ア・ランフェンの事情 5
国王が主要国会議に赴く為、近衛第一師団が護衛として付いて行くことになった。
近衛騎士団は、第一と第二、第三と第四に分けられることが多い。その中で、第一と第三が上の立場となる。さらにいえば、数字の低い師団がより精鋭部隊とされており、今回のように国王の護衛任務となれば、必然的に第一師団の任務となる。
そういった意味でいえば、ランフェンの居る第四師団は、一番地位は低い。だが、騎士の資格を持つ者の中でいえば、その差は大きい。
近衛騎士というのは、騎士の中では特別な存在なのである。
守護騎士もまた地位の高い職なのだが、近衛騎士と比べてどうかと言われると、人によって評価は割れるところだ。
特定の要人を守護する任務を
だが、守護騎士は守る対象が限定される。
その為、近衛騎士と守護騎士は、同じ王宮にありながら、心情的にも交わることは少ないのだ。
とはいえ、第一師団の抜けた穴は大きい。守護騎士の手を借りることに不満を持つ者がいないわけではないが、背に腹は変えられなかった。
そのことについて、
事情を知る前であれば、ルケア辺りに説明を任せただろうが、今となっては話が別だ。
聖女は図書室に居るという。彼女は思った以上に勉強家らしい。
人の少ない静かな図書室の片隅、机に座って熱心に本をめくっている姿を見つけ、ランフェンはウミトに近づいた。
「邪魔をして悪いが、少し時間を貰えるだろうか」
「……なんでしょうか」
「訊いているかと思うが、しばらく国王が国を離れる。近衛第一師団が護衛につく為、王宮内の警備が薄くなる。聖女の守護騎士の手を借りることになるだろう」
「わかりました。警備の詳細は私には
「そうなると、君の護衛が手薄になりかねないのだが――」
「構いません。私個人より王が不在となった王宮の方が大事でしょうし」
こういう言葉を聞くと、やはり彼女はハセガワキラリではないのだと思う。自分本位で、他者より己を優先させてほしいという気持ちが透けてみえた五年前の少女とは、似ても似つかない。
一行が戻るまでは部屋で大人しくしていると言うウミトに謝辞を述べ、ランフェンは第二師団の詰所へ向かうことにした。守護騎士へ説明するとしても、警備の采配を担っているのは第二師団の隊長なのだ。指示系統を考えると、そちらから話を通すべきだろう。
第二師団の隊長からは、守護騎士への説明は自分の方から行うと言ってもらえた為、ありがたくお願いすることにした。ランフェンとしては、彼らにはあまり関わりたくないのだ。
ハセガワキラリにまとわりつかれた過去のせいなのか、彼らには敵対心を持たれている。彼らの神経を逆なでることで、ウミトに影響が出ることは避けておきたかった。
詰所に戻り、書類の整理をしていた時、王宮からルケアが戻ってきた。報告の傍らで、そういえば――と、思い出したように聖女のことが話題に出た。西棟手前側の移動陣付近で、聖女に会ったのだという。
「あの方は、随分と変わられましたね」
「そう思うか」
「ラン隊長は随分と懐かれてましたから、今も苦手意識が強いのかもしれませんが、やはり五年も経てば大人になるものですね」
「なにかあったのか?」
「御一人でいらしたので、部屋までお送りしましょうかって訊いたんですよ」
供もつれずに一人で歩いていることが珍しく、礼儀としてそう訊ねたそうだ。快諾の返事があるとばかり思っていたルケアに対して、聖女は固辞したのだという。
「たかだか部屋へ戻るだけで、護衛は必要ありません、なんて。そんな言葉を聖女の口から聞くとは夢にも思いませんでしたよ。そもそも、移動陣を先に譲った時からしておかしかったですね――」
ルケアは続ける。以前ならば、通行する場所、利用する施設、食事に至るまで、全てにおいて聖女が優先され、彼女もそれを当然のものとして受け入れておられました、と。
なんというか、それを訊くと、随分と傲慢な態度のように感じられる。だが、聖女の持つ空気やあどけない顔立ち、全体的な印象から、そういった態度が許容されていたこともまた事実だった。
中には、ランフェンのように苦手意識を持つ者も居なくはなかったのだが、絶対数は少なかったはずだ。かくいうセド・ルケアもまた「ちょっと我儘が過ぎるんじゃないかな」と思っていた側の人間である。
かつての聖女を思い出し、ルケアが移動陣の順番を譲ったところ、「副隊長様の方がご多忙でしょうに、私に構わずどうぞ」と言われたのだ。驚いた、などというものではない。
「お助けしたいと思う守護騎士の気持ち、少しわかったような気がします」
爽やかな笑顔でルケアがそう言うのを見て、ランフェンは少し安堵した。
もしもハセガワキラリ本人がティアドールへ戻ったとしても、ルケアならばウミトを邪険には扱わないだろうとわかったからだ。
いざとなれば、近衛騎士で保護することも進言しよう。カレル辺りに言えば、どうにかなるだろう。
国王が出立し、近衛騎士の数が減ったことで拘束時間も格段に増えた。フミノと通信をする日も減りつつある中、ランフェンは次なる魔法陣の着想を実行することを決めた。
固定した魔法陣での安定性は、これまでの日数を鑑みるに問題はないように思える。となれば、次の段階は「携帯性」だ。
従来の通信と同様に、この魔法陣も展開場所が必要になる。これを別の物――例えるなら、魔石に封じ込めることにより、そこに魔力を流して展開させれば、移動しながらの通信が可能となるだろう。また、いちいち魔法陣を展開せずともよくなる。時間の短縮にもなるはずだ。
手の中にある試作品を見つめ、ランフェンはフミノを思った。
今日もまた決められた約束の時間ではないのだが、以前のように彼女に繋がりはしないだろうかと思っていると、魔法陣が反応を示したのだ。動揺を抑え、ランフェンは問う。
「フミノ?」
『……はい』
「よかった、そこに居てくれて」
『……はい』
携帯型魔法陣の実験に付き合ってくれるよう頼みながら、ランフェンは部屋の外へ出る。まずは飛距離が流動的になることで、通信が途切れないか否かの確認だ。
この偶然に対して、少々浮ついていたランフェンだったが、こちらの問いかけに対して返ってくるフミノの返事が、いつもと比べて元気がないことに、次第に気づいた。
「フミノ、ちゃんと聞こえてるか?」
『……はい、聞こえてます』
「何かあったのか?」
『……大丈夫です』
そう言いながらも彼女の声は暗いままだ。
いや、ただ単に暗いのではない。
フミノは泣いている。
彼女の声は、どうしようもないほど震えている。
「――なら、何故泣いている?」
『泣いて……ないです』
「……そうか」
『はい』
フミノは何故か、頑なに認めようとはしない。
何かあると、これみよがしに涙を流す女には辟易してきたものだが、今はどうしてだろう。彼女の哀しみが伝わり、胸が苦しくなる。ランフェンは唇を噛みしめた。
「……もどかしいものだな」
『はい?』
「声しか届けられない身では、何も出来ない」
『……そんなことない。だって――』
尻すぼみとなった声はよく聞こえない。けれど、さきほど以上に涙混じりとなる声に、焦燥感が募った。
今ほど後悔したことはない。どうしてもっと強く彼女の所在を
己のことを明かせないからなどというのは、取ってつけたような理由だ。結局のところ、自分は恐かったのだ。
人にあまり好かれる
鉄仮面と野卑される程度に表情が硬い自分。
表面的な付き合いのみで、距離を置かれがちな自分。
そういう人間であることを、フミノに知られるのが嫌だった。
実際に対面することで、今まで築いてきたものが壊れ、距離が離れてしまうことを恐れたのだ。
ハセガワキラリの確認を含め、事態が落ち着いたその時は、改めてフミノに訊ねようと、ランフェンは心に決めた。
次に彼女に何かあった時は、傍にいて、誰よりも近くで彼女の支えになろうと、そう強く決意した。
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