピタリと止まり、土埃ひとつなく静まるのだ。

 あれが敵であれば、脅威などという言葉で片づけられない。

 天災のような存在だった。

「ありがとうございました。後は我々で協議しますが、またご相談させてください」

「ですが、近衛騎士の私に話が来るのは、そちらで問題になりませんか?」

「テオルド局長とヘンドリック様から話が通ってますから、大丈夫ですよ」

「――そうですか」

 一体いつの間にそんな根回しが出来ていたのか。

 父は、自分が不在の間に何か問題が起こると予見していたのだろうか。

 父が確認に行ったというハセガワキラリは、今この王宮に居る。

 ランフェンは話し合いが行われている大広間の様子を見に行くことにした。




 一方その頃、ランフェンの母であるヴ・メルエッタは、落ち着きのない侍女達を諌めてまわっていた。

 空中に映し出された魔法の映像は、以前にも見たことがあるもの。あんな不思議なことが出来るのは、ハセガワキラリ以外にいないであろうことから、あれが本当に本物の聖女であると、すでに皆が信じていた。

 夫が確認に行ったはずの本物が、この状況で姿を現したことは不穏な空気を感じるが、その事は誰も知らないのだ。メルエッタとしても、何食わぬ顔で業務をこなすしかない。

 ハセガワキラリは今、大広間で宰相を含む国の中枢人物と会談中のはず。その間、侍女達に課せられたのは、聖女の部屋を整えることだった。

 ウミトは今、どこにいるのだろう。どこかに身を隠しているのだろうとは思うが、居場所の見当がつかない。

 聖女の身代わりを務めているウミトは、頭の良い女性だ。

 こちらの世界の常識に疎いのは仕方がないことだが、それ以外の部分で、彼女は大変に機転が効く、頭の回転の速い女性だというのが、メルエッタの印象だ。貴人扱いをされることに対して恐縮しすぎるところは過分にあるが、そういった部分もまたメルエッタとしては好印象に映る。

 どちらかというと後ろ向きな姿勢のあるウミトが心配で、すぐにでも探しに行きたいが、メルエッタの立場としてはそれは許されない。第一、彼女もまた他の者と同様に「今までの聖女が偽者だとは知らなかった」という顔をしなければならないのだ。

(ごめんなさい、ウミトさん。どうか無事でいてちょうだい……)

 不安を抱えるメルエッタの下に、「偽聖女が近衛騎士に捕縛された」という情報がもたらされたのは、聖女の部屋を総動員で片づけて、詰所で小休憩を取っている時だった。

 捕縛されたという場所に居合わせた三人の侍女が、頬を紅潮させて詰所へ戻ってきた。彼女達は今の時間まで、近衛騎士によって状況の説明を求められていたらしい。一人ずつ呼ばれて、ようやっと解放された三人は、やや興奮気味に自分達が見たものを語り出した。

 曰く、二人の近衛騎士が偽者を押さえつけ、抵抗しようとする偽者を拘束したのだという。

 そこへ聖女と守護騎士が現れた。

「偽者は青くなってたわよ。まさか守護騎士が敵に回るなんて思ってなかったんでしょうね」

「幻術の使い手だから、惑わされぬよう気をつけてくださいって、キラリ様がおっしゃってた」

「だから私達みんな騙されていたんだわ。キラリ様みたいな魔法ね」

「でもキラリ様は聖女様よ。偽者のように、相手を騙す魔法は使われないわ」

「本当、キラリ様のおかげね。やっぱり素晴らしい聖女様だよね」

「私、捕縛現場を見たの初めて」

「どんな雰囲気だった?」

「舞台のお芝居よりも、ずっと緊迫感があってすごかったわよ」

「偽者はどうなったの?」

「騎士様が連れて行ったわ。どこの牢に入れられるのかは知らないけど」

 手足が震えるのを隠しながら、メルエッタは両手を打ち、侍女達のお喋りを止める。

「あなた達、興奮するのはわかるけれど、お勤めを果たしなさい。休憩時間は終わりよ」

「はーい」

「返事は伸ばさない」

「はい!」

 詰所から出て行く侍女達を見送った後、メルエッタは扉を閉めてうずくまった。涙がせりあがってくる。

(ああ、テオルド。どうすればいいの……)

 閉じた扉の向こうからノックの音がする。

 ふらつきながらも呼吸を整え、来客の為に扉を開けた彼女の目に入ってきたのは、自身の息子。

彼女ウミトは、どこに……」

「――ランフェン、ウミトさんを、助けて……」

 ついに彼女は、耐え切れずに涙を流した。





 縋りつくように懇願し、涙を流す母の姿なぞ、生まれてこのかた見たことがない。母はいつも毅然とし、自分を律する心の強い人なのだ。

 その母がこんなにも弱々しく崩れ落ちている。

「……何が、あったんだ」

「捕縛されて、連れていかれたって……」

「どこに」

 力なく首を振り、母はついに床へ座り込んだ。

「どうしましょう……。どうしたらいいの、ウミトさんは何も悪くないのに。私達のせいで、あの子を傷つけたんだわ。戸惑っているのはわかっていたのに、何の力にもなれず、あげくの果てに皆の前で糾弾されて」

 ランフェンは、虚ろな声で呟く母の肩に手を置き、声をかける。

「俺がなんとかする。どこに捕えられたのかは、聞けばすぐにわかるだろう。必ず助ける」

 言いながら、頭の中で考えを巡らせる。

 今すぐに助けに行くのは無理だろう。皆、気が立っているし、人の目も多い。

 ハセガワキラリの侵入により、警備の人数は増えている。

 彼女の連れてきた見知らぬ男――エルダの騎士を見張る必要もあるし、他にも誰かが入り込んでいる可能性がないとは言い切れないからだ。

 ランフェンは宿舎に戻り、偽聖女がどこに捕えられているのかを確認することから始めた。

 犯した罪の大きさや、罪人の態度により、投獄場所は変わる。暴れられたら手のつけられないような屈強な男などは、牢の奥深くに閉じ込められることが多い。入口に近ければ近いほど、脱獄の危険が高まるからだ。

 ウミトの場合はどうだろう。

 女性であり、あのような細腕ではたいした抵抗も出来ないはずなので、入口に近い場所にいるはずだ。

 となれば、ますます人目を気にする必要がある。

 ところが、夜間の引継時間に聞かされた偽聖女の投獄先は、重犯罪者が置かれる一番奥の地下牢だというのだ。

「何故、女性をそんな所に……」

「幻術使いということですから、近くに見張りが居れば、彼らが惑わされる可能性もあるからと考えたのでしょうね」

「手首の拘束具も、一番重いやつですよ」

「逃げられないようにだろ?」

「でも、あの場所から逃げるの無理だろ。入口まで結構距離あるし、知らないと迷うはず」

「それにあそこって、要するに拷問部屋だろ? どんなに叫んでも声が聞こえないっていう」

「――見張りはどの班が?」

「第二の連中が請け負うそうです」

「わかった」

 勤務を終えて部屋へ戻る部下を見送り、ランフェンは考える。

 よもや最も悪い場所に連れて行かれているとは思わなかったが、逆に言えば、目が届かない故に、連れ出しても発覚を遅らせられるということでもある。

 こうなった以上は仕方がないので、現状の中での最善を目指せばいい。

 ランフェンは宿舎の部屋へ戻り、取り急ぎ必要な物を鞄に仕舞うと、城外の家に帰ることをルケアに伝えた。珍しがられたが、王宮内が騒がしいこともあるので、母親が身を寄せることになったと告げると、特に不思議に思わず納得してくれる。侍女達の詰所に母を迎えに行き、奇異の目で見られつつも、外にある自宅へと連れ立って戻った。

 家に入ってから、計画を話す。

 ほとんどの人間が寝静まる時間を待ち、入口とは逆方向から魔法陣にて侵入すること。王宮を出た後、ここへ連れてくるまでの間、誰かとすれ違うことを考えると、遅い時間まで待つ方が得策であること。

「それから、母さんにはしばらく此処に居て、彼女の面倒を見て欲しい」

「言うまでもなくそのつもりよ。まずは部屋を作らないとね」

「その辺りは全面的に任せるよ」

「家に帰って、必要な物を持ってくるわね」

 意気消沈していたメルエッタだったが、やることが決まると気合いも入るのか、いつもの調子が戻ってきたようだ。その様子にランフェンも安堵する。

 やがて夜も更け、付近の家から明かりが消え始めた頃、ランフェンはひそかに王宮へと戻った。

 ウミトが捕えられている地下牢は、横に長く伸びた洞窟のような場所だ。通路は複雑に折れ曲がり、逃げ出したとしても案内なしに出ることは難しいだろう。

 ランフェンは入口とは逆の方角へ進み、建物の壁に転移陣を展開した。

 遠く離れた場所を繋ぐものではなく、壁一枚を通過するだけの簡単な陣だ。ここの向こう側が、洞窟牢の最奥に当たることを、ランフェンは図面を見て把握していた。

 魔力を流し、中へと侵入する。

 靴音を消し、先へ進んでいくと、牢の外に一人男が立っているのがわかった。

 ――否、一人ではない。牢の中にもう一人男が居る。その男の影に隠れるように、一人の女の姿が見えた瞬間、ランフェンは走り、外に立っていた男を不意を付いて昏倒させる。続いて牢の中へ身体を滑り込ませた。防音魔法が掛けられていたのか、鉄格子をくぐった途端、高揚した男の声が聞こえた。

「いいね、最高の気分だよ」

「それは僥倖だな」

 魔力を込めて、言葉と共に男の脇腹へ拳を放つ。

 男は真横に吹き飛び、壁に激突した後、そのまま床に沈んだ。考える時間もなかったため、加減が出来なかったが、死ぬような勢いではないはずだ。朝まで目覚めなければ、それでいい。

 ウミトはぼんやりと倒れた男を見ているが、声をかけると、虚ろな視線が戻ってきた。

「遅くなってすまなかった」

「――ラン隊長……」

「ひとまずこの場から離れよう。話はその後だ」

「……でも」

「躊躇している場合ではなかろう。この男が目を覚ます前に逃げるべきだ」

 だが、積極的に動こうとはしない。何故だと考えた時、信用されていないのかと思い当たり、心が冷える。彼女に対して行ってきた今までの振る舞いを考えると、それは当然だろう。

 彼女を捕えたのは近衛騎士だ。同じ立場にある自分のことを信用してくれなどと、どうして言えるだろう。

 だが、こんな場所に置いておくことなど出来はしない。

 ランフェンは懇願するように、言葉をかけた。

「説明は後でする。ヴ・メルエッタ殿が君をひどく案じている。彼女を安心させてやってほしい」

「メルエッタさんが?」

「そうだ」

「……わかりました」

 ウミトは、ようやく頷いた。

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