外伝

ア・ランフェンの事情 1

 彼は国を守る人になりたかった。

 国を守るといっても様々ではあるが、王宮で――国王の近くで彼らを守護する、そんな立場に憧れたのは、おそらく伯父の影響が強かったのだろう。

 彼の伯父は、国王が信頼を置くほど近しい存在であり、それが周囲に許されるような、能力の高い近衛騎士だった。

 自分もそうなりたいと願う少年に対し、周囲の目はあまり優しくはない。

 なぜならば、彼の父親は国内でも名高い魔法の使い手だったからだ。


 アヴナス家は、代々魔力の強さで国を支えてきた名家である。

 父も若いうちから秀でた能力を有しており、管理局でも一目置かれる存在だ。親族もまた魔法に携わる仕事をしている者がほとんどであるがゆえに、少年もまたそこに名を連ねると思われるのは無理からぬことだろう。

 近衛騎士という職は、少年達にとっては憧れの存在だ。

 けれど、憧れは憧れであり、そこから地位をあげていくことは決して簡単なことではない。ただの騎士ではなく、近衛騎士ともなれば尚更だ。そのうち、素養のある魔法の道を選ぶだろう――と、周囲はそれを疑わなかった。

 それに反旗を翻したのは少年本人であった。

 彼は、父方の親族がそう囁くのを耳にし、ならばなってやろうじゃないか、とますます剣の道を志した。伯父に直談判し、弟子入り上等とばかりに入り浸ったのである。

 以降、なんとなく後ろめたい気持ちがあり、両親とは思うように話すことはできなくなってしまったが、おそらく伯父を通して自分の様子は伝わっていただろう。母は時折顔を見せたが、多忙の父とは顔を合わす機会が少なくなり、騎士の資格を得てからはますます離れてしまった。

 親なんてわずらわしいものだ――と、格好をつけたがる年頃となったことでさらに拍車がかかり、近衛騎士の末席に名を連ねた頃は、すっかり家にも寄り付かなくなってしまっていた。

 後悔していないかといえば嘘になるが、少なくとも騎士を目指したことは何の後悔も躊躇いもないと言い切れる。

 だが、最後の名を上げた際、両親とは名を分けた形となったことを、時折思い返す。果たしてこれでよかったのだろうか、と。


 ア・ランフェンは、そんな風に考える自分を叱咤し、思考を戻した。

 つい昔を振り返ってしまったのは、おそらく再召喚したという「聖女」のせいだろう。

 自分が隊長へ昇格したのは、五年前の帝国崩壊の後だったが、その戦いに際してもっとも名を轟かせたのは、聖女ハセガワキラリだった。


 ハセガワキラリは召喚術によって呼ばれた少女だ。

 召喚術は、事態の収拾にもっとも適した人物を選抜するものであるが、選ばれたのが少女であり、しかも異界人であったことは当時王宮内を随分と騒がせた。

 過去の文献には、国が大きく動いた際には異界人の姿ありとされるものが数多くあり、召喚を行った魔法管理局や、国の中枢に関わる者はあまり驚きはなかったのかもしれない。

 だが、それ以外の騎士や使用人にとっては、少女はまるで物語のような存在だった。聖女と呼ばれる少女に関わることに喜びを感じ、また胸を躍らせた。

 ランフェンにとっても例外ではなかったが、ハセガワキラリの人となりを知るにつれ、だんだんと気持ちは薄れていった。

 彼女は、彼がもっとも苦手とする部類の人間だったのである。




「今日はまた随分と機嫌が悪いみたいだね」

「そんなことはない、いつも通りだ」

「せっかくの顔が台無しだよ、ランフェン」

「おまえに言われたくはないな、カレル」

 からかい交じりの声に、ランフェンは睨みをきかせて返すが、年下の青年は悪びれた様子もなく笑い顔を浮かべている。

 まったく喰えない男だ――と思う。だが、本音を悟らせないのは、彼のような立場の人間には大事な要素だろう。どんな時でも鷹揚に構え、冷静に采配を揮う。それは上に立ち、指揮をる者の務めだ。まして王族ともなれば、国を背負い民の代表となるのだから、その責務は想像もつかない重圧だろう。

 一見穏やかな国王ローガンも、見えない責任を背負って立っている。そして伯父は、そんな王を支えているのだ。

 いつか自分もそんな風に誰かを支えられる騎士になりたい。伯父には遠く及ばないけれど、年齢を重ねて強くなりたいと思っている。

 その時、支えるべき国の長は、今ここに居る男になっていることだろう。



 カレルはこの国の王子であり、唯一の嫡子だ。王妃はカレルを生んだ数年後に亡くなっており、以後国王は独り身を貫いている為、王太子は彼だけだった。そんな立場の青年とランフェンが気安く会話ができる理由は、国王がそれを許しているからに他ならない。

 王の守護者である伯父の妻が乳母を務めていた関係で、ランフェンはカレルとは幼少からの友人なのである。互いに兄弟もおらず、年の近い従兄弟もいなかった為、ランフェンの存在は国王にとっても歓迎すべきものであったのだろう。

 だがそれは王族やそこに近い人間にとっての都合であり、それ以外の者には、特別扱いされていると映っても仕方がない。ランフェン自身が名家の息子であったことも悪い方向に働き、彼は同年代の騎士からはやっかみを受け孤立。一人でいる彼と親しくするのは自然とカレルだけとなり、それがまた嫉妬の対象となってしまう悪循環を生んでいた。

 そのせいもあってか、ランフェンは自然と表情を硬くするようになった。

 それは少年が無意識にまとった鎧であり仮面だったのだろう。今ではもはや強固な壁となっており、笑顔などついぞ見たことがない鉄仮面の男と呼ばれている始末だ。


 生来の彼は、真面目ではあるが感情も豊かな性分だった。今でもその本質は変わっていないはずなのだと、カレルは思っている。自分といる時は笑いもするし、本人は認めないだろうが、拗ねた顔を浮かべたりもする。

 幼い頃から共にいるカレルとしては、どうにかしてその仮面を壊してやりたいと思っているのだが、この年上の友人はどうにも頑なだった。おさたる者はこうあるべし――という、彼の伯父・ヘンドリックの影響を受けすぎているように思えるのである。

 たしかにア・ヘンドリックは有能な人物だ。器も大きく、皆の尊敬をあつめる偉大な男だとカレルも思う。声が大きく迫力もあり、小さい頃はそれはそれは恐かったものだ。いや、恐いのは今でもそうなのだが。

 けれど、彼はとても頼りにされているし、彼に何かを任されたり褒められたりすることは、とてつもない幸福感に満たされる。ヘンドリックの持つ空気は、ただ恐いだけではないのだ。

 だがそれはヘンドリックだからそう感じるのであって、同じような威圧感をまとったところで、同じように尊敬を集められるわけではない。そこのところをランフェンは履き違えているとカレルはひそかに思っている。

 けれど今の渋面は「伯父の真似」ではないだろう。最近噂をきく、聖女のことに違いない。


 ハセガワキラリという聖女が守護騎士を探していることは聞き及んでいた。ランフェンの父親であるテオルドが陣頭指揮をとり、聖女の対応にあたっているという。

 テオルドはとても優秀な男なので、カレルも適任だと思っているのだが、その聖女が守護騎士を任ずるにあたり、近衛騎士も対象としているところが問題だった。末席の騎士であればそれもいいのだが、役職付の騎士を引き抜かれるのは、時期が時期なだけに警護の面に影響が大きい。

 その為テオルドも、別の場所から洗い出しを行っているのだが、聖女本人が「自分で選びたい」と希望しており、それを無視するわけにもいかないというのが、今の状態だった。

 そんな聖女が、ランフェンも守護騎士の候補に入れているらしいのだ。近くに現れては声をかけているというが、ランフェン自身はそっけなく断っており、さすが鉄仮面と言われる反面、聖女の誘いを断るとは何様だ、と野卑する声もあがっている。

 守護騎士というのは、守護すべき対象が現れた時にのみ編成される存在であるため、付加価値の大きい職だった。今回は「召喚された聖女の守護」なのだから、従来の比ではないだろう。

 騎士ではないカレルにも想像がついたが、「近衛騎士」にこだわるランフェンにとっては、はかりにかけるまでもないこともまた想像がついた。

 もう少し肩の力を抜けばいいのに、という忠告は、自分が言ってもきっと聞き入れてはもらえないだろう。自分が出来るのは、こうして話しかけて、からかって、本来の彼らしい感情を揺さぶり起こすことだけだ。彼を理解し、傍にいてくれる存在が現れればいうことはないのだが、なかなかどうして難しいようだ。

 決してもてないわけではないと思うのだが、「おまえに興味ない」といわんばかりの冷視線に撃沈して去っていく女性を見送りすぎて、カレルはそろそろ諦めていた。聖女にわずかな望みをかけていたのだが、今の様子では無理そうだ。良い感情など持っていない。むしろあれは悪感情だ。日に日に険しくなっていく顔をもはや隠そうともしておらず、けれど諦めない聖女もまた豪胆な精神の持ち主である。

 だからこその「聖女」といえばそれまでなのだが。



「今日の聖女はどんな様子だった?」

「――知らん。見ていないしな」

「今日は来なかったの?」

「来ていたが、顔など合わせる必要ないだろう。うっとうしい」

「辛辣だね。それなりに可愛らしい顔立ちだと思うけどな」

「そうかもしれんが、まだ十五の子供だぞ」

「そうなんだよね。要するに子供に対する可愛さだよね」

 遠くから見ているかぎりでは、聖女は騎士達に好感をもって受け入れられているように思える。

 年齢よりも幼げな印象があり、見知らぬ世界に連れてこられた当初はおどおどもしていたが、次第に明るさを取り戻し、甲高い声をあげて笑っている様子も見たことがある。

 たしかに子供といえば子供なのだが、それが許される雰囲気のある少女だった。聖女としての能力も申し分ない。

「好ましいと思うなら、おまえが相手をしてやればいい」

「なに言ってるんだか。彼女が求めているのは、自分を守ってくれる騎士だろう?」

「国を救う聖女と王子、似合いだな」

「簡単に言うなよ」

「戯曲のようでいいじゃないか。周辺国にも受けがいい。ティアドールの未来も安泰だな、カレル」

「わかった。もう余計なことは言わないから。悪かったよ、ランフェン」

 当てこすりのように意地の悪いことを言う友人に両手を挙げて降参すると、いつもの渋面からは想像もつかないような顔で笑ったので、カレルも笑顔を返した。


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