22. 長谷川きらりの目的

 どっしりと腰を下ろし、腕組みして相手を威圧する様は、なるほど歴戦の勇士というか、近衛騎士団の団長様というか。とにかく恐い。正面に座ってなくて本当に良かったと、私はしみじみ思った。

 クム・ヴァディスの発言の真意を推し量っている時、ランフェンさんが息を乱して登場し、ヘンドリックさんの背後に隠れていた私を見つけたのが、数十分前のこと。睨み合っているわけにもいかないので、ヘンドリックさんの執務室へ場所を移し、話し合いらしい話し合いのないまま、睨み合いが続いている。

 このままじゃ、らちがあかないんじゃないかとは思うものの、彼らの言葉をどこまで信じていいのかもわからない。

 その為、私は発言を許されず、ヅラをかぶったままおとなしく座っている。


『信じていいと思います?』

『わからない。だが、嘘を言う意味もない気もする』

 隣に座るランフェンさんと、魔石を通して会話をする。内緒話が出来るって便利だね。

 急に会話が途切れ、私の動揺が伝わってきたランフェンさんは、すぐさまヘンドリックさんに通信を入れたという。どうやら伯父仕様の魔法陣も作成済らしい。

 ヘンドリックさんが救出に来てくれたのは偶然でもなんでもなくて、ランフェンさんが連絡してくれたからだったようだ。そうして伯父に連絡した後、自身もその場を副隊長に任せて、西棟へ向かった。

 仕事を放り出してきたようで、副隊長さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、駆けつけてくれたことを嬉しく思う自分もいて、なんだか気持ちが落ち着かない。

『……フミノ、大丈夫だ。君は一人じゃない』

 そんなことを言われると、涙腺が刺激されて泣きたくなるじゃないか。もう、ほんとずるいなこの人は。

 無言の睨み合いは唐突に終わりを迎える。

 大きく鼻で息を吐いたヘンドリックさんが、その鋭い眼光を守護騎士二人に向けると「話せ」と一言だけ告げたのだ。

 受けた二人は互いに頷き合い、クム・ヴァディスが口を開いた。


「そもそも俺は聖女の守護騎士である前に、国王の臣下であるし、一人の騎士だ。意に沿わぬことを実行する気はない。今の聖女の行いは火種を生むだけだ」

「具体的には?」

「キラリの望みは女王だ」

「女王!?」

 伝説の女神になるんじゃなかったのか。いつの間に目標がすりかわったんだ。

「キラリは人の心を操ることが出来るんだろうと思う。本人には決してそうと気づかれないようにな。連れて帰ってきた他国の騎士がいい例だ。ありゃー完全にイカれてるな」

 そう言ったのはカルメンだ。ハセガワキラリの魔法に気づいていたらしい。

 ひそかに驚く私を見つめ、いつものチャラそうな笑顔で私に告げる。

「俺にはあのテの魔法は効かないよ。ガキには興味ないんだよ。どっちかっつーと年上がいい。あれは一度はまれば抜け出すのは難しいけど、最初の段階でねておけば効きやしない。その程度のもんだ。身に覚えあるだろう?」

 最後の言葉はランフェンさんに向けられていた。

 つまり、五年前に長谷川輝光がゲームを攻略するという目的で話しかけていた、当時のことを言っているのだろう。

 ちらりと隣を窺うと、なんだか難しい顔をしている。

 そういや、めちゃくちゃ迷惑そうだったもんなぁ。

 おかげで私は、身代わりをしている最中、徹底的に嫌われていた。

「……あの、やたら目を合わそうとする行為が、その魔法だというのか?」

「たぶんな。確かに目を見るとクラっとすんだよ。だから見つめる振りをして、微妙に視線を逸らすようにしている。一応、聖女様のしもべになってる風を装っておかなきゃマズイからな」

 カルメンがそう言うと、クム・ヴァディスも頷いた。

「聖女自身は、気付いていないのかもしれない。無意識にそうしているだけで、魔法をかけているつもりはないんだろう」

「だからこそ面倒なんだよ。近衛騎士は懐柔されはじめている。そうだろ、隊長さん」

「聖女の味方が増えているのは、それが原因というわけか……」

「具体的な動きはあるのか」

 ヘンドリックさんが重々しく訊ねる。

 国王が不在の中、それになりかわる女王という存在は脅威だろう。なにせ彼女には、国を救った実績がある。五年経過した今でも、その威光に頼ろうと再召喚が行われるぐらいだ。国内外で名は知られているだろうし、人気もあるだろう。

(タレント議員みたいなのもいるし、選挙とかしたら知名度だけで当選とかしちゃうパターンだよね)

 加えて無意識に使っている人心掌握魔法。手を握って「よろしくね」だけで相手の心を掴みかねない。

 二十歳だし、選挙権あるもん。選挙とかやってみたい! とか、そういうこと言いそうだよね、あの子なら。


「こちらからも確認したいのだが、国王はまだ当分戻られないのは間違いないだろうか」

「――何故、知っている」

「キラリがそう言っていた。こっちが落ち着くまでは戻ってこない方がいい、と」

 ぞっとした。

 それは危険なんじゃないだろうか。

 だってつまり、もう二度と戻ってこなくてもいい、と彼女が願えば、それがまかり通ってしまうかもしれないってことだ。

『フミノ』

『駄目ですよ、国王様に危険があるかもしれない。あの子がそれに気づかないうちに、違う方向に考えを修正させないと、明後日の方向に思考がぶっ飛んで、とんでもないことになりかねない。そんなんダメやって』

 焦る私をよそに、ヘンドリックさんは動じた様子を見せず、質問を変えた。

「それで、何故おまえ達は此処ここに来たんだ。俺に助力しろというが、策はあるのか」

「……具体的には、まだ」

「話にならん」

「だから、キラリに協力を求めに来たんだ」

「ハセガワキラリが居るのは、おまえ達の所だろう」

 ヘンドリックさんはあくまでしらを切るつもりらしい。確たる証拠もない以上、認めなければいいだけの話なんだけど、何をもってして私を偽キラリと見破ったのか、興味はあるんだよね。

 考えていると、うっかりクム・ヴァディスと目が合ってしまった。

 捕縛された時のことを思い出す。守護騎士達が取り囲み、辛辣な言葉を浴びせてきた時のことを。

 彼はあの時、なんて言っただろう?

「キラリ。――いや、本当はキラリではなかったわけだが、俺は君の真意が知りたかった。何故、俺達をたばかっていたのかを。だが、こうやって会ってみてわかった。君もまた騙されていた側なのだと。協力をお願いしたいが、無理強いできる立場でもない。せめて謝罪をさせてくれ。ほんの少しでも君を疑ったこと、申し訳なかった」

 そう言って深々と頭を下げる。すると隣のテオ・カルメンも同じく頭を垂れた。

 驚いた。謝るタイプの男じゃないと思っていたから、余計に衝撃である。

「簡単に信用されるとは思ってねーよ。だが俺達は、聖女側あちらの考えに従うつもりはないし、戻るつもりもない」

「いや、それは駄目でしょ」

 うっかり発言してしまい、視線を集める。「喋るなって言っただろ」というヘンドリックさんの視線と、「どういう意味だ」と問うカルメンの視線。隣でランフェンさんの溜息が聞こえた。

 呆れられただろうか。

 ヘンドリックさんの顔を窺うと、一度目を伏せ、数秒黙した後に「続けろ」と言った。ゴーサインが出たので、私は考えを述べる。

「戻らないのは駄目だと思います。本当にあっちの考えを止めたいなら、情報収集の為に残るべきです。今の段階で向こうの情報が入らなくなるのは得策じゃないと思います」

「お嬢さんの言うことに、俺も賛成だ。信じろってんなら、聖女の行動をこっちに寄こせ。だが、同時におまえさん方がこっちの動きを向こうに伝えることも可能だよな。その辺りはどう考えてる」

「どうって言われても、見限るつもりだったしなぁ」

 軽薄そうなカルメン氏は、やはり軽薄だった。

 もっとよく考えて行動しろよ。本能だけで生きるな。

 この世界において一番効力を発揮する契約事項って何なんだろう。血判状とかだろうか。

 痛いのは嫌だなぁ。


「王の下で宣誓をするのが正しいのだろうが、その王が不在だ。だが、帰還を待っている場合ではない」

「つまり聖女は、王が戻る前に望みを果たすつもりか」

「カレル王子を取り込むつもりらしい」

「どういう意味だ。そう簡単にほだされるほどアレは馬鹿ではないぞ」

 王子をアレ呼ばわりしたよこのおじさん。

 そうですね、国王を呼び捨てにするような人ですもんね。王子なんて小童こわっぱですよね。

「となると、王子に事情を話して連携を取るべきだな。よし、呼んでくる。ランフェン、見張ってろ」

「承知しました」

 言い捨てて部屋を出て行った背中を見送り、私は茫然と呟く。

「……一国の王子を簡単に呼びに行くって、あの人どんだけ権力持ってるんですか」

「権力と呼べるほどの肩書きは持ってないんだが、ああいう人だからな」

「いや、それで済ませちゃ駄目なんじゃ……」

 セキュリティ、ガバガバですがな。

 深く考えると恐ろしいことになりそうなので、私は思考を切り換える。


 この国には王女は居なくて王子が居ることは聞いていたけど、会ったことはないし、知る機会もなかった。

 王子様という言葉が持つイメージは、今現在私のお隣にいる人がドンピシャで当てはまる。テリア少年もそのカテゴリーだ。

 けれど、カラフルカラーリングな世界においては、必ずしもそうとは限らないだろう。王様からして金髪じゃなかったし、そっち系統かもしれない。

 長谷川輝光が目をつけるぐらいだ。見た目はいいんだろう。年齢差はわからないけど、守備範囲広そうだしな……。

 漏れた溜息に対して、クム・ヴァディスが問いかけてくる。

「どうかしたのか?」

「え? あーいえ、ちょっと頭痛が……」

「――すまない」

「いや別に責めてるわけじゃないんです」

 言いながら思い出した。私は彼らをずっと騙していたことを。

 二人は私に対する振る舞いを謝罪してくれた。

 ならば、私も彼らに謝罪するのが筋というものじゃないだろうか。

「あの、私はお二方に謝らなければいけません。ずっと嘘をついていて申し訳ありませんでした。それと、聖女でもなんでもない一般人の私を護衛していただいて、ありがとうございました」

 立ち上がって頭を下げた。

 顔を上げて二人を見やると、ぽかんとした顔でフリーズしている。

 おお、こんな腑抜けた顔をしているところは初めて見たな。

 着席する頃には再起動したらしく、苦笑いで私を見つめた。

「君は変わってるな。君が俺達に謝る必要はないだろうに。その上、あんな目に合ったのに礼を言うとは」

「だって、それとこれは別問題じゃないですか。それにヴァディスさんには色々お世話になりましたし」

 本とか本とか本とか。

「その言い方だと、俺は含まれてないみたいだよねぇ」

 本気なのかそうでないのか、読めない軽口はいつも通りといえば、いつも通りだ。

 カルメン氏から具体的に何かされたわけじゃない。五年前のキラリ様にあれやこれや手を出していたっぽいけど、私自身は被害には合っていない。

(いや、合意の上なら被害とは言わないのか?)

「考えないでよ。ちょっとそれ本気で凹むから」

 その言葉に私は顔を上げる。彼らしからぬ苦笑いと出合った。

「五年前の守護騎士は任命されたからやってたんだけど、最近の護衛に関しては、自発的な気持ちからだよ。言ったでしょ、今のキラリのことは好きだってさ」

 私が日記を発見し、引き籠りを決めた日。部屋まで訪ねてきたカルメンと、そんな話をしたことを思い出した。

「裏切らない証拠なんて見せられるもんじゃないけど、こっちに味方する理由は単純だ。俺は、キラリより、あんたの方が好きだから。大事にしたい方を選ぶ。それだけだよ」

 たぶん、その言葉に嘘はない。数ヶ月だけど共に過ごした相手だ。ノリは軽いけど、嘘や誤魔化しをするタイプの人ではないのだ、テオ・カルメンという人は。

 ただ、そんな言い分ではヘンドリックさんは到底納得しないだろう。

「ってことで、名前教えてよ」

「――はい?」

「まさかキラリってわけじゃないだろ? だから、名前教えて。君の名前を呼びたいんだ」

 なんだかんだ言って憎めない人だなぁと思った矢先にこの発言。前言を撤回したくなる。

 やっぱチャラ男は苦手だ。

『言うな』

「はい?」

 聞こえた声に思わず反応して注目を浴びた私は、笑って誤魔化した後、そっと心で返答する。

『すみません、別のこと考えてました』

『……名前のことだ。簡単に呼ばせるべきじゃない』

『名前って、そんな重要事項なんですか?』

「やっぱ簡単には許してくれないか」

「当然だろう、失礼だぞ」

「キラリはお構いなしだったろ? むしろ、呼ばれて嬉しそうだった」

「そうなのか?」

「おまえが加わる前の話だ。俺がキラリって呼んでたら、スタンやテリアもいつの間にか呼ぶようになっててさ。どうしたのかと思ったら、キラリにそう呼んで欲しいって言われたんだそうだ」

 無言の否定と取られたのか、カルメンとヴァディスさんがそんな会話をはじめた。

 キラリ呼び云々の話は、たしか日記にもあった気がするけど、許さないとか失礼だとか、たかだが名前がそんなに大事なんだろうか。

 たしかに、初対面の人にいきなり呼び捨てにされれば「なんだこいつ」という気持ちになるだろうが、同じ名字の人が複数居る場合、下の名前にさん付けするのは、わりと普通のことである。

 ましてこの国は、名字が変わっていくシステム。名前呼びはむしろデフォルトなのではないのだろうか。

(……意味がわからん。服の色の時みたいに、独自の慣習でもあるんかな?)

 こっそり訊いてみようかとも思ったが、チラリと見上げた隣の人はひどく機嫌が悪そうだったので、止めることにした。

 あとでヘンドリックさんにでも訊いてみよう。

 不機嫌の原因であろう守護騎士二人のやり取りは、近づいてくる足音と、ノックなしに開かれた扉で終わりを告げる。

「待たせた。守護騎士、宣誓するなら王子に誓え。それもまた誓約だ」

 私達の視線の先には、ヘンドリックさんともう一人、銀髪の男性が立っている。

「ヘンドリックから話は聞きました。父に代わり、私がお受けします」

 優しげな風貌で穏やかな笑みを浮かべたその男は、私がこの国に来て最初、国王と対面した時に一緒に居た、あの執事さんだった。

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