28. 長谷川きらりの論争

「ちょっと小林さん! どういうこと!?」

「どういうって?」

「もう、日本語で話してよ!」

「いやだから、その辺の感覚、私にはよくわからないんだけど……」

「ほんと、馬鹿じゃないの? 使えないおばさん」

 取り繕うのを止めたのか、長谷川輝光きらりが口汚く文句を言い始める。

「そもそも何なの? 王子様は追加キャラなのに、なんで先に攻略しちゃうのよ。ランも追加キャラで、今度は年上に溺愛されるお姫様な話なのに、二人とも取るとか有りえない!」

「いや、別に攻略とかしてないし」

「してるじゃん! ライバルキャラだとしても、どっちか一人に横恋慕してるとかならわかるけど、両方から愛されてるとか変じゃん!」

「いや、愛されてるわけじゃないし」

「そうやっていい子ぶりっこするの、うざい。おばさんのくせに、あたしの男達に色目使って、恥ずかしくないわけ?」

 どうしよう。もうツッコミ入れるのも面倒くさい。

 呆れて黙った私を、言い負かしたと踏んだのか、長谷川輝光の口撃はさらに続く。

「もうほんと最悪なんだけど! 全部めちゃくちゃじゃん。なんであたしの思った通りにならないわけ? おかしいじゃん、こんなの!」

 ここまできて、まだこれが絵空事だと思っているんだろうか。いい加減、現実見ようよ。

 長谷川輝光の発言は本当に日本語なのか、守護騎士達は困惑した表情だった。

 叫んでいる内容はわかっていないのだろう。まあ、わからない方が幸せだと思う。

 だけど、私が彼女を怒らせていると思われるのも心外だ。だって全部、彼女の自業自得なんだから。

「ちょっと聞いてんのあんた!」

「聞こえてはいるけど、ねえ長谷川さん、貴女の騎士さん達、完全に置いてけぼり状態になってるから、わかるように話してあげた方がいいんじゃないの?」

 ねえ? と、カルメンに話を向けてみたら、おどけた調子で答えてくれた。

「たしかに、さっきからキラリの言葉はよくわからねーな。偽聖女さんの言葉は普通なのに、それでいてキラリと会話になってるのがすげー不思議だよ」

「ねえキラリ、どうしたの? そんなに哀しまないでよ」

 私にはヒステリックに叫んでいるようにしか思えないんだけど、テリアには哀しんでいるように見えるらしい。すごい脳内変換だ。たしかに目尻に涙は浮かんでるけどさ、哀しみの涙じゃなくて、悔し涙だよ、あれ。

 テリアの声すら耳に入っていないのか、長谷川輝光は私を睨みつけたままである。

 埒があかないなーと思っていると、ランフェンさんが魔石で問いかけてきた。

『あの女は何をわめき散らしているんだ?』

『自分の思い通りにならないことに憤慨してます』

『それにしては、随分とこちらに対して怒っているようだが』

『……カレル様やランフェンさんが私側に付いているので、そのせいかと』

 言えない。二人が脳内ゲームの続編において、攻略対象キャラに格上げされているとか、絶対に言えない。

 そもそも、物語の駒扱いされていることすら、失礼な話であって、そんなことを知ったらこの人は怒るだろう。そんな状態見たくない。主に、精神的恐怖を避ける為に。

『そもそも何故あの女は不可思議な言葉を使っているんだ?』

『守護騎士達に知られたら都合が悪いんじゃないですか?』

 あの人達も、人間扱いされてないし。

「何ずっと黙ってるのよ、あたしが悪いみたいじゃない」

「別に非難してるつもりはないよ。私が言いたいのは、周囲の人の気持ち、考えてあげたら? ってことで」

「気持ちって何。パラメータの話?」

「人の気持ちを機械的に当て嵌めるのは止めてあげたら? って話」

「当て嵌めてないよ、ちゃんと考えて行動してるもん! なのにそっちが邪魔してんじゃん。だからおかしなことになってるの!」

「いや、だからね――」

「ライバルキャラならそれっぽくしてよ! あ! 今ここであたしに掴みかかってみてよ。そしたらランも王子もあんたに幻滅してあたしの方に付くでしょ?」

 いいことを思いついたとばかりに、長谷川輝光は顔を輝かせる。

「暴力振るうのはちょっと」

「ほんとに殴らなくてもいいんだって。振りでいいんだからさ」

「振りでも嫌です」

「それぐらいしてよ、何の為に呼んだと思ってるわけ?」

「あのさ、長谷川さん」

「なによ」

「日本語云々はよくわからないんだけど、私の言葉はこの世界の言語として聞こえてるわけだよね」

「そうだよ?」

「私の発言だけを聞いてる人がどう思うか、考えてる?」

「はあ?」

 人の気持ちを考えてあげよう、暴力反対。

 言葉だけ聞くと、私の方が相手を諭しているように感じるんじゃないかね。

 長谷川輝光もようやくその事に思い当ったのか、表情を変え、腕を掻き抱き、私に怯える様子を見せて叫ぶ。

「ひどいわ、あたしをおとしめようと、みんなの前でわざとそんな風にしたのね!」

 この子、意外と女優だな。

 それとも、聖女というキャラクターになりきっていると、自然にそうなるんだろうか。

 急に悲劇のヒロインと化した長谷川輝光の豹変ぶりに呆れたのは私だけで、聖女チームの人員は彼女を取り囲み、守るように労わるように身体に触れ、私に非難めいた顔を向けてくる。ここまで来ると天晴あっぱれだ。

「聖女、急にどうされたのですか? この女性と一体何の会話をなされていたのですか?」

「カレル王子……」

 不審げなカレル様に、長谷川輝光は濡れた瞳を向ける。

「偽物があたしを悪人に仕立てあげて、自分こそが正しいと思わせようとしているんです」

「何の話をしているんだ?」

「私は彼女に思い止まってもらうよう説得していたんです。それなのに、言葉を捻じ曲げて、私が悪いことを言っているような事ばかり発言して」

「それは先ほどの、暴力を振るいたくないという発言のことか?」

「そうです」

「では貴女は何をおっしゃっていたのですか?」

「皆を騙すのは止めてって」

「騙す、ですか?」

「王子もランも、偽者に騙されてるんです。気づいてないかもしれないけど、そういう魔法なんです」

「魔法?」

「そうです。魔法です」

「彼女は魔法が使えると?」

「はい、真実を歪めて思い通りにしてしまう、闇魔法の使い手なんです!」

 私は闇属性だったらしい。

 自分が聖なる魔法だから、その反対ということで選んだ言葉がそれだったんだろうけど、中二病臭くて嫌だなぁ。

 長谷川輝光の発言に騎士連中の空気が変わり、私への威圧が増した。

「悪魔の化身め」

「なんと禍々しい」

 双子の騎士が顔を歪めて吐き捨てた。いちいち芝居がかっているせいで、なんだか嘘くさい。

 まあ、悪魔でもなんでもいい。

 私が魔法を使えるという認識がなされれば、それでいいのだ。

「あたしは貴女を許さない! 神の力を受けた聖女・ハセガワキラリの名において命じるわ! 汝、その身を地に返し、この地より去りなさい!」

 口上を述べるように宣言し、長谷川輝光は私を指差した。

 途端、ぐらりと地面が――床が揺れる。部屋全体ではなく、私と彼女が居る辺りを中心に、半径五十センチほどをピンポイントで揺れが襲う。

「やだなにこれ、なんでここだけ揺れてるの?」

「ハセガワキラリの名において命じる。しずまれ」

 動揺する長谷川輝光をよそに、私はそう呟いた。

 とてもじゃないが、あの子のように朗々とした台詞を言える気がしなかったので、一言に止めたけれど、それだけでもわりと恥ずかしい。

 これで収まらなかったら、恥の掻き損だなぁと思っていたら、不可思議な揺れはピタリと収まった。

 あまりに唐突に止まったが故に私は逆にバランスを崩して転倒しそうになり、椅子の背もたれにつかまる。

 この局地的地震に対し長谷川輝光が怯えたせいなのか、あちらの陣営は犯人が私だと認定したようで、彼女を囲んだ全員からの視線を受け止める結果となった。

 なんか理不尽だ。

 私はむしろ収束させた側なのに。

「大丈夫ですか?」

 カレル王子が私に囁く。

 対して私も小声で返答する。

「はい。たぶん、彼女の言葉がさっきの現象を引き起こしたんだと思うんですが、同じくハセガワキラリの名を使って鎮めることが出来ました」

「では――」

「はい。成功です」

 私に対して放った言葉が、彼女自身にも跳ね返ることが証明されたのだ。

 そのことに長谷川輝光が気づいているかはわからないけど、魔法に精通しているスル・ルメール辺りなら、推察することが可能ではないかと思う。

 私に対する攻撃が、聖女へ同等の攻撃となる。あちらに対する牽制だ。

 こちらが内緒話をしているように、聖女側も何やら作戦会議中だ。神妙な顔で頷いた長谷川輝光が私を見て、指差しと共に声を発する。

「ハセガワキラリが命じる! 闇に閉ざされよ」

 途端、目の前が真っ暗になった。目を開けているのに暗闇だ。

「ハセガワキラリが命じる! 光を取り戻せ!」

 長谷川輝光の焦った声が聞こえ、視界が戻る。

 急に光を見たことで、目がチカチカする私の視線の先では、長谷川輝光が同じように瞬きを繰り返している。彼女の肩に手をやり、耳元で何やら囁いているスル・ルメールは、二、三言の問答の末に私に視線を向けた。

「悪魔の手先め……」

 苦々しく呟いたかと思うと、さらに眼光鋭く睨み付け、まくしたてた。

「我々を操っただけでなく、キラリ様にまで妖しげな術を施すなど、どこまで卑怯な真似をすれば気が済むのか。幾ら操られていたとはいえ、貴様のような者を助け、その身体を癒したことが腹立たしい。そのせいで穢れてしまった私の手を、キラリ様は受け入れてくださった。なんと尊いことか――」

 この人、興奮すると気持ち悪いことばっかり言うよね。

「今にして思えば、守護の陣を施しておけば、それを利用し反転させ、その身の内から消滅させることも出来たかもしれない。内側だけでなく、私の手が触れたその身体全て、余すところなく癒した場所に何らかの痕跡を残してさえおけば、そこを起点に貴様の肌を悪魔に相応しい物に変えてやったものを」

「おまえ、何言ってんだ?」

「貴方のように女性ならば誰でもいい人と同じに考えないでください、カルメン。の者に欺かれ、私は己の手を通じて癒しを施したのです。恐ろしいまやかしです。この手に直接感じた、吸い付くような滑らかな手触りも、柔らかな肌から発する甘い香りも、手触りのいいつややかな髪も、細い首筋も、なまめかしい身体つきも、全て男を誘惑せんとする悪魔の手管てくだ。一時でも私の手と唇をキラリ様以外の者に許したなど、嘆かわしい」

「そこんとこもうちょっと詳しく具体的に聞きたいんだが」

「聞かんでいい!」

 嬉々とした様子のカルメンに私は待ったをかけた。

 今までの発言だけで、もう十分に気持ち悪いのに、さらに具体的に説明とか冗談じゃない。これ以上は勘弁してください。

 ああ、今すぐお風呂に入って身体中ごしごしこすって洗いたい。せっかく忘れかけてたのに、思い出させないで欲しい。頼むから。

「――あの汚物を今すぐここから消し去ってもいいか」

「奇遇ですね。私も今同じことを考えてましたよ、ランフェン」

「やはりあの時に殺しておけばよかった」

 呟いて立ち上がったランフェンさんの腕に慌ててすがりつく。

「何故止める」

「止めますよ」

「庇うのか」

「まさか! あんな変態どうなろうと知ったこっちゃないですよ、むしろ痛い目みりゃーいいって思ってますよっ」

「ならどうして」

「ランフェンさんの手が汚れるでしょーが」

「そうか。なら拳ではなく武器を使うか」

「いや、血がつくとかそういう話じゃなくて」

 真顔でそんなことを言うランフェンさんの固く握った拳を止めるように、自分の手で包む。

「そうじゃなくて、一時の感情で誰かを害するとか、そんなん後で糾弾されたらどうするんよって話で、身を滅ぼすようなこと安易にしたらあかんやろって話でっ」

「俺のことはどうでもいいと、何度言えばわかるんだ」

「どうでもええわけないでしょうが! 出世に響いたらどうするんって話しとんのに」

「あんな連中を見過ごして手に入れた地位など、嬉しくもなんともない」

「うん、二人とも落ち着こうか」

 カレル王子の声が背中から聞こえて振り返ると、苦笑いでこちらを見ていた。

 目が合うと微笑まれ、聖女陣営へ手の平を向ける。そちらに私も顔を向けると、驚愕の眼差しで長谷川輝光が凝視していた。うわ、めっちゃ目ぇ恐い。

 ビクリと震える様子が伝わったのか、握っていた私の手をほどいたランフェンさんが、逆に私の手を握り込む。

「なにそれ! やっぱりたらし込んでんじゃん! 嘘ばっかり!」

「だから違うって言うてるやん。なんでそういう風にしか受け取れんのんよ」

「しかも何その言葉づかい。関西弁とか急にキャラ作って何様よ!」

 いや、これ関西弁じゃないし。

 慌てると地が出て方言丸出しになるだけだし。

「ずるいずるい自分ばっかりいい思いして、ここはあたしの国なのに、あんたは偽者であたしが本物なのに、おかしいじゃん!」

 そう叫んで長谷川輝光は泣いている。泣きわめいている。その泣きっぷりは幼稚園児が、お菓子が欲しいと売り場の前で駄々をこねて叫んでいる様子に似ていた。なんていうか、見苦しい。扱いに困る泣き方だ。

 そう思ったのは私だけだったのか、スタンは彼女に胸を貸し、あやすように背中を優しく撫でている。

 イケメンは心までイケメンだった。聖人だ。

 双子の騎士は同調するように静かに涙を流している。理解不能だ。

 カルメンは一歩離れた場所で面白そうに見守り、ヴァディスさんは静観している。

 意外だったのはテリア少年だろうか。長谷川輝光が泣けば、おまえのせいだと言わんばかりにこちらを糾弾しそうなものだが、今の彼は挙動不審だった。どうしていいかわからないのだろう。

 背後に立っていたあの信者騎士は、己では聖女に直接触れられないとでも思っているのか、どこか羨ましそうにスタンと彼女を見守っており、それ以外に控えている騎士達は狼狽することもなく職務に忠実というか、要するに我関せずで立っている。

 ヘンドリックさんを見やると、いつもの偉そうな腕組みスタイルで座っているし、カレル様は微笑みを浮かべたままだ。きっと笑顔の裏では黒いことを考えているのだろう。この人は意外とそういう人だ。

 部屋の中はカオスだった。



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