23. 長谷川きらりの契約

 王に対する宣誓は、全てを白日の下に晒し、身の潔白を表明するものである。

 裁判の時に「嘘は言いません」って読み上げるのと似たようなもんだろうか。一番偉い人の前で宣言することで、嘘吐いたら針千本どころじゃない目に合っても文句が言えない状態となる。それぐらいの覚悟を持った誓いの言葉なのだろう。

 宣誓のやり方には色々あって、教会的なところでやったり、王宮の広間でやってみたり。要するに公衆の面前で言わせて証人を大勢作り、それを枷とするのが、対外的パフォーマンス含めて一般的である。

 ただ、もっと個人的な事であったり、一般に広めてはまずい事柄に対してだったりする場合は、関係者のみで行い、その場所も限定はしない。

 つまり、今この場で行っても何の問題もないわけである。


 王子の前に膝をつき、誓いを述べる。

 言葉を受け、王子は相手の剣を取る。宣誓者は頭を垂れ、王子は剣先――無論、鞘付のまま――で相手の頭上に触れ、誓いを承認したことを述べる。

 この「剣で頭を突く」という模擬行為が、嘘吐いたらタマ取ったるでーという意味なんだろうと理解する。

 騎士の誓いとか、ファンタジー系のゲームや漫画で見たことある、おごそかな儀式だが、現実は普段着に簡易的にマントを羽織った男が、昼間の執務室で男二人から土下座を受けているというシュールな絵面である。

 雰囲気って大事だね。BGMでもあれば少しは違うんだろうけど、そんなものがあるわけもない。さらに立会人は筋骨隆々の恐いおじさんと、しかめっ面の男性と金髪のヅラを装備したコスプレ女の三人とくれば、近寄りたくない妖しげな団体の出来上がりだ。

 こんなんでいいのかと思ってしまうが、こんなんでも体裁が整っていれば問題ないらしい。

 その後、二人は聖女の所へ戻ることになり、どちらか一方が定期的に報告を入れることが決められた。

 守護騎士が退室した途端、私はなんだか脱力する。それなりに緊張していたようだ。

 そして気になるのは、連れてこられた王子様のことだ。どんな人かと思っていたら、あの執事っぽい人がそうだったとは思わなかった。

 だけど考えれみれば、あの場に関係ない人物がいるのはおかしいだろう。最初も最初、キラリ様偽装計画が立案されていたのだから、そこに立ち会っている時点で国の中枢に関わる人物であることを示している。

(そういうことにも全然気が回ってなかった時点で、結局かなりテンぱってたんやな、私)

 ヘンドリックさんと話している王子様を見ながら、胸中で呟く。すると王子様がこちらを向いて、目が合った。

 しまった、これは不敬じゃなかろうか。

 そう思ったが、だからといってここで視線を逸らす方がもっと失礼だろう。どうしようか迷う。

 すると戸惑う私がおかしかったのか、王子様が笑った。

「お久しぶりです。なかなかお会いする機会がありませんでしたが、お話だけは伺っておりました」

 国王様もそうだったけど、物腰の柔らかい低姿勢の人である。私のような一般ピープルにも丁寧語を使ってくださる姿勢は、逆に申し訳なく思えてくる。

「いえ、私が不甲斐ないせいで、大きな騒ぎになってしまいました。申し訳ありません」

「貴女のせいではありません。傷を負ったと聞いております。お守りできずこちらこそ申し訳なかった」

「そ、そんなことは」

 お辞儀合戦になりそうなところを、ヘンドリックさんが遮る。

「んなことより、お嬢さんに話があるんだろ、カレル」

「そうですね。本題に入りましょう」

「本題?」

「貴女が聖女と同等の魔法を使えると聞きました。それを確固たるものとする為、神との契約をお願いしたいのです」

「神と契約?」

 なんだか大層な話が出てきたぞ。

 そういえば、ハセガワキラリは契約を交わしたからくだんの魔法が使えようになったと言っていたけど、その契約相手は神様だという。

 しかし、たしか彼女は、自分が一番だから神様はいらないし、いると思えばいるんじゃない? とかなんとか言ってた気がするんだが、じゃあ神様とは名ばかりで実在はしないということなのか?

 よくわからない。


「契約のあらましは当事者でないとわからないのです。契約の間に御一人で入り、そこで神と対話し、名を交わすと言われております。名を交わすことにより、その名を媒体とし神のお力を行使するのです」

「じゃあ、古の魔法っていうのは、神様の力を借りて行ってるってことですか?」

「だからこそ、人あらざる大きな能力ちからを扱えるんだろう。個人の魔力には限界があるが、神の御力は無限だ」

「あの底なしの魔力はそれが原因だったのか」

 ランフェンさんが呟く。ヘンドリックさんも納得したように頷いている。

 五年前の戦いとやらで、長谷川輝光はすごいことをやったんだろう。

「あの、それでですね、私は結局何をどうすればいいんでしょうか」

「そうですね、すみません」

 私は今、ハセガワキラリの名を使って魔法を発動させている。ハセガワキラリとして扱われ、過ごしてきた実績があるから、私もハセガワキラリの名を使えると思われる。だが、本物のハセガワキラリがいる今となっては、いつ私が力を失うかわからない状態だ。

 だからもう一度、神と会いまみえ、ハセガワキラリとして契約を交わすのだという。

(それ、多重契約なんじゃないの……?)

 もしくは替え玉受験。人物の取り違え。

 要するに詐欺だ。

 小林文乃として契約すればいいんじゃないかと思ったんだけど、どうも同時契約は不可らしく、ハセガワキラリが居なければ、ハセガワキラリから私へと契約変更できるけど、ハセガワキラリがいる以上、新規契約は出来ない。私自身が本名で契約するためには、ハセガワキラリが解約しなければならなくて、でもまあそんなこと出来るわけないよね、うん。

 以上が、私が解釈した「古の魔法に関する契約方法」だ。

 めんどくさいな、神様も。マンツーマンの雇用契約しか受け付けないとは。

「お願いできるだろうか」

「……いざって時に対抗手段を失うのも問題なので、私でお役に立てるなら、やらせていただきます」

「ありがとう」

 王子は安堵の笑みを浮かべた。

 優しい人だ。命令すれば済むことなのに、あくまでもお願いという形で選択肢を与えてくれた。拒否したところで、この人は本当に責めない気がする。他の手段を探すだろう。

 でも、私が元の世界に戻るためにはテオルドさんが必要で、その為には国王様の帰還を邪魔しているであろう長谷川輝光を阻止しないと駄目なのだ。

(だから結局、私に選択肢なんてないんよね……)




 契約の間というのは、秘匿された場所であるという。

 それはそうだろう。勝手に契約されて、人外の能力を手に入れられては堪らない。知っているのは、王族と魔法管理局の長のみ。

 つまり、今知っている人物は王子様だけなので、私は彼と二人でそこへ向かっている。

(変装してて良かったなー。素顔で王子様に連れられて、王子様の自室に行くとか、羞恥プレイすぎる)

 王族の部屋は、長谷川輝光と同様に北棟三階にあるが、専用移動陣がある為、他の部屋の前を通る必要はないようだ。その移動陣も動かせる人が限られており、魔力の波動がどうのこうのと説明されたが、指紋とか虹彩とか、そういう固体認証の類だろうと解釈した。ちなみに、その稼働可能人物の中にヘンドリックさんも加えられているのは言うまでもない。

(この人が謀反起こしたら、この国ほんまに死ぬでしかし)

 億ションとか、豪華リゾートホテルの一室みたいな部屋に案内され、「セレブすげぇ」と感嘆する私に、王子が手招きをする。本棚に加工された隠し通路に「映画みてー」と感動しつつ狭い通路を歩いていくと、その先の床には光る魔法陣があった。

 手を引かれ陣に乗ると、どこかへ移動する感覚に包まれる。

 次に出た場所は暗闇だった。あの地下牢を思い出して少しぞわりとする。

 王子が私の手を握り、歩き出す。苔むした湿っぽい通路を少し歩くと、古めかしい扉が現れた。

「私がご案内できるのはここまでです。後は、御一人でお進みください」

「どれぐらいの時間を要するんでしょうか」

「分かりかねます。一瞬とも永遠ともつかない時間と言われておりまして、文献によると御一方ずつ異なるようなのです」

 面談時間は個人で違うということらしい。

「承知しました。お会いしてみないとわからないってことですね」

「私は上でお待ちしております。お済みになれば、来た道を戻ってください」

「わかりました」


 いざ、出陣。

 ノックをする。

 返事がない。ただのしかばねのようだ。

(いや、返答があるとは思ってないけどさ)

 数秒待って、ゆっくりと扉を開く。

「失礼します」

 重たい石の扉は予想に反してあっさりと向こう側へ開いた。何の抵抗も重さすら感じられない感触に驚きつつ、足を踏み入れた。

 小さい部屋だ。

 部屋っていうか、場所って感じ。感知センサーでもあるのか、入室した途端、四隅に灯りがつく。

 四畳半ぐらいの広さで、正面には神棚のような物があった。近づいてみると、砂埃ひとつもない綺麗な状態。掃除が行き届いているのか、埃すら舞わない場所なのか。


『汝の名は』


 頭の中に声が聞こえた。

 聞き慣れた声とは違う、男とも女とも言えない、不思議な声。

 これが神様?


『汝の名は』


 声が繰り返す。

 小林文乃と言いかけて、止まる。そうだよ、私はハセガワキラリとして来たんだ。そう名乗らなければなるまい。


「はせがわきらり」


 棒読み口調で答えてみた。

 名前に意味を持たせず、単なる音の集まりとして捉えてもらうために。


『汝がハセガワキラリ? 否。ハセガワキラリはすでに此処にある』


 騙されてくれなかったようです。

「でも、私もまたハセガワキラリです。この世界で最初にそう認識され、周囲にもそう扱われているのだから、私はハセガワキラリです」

『否、ハセガワキラリはすでにある』

「じゃあ、私は誰ですか? この王宮で私の名前を訊けば、キラリ様だと答えるでしょう。あるいは偽者、騙った者という枕詞がつくかもしれませんが、それでもハセガワキラリの名が出るはずです。だって私はハセガワキラリだから。たしかにハセガワキラリはこの王宮に居ます。でも彼女は長谷川輝光で、私は長谷川きらりです」

 指を使って私は漢字と平仮名を床に記す。

「違いますが、どちらもハセガワキラリです」

 そして、こちらの世界の文字で「はせがわきらり」と記す。

 表音文字万歳。

「彼女がハセガワキラリなら、私もハセガワキラリです」

『否』

「いいえ、違いません。貴方が神だというのならば、名を媒体とするのならば、私がハセガワキラリの名を使って魔法を行使できることがわかっているはず」

『…………』

「それはすなわち、貴方が私をすでにハセガワキラリと認めているということに他なりません」

『……汝には、名がある』

「名前なんて色々あります。複数あります。ラジオネームやらペンネームやらハンドルネームやら、媒体によって好きに名乗れるんですよ。そんなもん些細な問題ですよ。神様だって呼ばれ方は様々でしょうに」

『我は神ではない』

「神様じゃ、ない?」

『我に名はない』

「でも、少なくともこの国の人達は、貴方を神と称し、こうして崇めてるじゃないですか。不特定の目に広めず大事にしてる。オープンにして誰彼かまわず「願いを叶えたまえ」って神頼みされる軽々しい存在にならないように」

 神でも精霊でも幽霊でも、名称なんてなんでもいい。

「名前が欲しければ、好きに名乗ればいいんですよ、名無しの権兵衛な神様さん」

『我に名を与えるか』

 声がざわめいた。怒気ではなく、むしろ歓喜?

 いや、そこまでじゃないにしろ、正の感情が頭を占める。

「むしろ、名前に縛られない方が自由でいいような気もしますよ」

『自由』

「地縛霊みたく、動けなくなるのも問題だと思いますし。神様は人の心に住むものです。人の数だけ神様はいるんです。どこにだって神様はいるんですよ」

 神様の自由度では日本の右に出る国はないんじゃないかね。

 お米一粒一粒に神様は宿るし、道端の石ころにだって神様はいるのである。

『コバヤシフミノ』

 急にその名を呼ばれて心臓が跳ね上がる。

 知ってんじゃねーか私の名前。

『汝はハセガワキラリを選択するということで相違ないか』

 その言葉はじんわりと浸透して私の身体から支配を奪う。

 ハセガワキラリを選択する。その言葉に続くのは、コバヤシフミノを捨てるというものだろう。

「いいえ。私は小林文乃ですよ、ハセガワキラリである前に。だけど、私をハセガワキラリにしたのは、すでに此処にあるというハセガワキラリです。彼女が望み私はやって来た。ハセガワキラリではない誰かがハセガワキラリになることは、彼女の魔法。すなわち、貴方の成したことです」

 秘儀・責任転嫁。

 あんたがやったんだから、認めろよ、である。

『――我の力を使える汝もまたハセガワキラリであろう』

 よし。言質取った。

「貴方に長谷川輝光を止めてもらおうとは思いません。そこまで干渉は出来ないと思います。私の願いは、認めてもらうことです。私はハセガワキラリの名を使って、貴方の力をお借りします」

『是。汝はハセガワキラリ也――』


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