06. 長谷川きらりの部屋

 色事いろごととはよく言ったものだ。

 こちらの世界でも同じような意味合いで通じるのかどうか知らないけど、男女に絡んだ秘め事を「色」に含ませて匂わせるやり取りが、この世界にもあるとは。

 団体の中に同じ髪色の人なんて複数いるだろうに、その中に同色を纏って行けば、全員に対するアピールになってしまうんだろうか。どんなビッチなんだ、それ。

 メルエッタさんに訊いてみたところ、事前に心を伝えるやり取りが存在していることが前提であり、何の関わりもない相手に対しては意味を持たない物であるらしい。

 告白に対する返事、みたいなことだと理解する。

 だが、ややこしいことに「気になる人に対する無言の主張」という、ほんのり匂わせアピール的なやり方も無いわけではないらしく、その辺りはもうニュアンスの問題で、取り方次第でどうとでもなるらしい。それにまつわる男女間のいざこざも少なからずあるんだとか。

 勘違いのストーカーはどこの世界にもいるようだ。


 無駄に勘違いを煽るのは勘弁願いたいので、持っている服の確認をすることにした私だが、クローゼット内のカラフルさにげんなりし、そっと扉を閉じたくなる。これを用意したのは王宮の方々だろうが、どうして、こう、増長させる色合いばかりを選択しているのか。

 そこには見事、守護騎士達の色に合わせた物が揃っていた。

 なんだろう。なんなんだろう、これ。り取りみどり、好きな人を日替わりで選んでね、みたいなこの状況。

 キラリ様と守護騎士達に何を求めているんだろう、ここの人達は。確かにぱっと見た感じ逆ハーレムだけど、たしかキラリ様は戦乱の最中さなかに召喚されたはず。キャッキャウフフしてる状況じゃないだろうに。

 目に見える限りでは、私の望む「求ム、茶色系」に該当する服が見当たらない。

 今日はもう遅いし、明日メルエッタさんに手配を相談するべきかと思った時、衣裳部屋があったことを思い出した。

 レースの煌びやかさかに「御呼びでないな」と候補から外していたが、探してみれば他にも何か見つかるかもしれない。白は膨張色だから好んで着たいとは思わないけど、ブラウス程度なら許容範囲だ。それにスカートを合わせれば、同一色という事態は避けられる。

 いざ、出陣。

 なんとなくノックをしてから、扉を開く。

 照明を点けると、ヒラヒラしたドレスがまず目に付くが、その向こうには他の物が横一列に掛けられているのがわかる。この部屋は原色ではなく淡い色合いが多い。うん、こっちの方が落ち着く。

 手近な所から確認していくと、やっぱりワンピースになっている物がほとんどで、私が望んだ白ブラウスは置いてはいないようだ。しかしまあ、これだけ白いドレスが並んでいると、結婚式場みたい。――いや、私にはまったく縁がない場所だったけど。

 壁紙も白く、収納棚も白く塗られている。壁際に備え付けられたクローゼットらしき扉も、やっぱり白だ。上から降る光源は、蛍光灯のような黄色味がない為、白さが際立つ。

 驚きの白さ。洗剤のCMみたいだ。


 その白一色の中だからこそ、それは目立って見えたんだと思う。

 じんわりとした薄墨模様が壁に浮き出ていた。

 徹底したまでに白く染められた部屋に、こんな飾り模様を施すとは考えにくい。誰かが意図的に書いたものとしか思えなかった。

 だけどここは貴人用のフロアで、キラリ様の部屋の中にある小部屋だ。侵入しようとしてもなかなか侵入は難しいと思われる場所なのだ。そんな所に一体誰がどうやって……?

 おそるおそる近づいてみる。

 記号のような、ただの意味のない模様のような。この世界の文字が読めない私には判断が難しい。

 だけど、綺麗に整ったデザインで、例えばそれをTシャツのロゴに使ってもオシャレに見える、そんな模様だった。触れてみたそこは周囲の壁と同じ質感で、ペンキや絵の具で描かれたようには感じられない。

 その時だ。触れた指先がわずかに熱を帯びる。そして描かれている線をなぞった跡が、ほのかに光っていることに気づいた。

 なんだろう。これも何かの魔法だろうか。

 興味を惹かれ、私は全ての線をなぞっていく。よくわからないところは適当だ。とにかく、薄く線が引かれている部分を人差し指でなぞっていく。

 指に色を乗せて描く絵師を見たことあるけど、これ結構楽しい。やってることは、どちらかというと砂の上に簡単な絵や文字を書いている感覚に近いけど。

 そうこうしているうちに、終点まで辿り着く。全ての線に光が入った後、それはわずかに色味を変え、薄いベージュっぽい光となった。目を見張る私の耳に、声が聞こえた。


『誰か居るのか?』

「はい?」

 耳に――というか、頭に直接声が響く。私の脳内で私でない声が反響する。

『……誰だ』

(誰だって、あんたが誰だって話やん)

『それはそうだが、想定外すぎて困惑している』

「――え?」

 口にしていない言葉に対して、返答が来た。

 私が考えたことがそのままダイレクトに相手に繋がった? なにそのテレパシー能力。

『てれぱしー?』

「いえ、あの、こっちの話です」

『それで、君は一体どこの誰なんだ』

(どこのって言われてもなぁ。それより、この現象の方がわけわからんし、どっちかっていうとそれが知りたい。それともこれ全部私の妄想? ついに現実逃避始まったか)

『……そうだな、どちらかといえば私が巻き込んだようなものか』

 しまった。つい、つらつらと考えてしまった。

「あ、あの、なんか、すみません」

『いや、まずは君からの質問に答えよう――』


 そうして謎の声さんが、説明らしきことをしはじめた。

 声によると、これはやっぱり魔法で、新しい魔法陣を試してみたところ、私の声が聞こえてきたらしい。離れた場所に声を届ける手段はあるけれど、もっと簡素化出来ないかと模索している最中なのだそうだ。

「ということは、魔法管理局の方ですか?」

『いや、独学だ』

 おお、すごい。

(そういや魔力は誰でも持っとるわけで、自分で色々考えて試したって別に怒られるわけやないしなぁ。趣味でやる人おってもおかしないか)

『別に趣味というわけでもない。実益も兼ねている』

「……失礼しました」

 思考がダダ漏れって恐ろしい。うっかり考えることも出来ない。

『君はどこの地方の者だ?』

「地方?」

『時々、言葉になまりが出る』

「…………」

 謎の自動翻訳機能のおかげでよくわからないけど、王宮内で話されているのは標準語に聞こえる。

 その為、私も標準語を心掛けて話している。だが、頭で咄嗟に考え出るのは普段の言葉使いだ。方言丸出しになるのは仕方ないだろう。

『別に責めているわけじゃない。私は王都に居るんだが、そんな離れた場所にまで繋がっているのかと驚いたんだ』

(王都って、王宮があるトコよね)

『そうだ』

 どう説明すべきだろうか。私が偽キラリ様であることがバレるとやっかいどころの話じゃない。なにしろこれは国家レベルの化かし合いなのだ。

「えっと、私も王都、に居ます。でも、来たばっかりで地理とかよくわかってなくて」

『そうか。どこから来たんだ?』

 異世界です。

 なんて、言えるわけがない。だが存在する地名もわからない。

「……フォ、フォースカントリー?」

『知らないな』

 でしょうね。

「辺境の小さい島なので、ご存じなくても仕方ないかと」

『勉強不足で悪いな』

「いえ、とんでもないです」

 知ってる方がビックリだ。

 フォースカントリー。

 私が住んでいるのは四国なんだから、嘘は言っていない。本州とは地続きになっていない、瀬戸内海と太平洋に囲まれた島だ。強風が来るとJRが停まって電車移動が不可になる、そんな場所。天候によっては帰宅出来なくなるのは、四国民あるあるだ。

 とにかく、田舎者で通すしかない。王都のことはよくわからないということにしておけば、うっかり思考が伝わっても、物知らずで済むだろう。


「あの~」

『なんだ?』

「はい、それで、ですね。この通話? は、常に繋がっているんでしょうか?」

『君の近くに魔法陣があるはずだ』

「これが魔法陣なのかわからないんですけど、綺麗な模様があって、それが光ってます」

『おそらくれで間違いない。光っているのは術式が発動している証拠だ』

「これ、最初は光ってなかったんです。薄く色が付いてただけで。触ってるうちに熱くなって、そして光りました」

『魔法陣を使ったことはあるか?』

「ないです」

『魔法陣は、そこに意思を持って魔力を注ぐことで発動する。編まれている術によって発動条件は異なるが、魔力を注ぐということは変わらない』

 明確な意思を持って線をなぞったつもりはないのだが、その条件とやらに合致したということなのか。

(単純に、これ最後までやったら綺麗かなーぐらいの気持ちやったんやけど、そんなんが条件になる?)

『陣を見つけた時点で、条件にかなっていると言えなくもないな。私はこれを誰かが見つけるとは思っていなかった。完成したと言えるほど完璧な魔法陣ではなかったし、言うなれば実験段階の興味本位だったんだ。だから、君が興味を持って魔力を注いだことで陣が完成したのかもしれない』

 ほんの少しの興味が出発点となり、大きな事業に発展するのは、成功した大企業によくあるエピソードだ。この人も、後々に偉大な賢者とかになるかもしれない。

『君さえ良ければ、少し手伝ってもらえるだろうか』

「私に何が出来ますか? 魔法のことは全然わからないんですが」

『構わない。その方が逆にいいだろう。思ったことを素直に聞かせてほしい』

「その程度でいいなら……」


 交渉が成立した後、魔法陣の大きさや場所を訊かれ、大きさはともかくとして場所についてはどう説明したものか迷った末、自室の壁に突然染み出してきたと曖昧に誤魔化した。

 明日にでもメルエッタさんに頼んで、王都における代表的な地名ぐらいは教えて貰おう。何故言葉だけがわかって文字がわからないのか。文字が読めれば、地図も読めるだろうに。謎の翻訳機能が恨めしい。

『王都に来てどれぐらいなんだ?』

「まだ数日です」

『なら、互いの場所の把握も難しいな』

「すみません」

『いや、協力を頼んだのはこちらだから、気に病まないでいい。距離の問題は後日にしよう』

「後日?」

『そうか、それを確認していなかった。もしかして君は旅行者なのか? 数日後には王都ここを離れる――』

「いえ、そういうわけではない、です。今のところは」

 いつまでキラリ様としてここに居るのか、全然見通しが立っていない。かといって、急に――今すぐに転移させられるような、そんな扱いにはならないだろうと、その程度にはテオルドさんのことは信用している。

「あの、根本的な質問なんですけど、いいですか?」

『なんだろう』

「この魔法陣? ずっとここにあるんでしょうか?」

 今までの発言から察するに、この不思議な魔法陣は一時的なものじゃないように感じられる。繋がったのは偶然でも、一度発現すれば半永久的に存在するものなんだろうか。

『それもまたひとつ知りたいところなんだ』

「つまり、持続性をテストしたい、と」

『見知らぬ君に頼むのも不躾だとは承知している』

「いいですよ、なんだかおもしろそうですし」

『ありがとう。そうだ、君の名前を教えてくれないか』

「名前?」

 小林文乃と言いかけて、止まる。

 この国では階級によって名字が変化していくせいか、下の名前で呼ぶ方が多い。もしくはフルネームで呼ぶのだ。それにならい、名前のみを名乗っておいた方が無難だろう。

「私は、文乃といいます」

『フミノ』

 テオルドさんにも王様にもウミトと発音された名前だったが、この人は一度で把握した。

 言いにくいんじゃなくて、聞き間違いだったんだろうか。年取ると耳が遠くなるからなぁと、失礼なことを考える私の頭に、声の主が再び呼ぶ。

『君の名前をこの陣に反映させた。これで、君以外の者は使えないはずだ』

「ってことは、誰でも使えるやつと、相手を固定するものと、二通りあるってことですか?」

『共用の部屋など、その場に居る全員に聞こえた方がいい場合もあれば、特定の人物以外に聞こえてはまずい時もあるからな』

 なるほど納得。共有アドレスと個人アドレスみたいなものかな。

 魔法陣というと、召喚するとか攻撃魔法が発動するとか、そんなイメージが大きかったんだけど、こういう地味な使い方もあるんだな、と少し意外に思った。

 でも、ここでは魔法が当たり前にあるんだから、珍しいことじゃないのかもしれない。日常的に行うことに派手さは必要ないのだから。


『では、これからよろしく頼む』

「わかりました。あの……」

『なんだ?』

「貴方の名前、訊いてもいいですか?」

『名前……』

 微かな戸惑いを感じる。

 もしかして地雷踏んだ? 困らせるのは本意ではない。

「じゃあ、次までに考えておいてください」

『考える?』

「呼びかける時にどうすればいいかなーって思っただけなので、他意はないんです。名無しの権兵衛ってわけにもいかないし」

『ナナシノ?』

「名前がわからない人のことを、そういう風に呼ぶんです。名前が無いから、名無しです」

 権兵衛に関しては、現代にはもうそぐわないけど。

「別になんでもいいんですよ、仮の名前でも」

『君の名も仮の名か?』

「それ言っちゃったら面白くなくないですか?」

『そうだな』

 今度は少し笑ってそう言った。

 そうだ、気楽に考えてくれればいい。適当に押した電話番号に出た相手と話しているようなものなのだから、何もかもをさらけだす必要はないだろう。

『では、ヴランということにしよう』

 なんだかすっきりした声で、その人――ヴランさんは言って、その後は細々こまごまとした取り決めを行う。話をする時間帯、場所、呼びかけ方などを教えてもらい、本日の会話は終了となった。

「それじゃあ、また明日」

『ああ、待っている』

「おやすみなさい、ヴランさん」

「――おやすみ、フミノ」


 ふつっと声が途切れた途端、部屋の中が急に静かに感じられた。静寂が耳に痛く、頭の中が冷えたようにも思えた。

 衣裳部屋を出て、広い寝台に寝転がった。

 明るいと寝られないタイプなので照明は全て落としてしまうんだけど、カーテンが分厚いこともあって、部屋の中は目が慣れるまでは本当に暗闇となる。今日はそのことがやけに恐ろしく感じた。

 ヴランと名乗った、さっきの声を思い出す。

 明日、応える声があればいいな――。

 そう思いながら、目を閉じた。

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