26. 長谷川きらりの集会

 人を介して内容を把握するのもいいが、実際に様子を見聞きした方が現状の把握がしやすいものだ。文字情報だけでは誤解が生じるから、きちんと声にして届けた方が、感情も伝わる事と同じような意味である。

 だが、実際その場に入って行けるわけではない。部外者が居る場所で何もかもを全て話す人はいないだろう。取り繕われれば意味がない。

 じゃあ、どうするのか。

 ここでヴラン印の通信魔法陣の出番である。

 カルメン、ヴァディスの双方が魔法陣を持ち帰り、あちらの音声を届けるというものだ。

 つまり要するに、盗聴である。



(犯罪だよねー、これもう完全に)

 カレル様の隣部屋――、いわゆる夫婦の寝室部分に当たる部屋には、向こうの音声を拾う為の魔法陣が設置されている。

 今回は一対一のやり取りではなく、複数人に聞かせるオープン回線。電話でいうところのスピーカー機能が必要となる。その改訂をランフェンさんが行っている最中である。

 以前、説明してくれた余白部分に新規機能を追記するんだろうと思うんだけど、見ていてもやっぱりよくわからない。

「やっぱ魔法陣って難しいわ」

「他人の作った物だからじゃないのか?」

 顔を上げず、ランフェンさんがそう返すが、そういう問題じゃないと思うよ。

「君の方が、考え方が柔軟だと思う。他にはない新しい魔法陣が作れると俺は思うが」

「――それ、変わった人だねってことで、全然褒めてないよね」

「馬鹿にしたつもりは毛頭ないんだが」

 そこで顔を上げて私を見る。盗聴用に作った魔法陣を手渡し、隣の部屋から声をかけるよう頼まれた。

 ちなみに今回は、紙ベースの魔法陣だ。これなら、書類の振りをして持っていられるし、なんだったら壁と棚の隙間にでも忍ばせられると思って提案したら、採用された。ちょっとは役に立てたみたいで嬉しい。

 隣の部屋、最近私が寝泊まりさせていただいている部屋に入り、声が漏れないよう扉を閉めて、紙に向かって声を出す。

「あーあー。ただいまマイクのテスト中ー」

「聞こえた。ところでそれはどういう意図の言葉だ?」

「意味なんてないです。あーって言葉に、音声が出ているか、音量はどうか、そういうのを確認しているだけです」

「そうか」

「そうですよ」

「さっき言ったことだが」

「はい?」

「君の着想はいつも興味深い。それが実現できれば、より便利になるであろうことばかりだ。だから、そんな風に卑下する必要はないと思う」

「……でもそれは、私だけが特別じゃないですよ。長谷川輝光だってきっと同じような知識を持ってます。同じ世界に生きて暮らしていれば、誰もが同じような事を知っている。私が言ったことはその程度の物です」

「同じ事象でも、人によって捉え方は違うものだ。根源にあるものが同じであっても、どう生かすかはその人次第だと俺は思う」

「その意見には同感だな」

「ヘンドリックさん?」

 ランフェンさんの後に別の声が聞こえて、私は隣室への扉を開けた。

「お疲れさまです。お仕事、ひと段落ついたんですか?」

「まあ、そこまで急ぎでもなかったしな」

 きりのいいところまで仕事を終わらせておく、と言って、私とランフェンさんだけが先にここへ来ていたわけだけど、その言い方では一緒に来ても問題なかったように思える。「邪魔して悪かったな」とランフェンさんに声をかけているのを聞くかぎり、まだあらぬ誤解は続いているようだ。

 二人の間で所在なさげに立っているのは、ヴァディスさん。向こうとの間を取り持つ為、片方がこちらに残ることにしたのだ。

 やがてカレル様がメルエッタさんと一緒に現れ、約束の時間となる。固唾を呑んで見守る中、思いの外クリアな音声が魔法陣から聞こえてきた。



「カルメン、見回りはどうだった?」

「残念ながら、噂の姫君には会えなかったよ。カレル王子が大事に護ってるんじゃないかね」

「そっかー。やっぱりこっちから会いに行くしかないのかなぁ。三階に居るっていうから、すれ違うこともあると思ったのに」

「王族の部屋は、同じ階層にあっても全く違う場所でございますから」

「どういう意味?」

「私も実際に足を踏み入れたことはないのですが、話を聞いた限りでは、王宮一の防御魔法が掛けられており、国随一の賢者といえど破ることは不可能とも言われております」

「ルメールでも無理なの?」

「私程度では太刀打ち出来ませんよ」

「じゃあ、あたしなら平気かな。聖なる魔法でさ、どかーんと壁を壊しちゃうのは問題だから、こう、手をさ、翳すの。そしたらさー、ぱあって光って、魔法が無効化されるの」

「キラリの魔法はすごいもんね!」

「でしょ! テリアもそう思うよね」

「待ってくれキラリ」

「なーに、スタン」

「そんなことをすれば、国逆の意思有りと見なされてしまう」

「こくぎゃく?」

「国に反乱する者として追われる身となるって意味だ」

「それは駄目だね。あたしはこの国を治める女王様になるんだから」


 こう言っちゃなんだが、頭悪そうな会話だな。

 最初に見た時、王宮に居る人達に呼びかけていた時の彼女は、もっとこう、堂々としていたような気がするんだけど。


「姫、お茶をお持ちいたしました」

「ありがとう、オルフィート」

「お茶菓子はお召し上がりになりますか?」

「頂くわ、ウルフォート」

「今日のお菓子は僕が選んだんだよ、絶対おいしいよキラリ」

「そうなの? 嬉しいなー、ありがとうテリア。皆も一緒に食べようよ」

「ありがとうございます」


 カチャカチャと食器の触れ合う音が聞こえてくる。ティータイムをするらしい。三時のおやつにはまだ早いんじゃないかな。まあ、いいけどさ。

 会話の中に聞き慣れない名前が二つ出てきた。それが他国の騎士だろう。どっちが赤で青かは知らないけど。


「それでね、ライバルが出てきたってことは、やっぱりあたしは王子とそういう仲になれってことだと思うの」

「神の啓示ですね」

「そう。私が再びこの世界に来たのは、ティアドールを繁栄させる為。偽者が王宮に入り込んでいたのは、王子のことを狙っていたのかもしれないわ」

「だが、あの偽者だった女性は、積極的に王族に近づいてはいなかったようだが」

「作戦だよ、そんなの。無害な振りをして騙してたんだよ、皆のこと」

「泣かないでください、姫」

「ありがとうございます、キラリ様。私達の為に、お心を痛めてくださって……」



 感極まったようなルメールの声に、私は思う。

 つくづくこの人、病んでるな――と。

 ヴァディスさん曰く、新規参入した従騎士はかなりキラリ様を崇拝しているらしく、その点ではスル・スメールと非常に気が合っているという。分かりたくないけど想像出来て嫌だ。

 テリアは誰であれ牽制しがちなところが顕著になり、スタンは真面目一辺倒なところは変わらずだ。


「キラリは最初、貴女のことを庇っていた。理由を聞いてから判断するべきだと、そう言っていたんだが、最近はそうでもない」

「といいますと?」

「女王となる為、王子の動向を探り始めた頃から、勝敗を決するべき相手だと。つまり――」

 言いよどんだ言葉尻を受けて、私は苦笑を浮かべた。

「遠慮しなくていいですよ。邪魔者は消せってことですよね」

「――明言しているわけではない」

「でも、そうしてくれたら助かるなーって、匂わせてるってことですよね」

 そして「秘書がやったことですから」で流す作戦ですね、わかります。

「だが、俺やカルメンだけではなく、スタンもそれには反対している」

「スタン、さんが?」

「時間を置いて考えてみれば、偽者がこちらに直接危害を加えたわけじゃないからな。いくらキラリが願ったとしても、手を掛けることには抵抗があるんだと思う」

 たしかに彼は、意に沿わないことはしないタイプだろう。

 悪い人じゃないのだ、あの人は。たぶん、どこまでも誠実で優しい人だ。ただ、キラリ様が好きなだけなのだ。彼女のどこに惚れたのか、当時を知らない私にはわからないけど。

「他の奴らはどうなんだ?」

「キラリが直接的に命じないかぎりは大丈夫じゃないかと思う。むしろ、それ以外を警戒した方がいいんじゃないか?」

「それ以外というと」

「近衛騎士の中にも、聖女の為に動く者がいるということだ。王宮に刃向う者として、偽者を排除することに抵抗はないんじゃないのか?」

罪状それが真実であれば、相手が女性であろうが容赦なく斬るだろう」

 むしろ、そうでなければならない。

 ヘンドリックさんはそう言った。

 言ってることはわかるんだけど、その対象が自分だと思うといい気持ちにはならないなぁ……。

 魔法陣の向こうでは、聖女陣営のティータイムが続いている。雑談まじりの作戦会議という感じで、長谷川輝光が自分を卑下すると騎士達が持ち上げるという、ゴマすり太鼓持ちな模様が繰り広げられている。

(こんなむず痒い状況、よく耐えられるな、あの子……)

 その時、中座したカルメンが場所を変えたらしく、話しかけてきた。


「何か聞いておきたい事はあるか?」

「というより、むしろ誘導しろ」

「誘導ですか?」

「そうだ。聞いてるかぎりじゃ、聖女は実際の行動に移す時期を決めていないように思える。なら、むしろけしかけて一気に状況を動かす方がいい」


 そう言って、ヘンドリックさんが指示を出し始めた。

 カルメン一人の言葉だけで、長谷川輝光と周りの騎士全てを動かすことなんて、果たして出来るんだろうか。

 大丈夫なのかな、と呟いた私に、クム・ヴァディスは頷いた。

「大丈夫だ。アイツの口八丁に任せておけば、どうとでもなる」

 それ、褒めてるようで褒めてませんよね。



「なあ、思ったんだけどさ――」


 向こうでカルメンが話を切り出す。


「短期決着をつけるべきじゃないか?」

「決着?」

「国王が戻ったら、女王の話をするんだろう?」

「そうだね」

「なら、その前に王子と話をつけて、その場で婚姻の許しを得るぐらいにしとかねーとまずいだろう」

「どうして?」

「赤髪の美人もそうだが、偽キラリもまだ捕まってないんだ。おびき出して確保しようぜ」

「そうですね。キラリ様を害する存在は早く排除すべきです」

「まあ、なんとかしなきゃいけないのは分かってるんだけどさ」

「姫が案ずることはありません。我らにお任せください」

「その通りです。我らが必ず捕え、姫の御前へと引きずり出してご覧にいれましょう」

「うん。でも殺しちゃ駄目だからね。話せばわかってくれるかもだし」

「承知いたしました」

「彼の者の命は、神の裁きにて」

「なあ、キラリ。おまえは神の声を聞いて、古の魔法を使ってるんだよな」

「あー、うん。そうだね」

「偽者はどうなんだ? おまえの振りをしていたってことは、あっちも同じって思わないか?」

「カルメンの言うことは一理ある。俺達に、自分がキラリだと思わせられるぐらいだ。同じ能力を持っていても不思議じゃない」

「やだな、何言ってるの。あれは――」

「あれは?」

「えっと、あれはさ、あたしとは違うよ。あたしは聖女様で、あっちは敵だもん。暗黒魔法とか、闇の魔法だよ。悪魔なの」


 あれを仕掛けたのは自分だと言わない程度の分別はあるのか。

 っていうか、隠してる時点で、自分の方が悪いって自覚あるんじゃないか。

 それはそれとして、私は悪魔だったらしい。


「ならば、滅ぼさなければなりませんね」

「この世から、魔は排除されるべきです」


 殺傷から、追放へと方針が変わってきた。

 カルメンが意図してやったことではないけれど、結果オーライ。言うことなしだ。誰の血であろうと、そんなものは見たくない。


「わかった! あたしが絶対あの偽者をこの世界から排除する。二度と来られないようにしてみせるから、安心してね!」

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