24. 長谷川きらりの対策

 神様(仮)に対してわりと強引に押し通した結果、私は一応「ハセガワキラリ」として力を使えるようになったようである。「なった」と断定出来ないのは、神様のおっしゃることと、王子様から聞いたことが合致しないからだ。まあ、神の考えを人間が推し量るのは難しいよね。

 なので、解釈の仕方で、双方都合のいいように考えておけばいいんだと判断するに至ったわけです。

 こういっちゃなんだが、十五歳の長谷川輝光きらりが小難しい事を考えながら魔法を使ったとは考えにくい。ゲームやアニメのノリで「魔法っていえばこんな感じよね」で行使したと考える方が無難だ。

 長谷川輝光が何を求めているにせよ、殺戮魔法を繰り広げるようなことにはならないだろう。たぶん。


(基本、私は後方支援で、結局のところ考えるのは王子様だよねぇ……)

 通路を歩きながら考える。

 責任逃れってわけじゃないけど、この国をどうするかを考えるのは、王族だろう。私の役目は、長谷川輝光が神様魔法を使った時に、それを相殺して不発に終わらせること。

(――出来るかどうかは別だけど)

 紅茶を凍らせた要領で、私は光の球を生み出してみた。野球ボールぐらいのぼわーっと光る球体が、ふわふわと浮いている、そんなイメージだ。それを手の平に浮かべながら、来た道を戻っている。

 神様から言質を取った後、古の魔法とはなんぞや――という話を聞き、その結果私の解釈が「要はイメージすりゃいいんでしょ」だったわけで。

 ただ予想外だったのは、魔法が具現化した際、確実に私の中の何かが減った気がすることだ。

 それがなんなのかはわからない。ひょっとして記憶が喰われているとか、生命力が削られていて寿命が縮んでるとかいうパターンもあるかもしれないが、そう認識してしまえば、それが真実となるかもしれないので、深く考えるのは止めることにした。

 単に体力や筋力が落ちたとか、そういうことかもしれない。若い方が力が強いのはそういう意味かもしれないじゃないか。

 うん、そういうことにしておこう。



 王子様の部屋に戻ったら、部屋の主が駆け寄ってきた。しかも相当顔色が悪い。美形が台無しだ。

「大丈夫か!?」

 問おうと思っていたことを返されて、私は出鼻をくじかれた。

「ああ、そんなことよりヘンドリックに知らせねば」

 慌てた様子の王子様は、隣の部屋へ走っていく。

 なんとなく付いていくと、壁に大きく刻み込まれた魔法陣っぽい物に向かって話し出した。しばらくすると、ヘンドリックさんの声が返ってくる。

 なるほど、これが既存の通信装置というわけか。王族の部屋だから、連絡手段として置いてあるんだろう。

 それにしたって慌てすぎである。

 もしや見た目に変化でもあるんだろうか。相変わらず、ヅラは装着したままなんだけど。

 鏡を求めて部屋を見回してみたけど、見つからない。そこはさすが男性の部屋ってところか。キラリ様ルームには、目立つ場所に鏡台が据えてあったもんだが。

 勝手に他の部屋に入るのも失礼なので、姿が少しでも映るかと、窓ガラスを求めてカーテンを引いて、私は驚いた。

(いつの間に夜になった! そんな長時間あそこにおったっけ?)

 夜っていうか、深夜。日付も回って午前様って雰囲気漂う暗闇具合である。王子様に連れられてこの部屋に来たのは、まだ昼食前だったので、半日以上あそこに居た計算になる。

 考えていると、背後から王子様に声をかけられた。

「どうかされましたか?」

「結構長い時間、あの部屋に居たんですね、私」

「心配しましたよ。十日も音沙汰がないのですから。かといって、あの扉を開けることは出来ませんし。私達は待つことしか出来ず、もどかしい思いをいたしました」

「十日!?」

 十時間の間違いじゃなく?

 あの部屋で練習と称して力を行使する度に失われていたのは、外の世界の時間だったというわけか。なにその、どっかのバトル漫画みたいな展開。

 驚いている間に、連絡を受けたヘンドリックさんがランフェンさんと共に現れた。

 蹴破らんばかりの勢いで扉を開け、目が血走った二人を見た時の恐怖たるや。そういや、すっかり忘れてたけど、ランフェンさんも十分に恐い人でした。

 思わず王子様の後ろに隠れてしまった私は責められないと思うんだ、うん。だから、その顔で詰め寄ってこないでください、恐いから。

「落ち着きなよ、二人とも。彼女が恐がってる」

「なにかあったのか!」

「いや、君たちの形相が恐いんだって」

 慣れているのか二人をたしなめて、少し距離を取って私に向き直る。

「ありがとうございます、王子様」

 助かりました、と頭を下げると、こちらは大分落ち着いたのか穏やかな微笑みを浮かべて言った。

「このままじゃ落ち着いて話も出来ないしね。それより、私のことは名前で呼んでくれて構いませんよ」

「お名前、ですか。でも、王族の方に対して失礼なのでは」

「私はまだ国王ではない。勉強中の補佐に過ぎないから、いち国民の一人ですよ」

 政治家が息子を秘書にして、後任に据えるようなもんだろうか。傍に居て、実務を学ぶんだろう。なるほど納得。

「――では、カレル様?」

「もっと気安くてもいいんだけど、それは止めておきましょうか。後ろの二人が恐いし」

 いや、賛成されても私が嫌だよ。

 日本人の感覚でいえば、皇族を相手にするのと同等なわけで。本人が許しても周囲の目が恐い。

 一旦落ち着いたところで、豪華な応接セットに座って、神との契約について説明する。

 今まで、契約のなんたるかについては知られていないようであるが、それは秘匿情報だったからなのだろうか。王子改めカレル様に確認を取って、話して構わないということだったので、ヘンドリックさんとランフェンさんにも情報を開示することになった。

 御姿を直に見たわけではない。声が聞こえ会話するのみであること。特に神を自称しているわけでもないので、霊的な存在かもしれないし、ひょっとしたら神どころか悪魔的な存在かもしれない。だけど、最終的に私がハセガワキラリの名の下に力を行使することは可能となったので、問題はないと思われる。

「なので、私の名前は伏せておいた方がいいでしょうね。偽であろうと仮であろうと、ハセガワキラリって名前を思い浮かべてもらわないと、私はハセガワキラリじゃなくなっちゃうでしょうし」

 未成年なら少女Aだけど、なんて呼ばれるべきだろう。

 キラリ様ではなく、ちょっとだけ変えてキラ様とかだったら、死神が見えそうな名前だ。大量殺人しそうで恐いのでご遠慮申し上げたい。

「じゃあ、今まで通りでいいんじゃないか?」

「と、いいますと」

「お嬢さんはウミトって呼ばれてただろう?」

 自称した覚えはありませんけど、そうですね。

「あまり名前を増やすべきじゃない。浸透している名を通した方がいい」

 ヘンドリックさんがそう言うと、カレル様も頷いた。

「そうですね。現在の状態において神から了承を得たのであれば、そのままでいた方が良いでしょう」

「わかりました。なんかもうウミト呼びも慣れちゃったので、私はそれでいいですよ」

「よし、決まりだな」


 議題は次へ移る。聖女陣営に戻った二人との連携についてだ。

 私が不在だった間、二人からは交代で報告が上がっているらしい。それによると、キラリ様の女王様計画の手段として考えているのが、王子様との結婚であるという。

 なんというか、守護騎士の為に戻ってきたんじゃなかったんかい――と言いたくなると同時に、ジグ・スタンの心中をお察しする。テリア君、病んでないかな。スルメは正直どうでもいい。

「聖女の考えることは昔から突飛でしたが、これは予想外でした」

 当事者であるカレル様は苦笑いを浮かべる。その顔から、長谷川輝光を相手にする気はないとわかる。それに、いくら救国の聖女といえど、王子と結婚なんてそう簡単に出来るもんじゃないだろう。

 魔王を倒した勇者とお姫様が結婚するのは鉄板ネタだけど、果たしてその逆はどうなんだろう。

 当時ならともかく五年も経ってるし、今更って気もする。

「聖女の方から結婚の申し出が直接あったわけじゃないんですよね」

「ええ。テオ・カルメンとクム・ヴァディスから、そんな話が出ていると聞いただけです」

「思うんですけど、たぶん、向こうから言い出すことはないんじゃないですかね」

「そうでしょうか」

「なんとなくですけど、あの子はプロポーズは男からするべきだと言いそうっていうか、だからこそ、そういう風に仕向けるよう画策するような気がします」

「ぷろぽーず」

「婚姻を申し込むことです。こちらの世界はわかりませんけど、私達の暮らす国では、男性から女性へ申し込むのが一般的ですね」

 ヒロイン思考の持ち主なので、逆プロポーズはないだろう。私の為に争わないで的な修羅場も好みそう。

 長谷川輝光の乙女回路を考えていると、ヘンドリックさんが提案した。

「カレルにはすでに想い人がいるってことにすればいいだろう」

「そんな簡単に諦めますかね」

 恋には障害がある方が燃えるとか言いそうなんですけど。

「何もしないよりは、牽制にはなるだろう。相手からの接触が始まる前に先手を打つ」

「――あまり気は進みませんが」

「国の大事を決めることだ」

「私一人の問題ではありませんよ、相手のことを考えてください」

「協力するって言ってんだ。そこを頼むのが手腕の見せどころだろう」

 どうやらお相手は居るらしい。でも、まだきちんと意思を伝えているわけではないようだ。

 まあ、これにかこつけて「結婚してください」とか言いにくいよね、うん。そんなついでみたいな扱いされたら、私だって微妙な気持ちになるだろう。

 一国の王子のお相手か。それなりの立場にあるお嬢様とかだよね。

 ひょっとしたら他国のお姫様とかかもしれない。

 うん、ファンタジーだねぇ。

 微笑ましさと野次馬的思考が入り混じった気持ちで見守っていると、肩を押された王子が私の前に跪いて手を取った。

「ウミト殿、どうか私と結婚してくれませんか?」

「はい?」

 今なんと?

「無論、偽装です。聖女への対抗手段として立てる役割に、無関係の子女を巻き込むわけにはいかないのです」

「その点、おまえさんなら事情も通じているし、なにより聖女に対する抵抗もないだろう」

「抵抗?」

「聖女は国を救った英雄だ。少なからず憧憬の念が持たれている。その聖女を陥れるような真似、普通の女性には無理だろう」

 何のしがらみもない私なら、へっちゃらぷーで立ち向かえるということか。

 たしかに彼女にムカついてはいるけど、それとこれとは別問題じゃないですかね。

「それだけじゃない。カレルの婚約者を匂わせておけば、簡単に手出しは出来なくなる。警護も付けられる。お嬢さんの身の安全性は上がるだろう」

「貴女を前面に立たせるつもりはありません。御一人にならないようにします。お住まいも提供します」

 入会すればこんな特典が! と、説明を受けている気分になってきた。

「部屋は隣を使えばいいだろう。続きの間を使うことで、信憑性が上がる。何かあってもすぐに助けにも行ける」

「となり……? つづきのま?」

 茫然と繰り返すと、カレル様が説明する。

「隣室とは内扉で繋がっていまして、本来は夫婦の部屋として使われます。こちらは私の部屋ですが、寝室を挟んで、女性の私室がある構造となっております」

 あー、なんかそういう造りの部屋、聞いたことあるわー。外国にあるよねー、そういうのー。

 他人事のように考える間に、二人からのプレゼンは続いているが、私の脳は拒絶していた。

 あかん。あかんで。ちょー待って。付いていけんわこんなん。

「是非、お願いいたします」

 ではこの契約書にサインを――とばかりに手を取られた時、カレル様の手を誰かが振り払った。

 ぼんやり視線を向けると、ランフェンさんがヘンドリックさんとカレル様を睨んでいる。

「彼女の意思を無視して、何を勝手に決めつけている」

「まあ落ち着いてよ、ランフェン。悪いことばかりじゃないんだ」

「黙れ」

 王子様の言葉を一言で遮断した。なんという強メンタル。

「おまえが怒るのもわかるが、カレルの言う通りだ。おまえも落ち着いて話をちゃんと聞け」

「俺は冷静ですよ」

「全然冷静じゃないよね、それ」

 伯父と甥の睨み合いに、王子様がツッコミを入れた。

 そのおかげで私もちょっと意識が戻ってきた。まあまあ落ち着きましょうや、とランフェンさんの腕を引いて着席し、四人でもう一度話し合いを始める。


 いきなりすぎて思考が飛んでいたけど、カレル様の意図するところとしてはこうだ。

 正式な婚約者と明言はしない。

 大事なお客人であると私の姿をチラ見せし、お隣部屋に泊まらせることによって、それっぽく匂わせておくに留めるのである。

 王族エリアへの立ち入りは制限されているので、お客人の世話役を侍女頭であるメルエッタさんに一任しておけば、他の侍女の目に触れることはない。私が偽キラリ様であることに気づく可能性が一番高いのは、王宮内でいえば侍女達だから、そのリスクを下げられる利点があるというわけだ。

 たしかにヘンドリックさんの執務室周辺より、さらに第三者との接点は低くなった。

 それでいて王宮の情報が手に取るようにわかるし、王宮内で一番安全な場所でもある。

 いいこと尽くめなんだけど、なんだろうな、このモヤモヤした感情は。

「ウミト殿には変装をして頂ければ、今の御姿でヘンドリックと共にお過ごしになることも可能です。部屋にずっとお籠りになるのもお疲れになるでしょうし、気分も紛れることでしょう」

「そうだな。居てくれると俺も助かるな」

 事務員の重要性を主張された。仕事を認められるのは嬉しいんだけど、金髪フミノとは別に、新たなバージョンが決定してしまった。

 三重生活とか、ますます詐欺師っぽくなってきた。

(でもこれ、私は頷くしかないよねぇ。これもまた仕事か。王子様の偽恋人とか、普通なら役得なんだろうけどさ)

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