05. 長谷川きらりの風景

 王宮で働いているのは何人ぐらいだろう。建物の規模自体、未だに全容を把握出来ていない私には、想像がつかない。

 広間にて五人と朝食を取った後、前後左右囲まれる形で歩いていた。一階に当たるここは、廊下が石張りになっている為、カツカツと小気味いい音が響いている。

 先導するのはカルメンさん。背が高くて前が良く見えない、とか言っちゃ駄目なんだろうな、うん。

 右側で歩幅を合わせて歩いているのがスタンさん。さっきから細々こまごまと説明をしてくれている、気遣いの出来る男だ。反対側を歩くのは少年テリア君だが、今日はなんだか機嫌が良いらしく頬が緩んでいる。こういってはなんだか可愛らしい。

 後方を固めるのは残りの二人、ルメールさんとヴァディスさん。テリア君を除けば皆さん私よりも頭二つは背が高いので、周囲から見れば私は埋もれているのではないかと思う。今日の目的は「キラリ様が再びお越しになった」というお披露目だったはずなので、これって意味がないんじゃないのかね。

「キラリ、窮屈かもしれないがもう少し我慢してくれ」

「キラリ様、危険を回避する為です。今しばらくの御辛抱を」

 スタンさんに続き、背後からルメールさんからも声がかかる。私は不満を顔に出していたのだろうか。少し反省する。

 二人の声が聞こえたのか、前を向いたままカルメンさんが補足説明をしてくれた。

「ここは人の出入りが多い。見ての通り、解放空間だ。襲撃の可能性を考えると、どうしたってキラリの周囲を固めておかないといけない」

 なるほど。確かに渡り廊下といえるこの場所は、壁がないから外から丸見えだ。吹き抜けの回廊にしろ、明るくて風通しもいい空間ではあるけれど、裏を返せば狙われやすいと言えなくもない。

 お偉いさんはドアからドアで、なるべく人目につかないように移動している。車から降りた所を狙われて銃で撃たれるのは、ドラマや映画でよく見る光景だ。

 だけど、この鉄壁のフォーメーションは、私を隠すと同時に存在アピールにもなっている気がするんだが、それはいいんだろうか? 重要人物がここに居ますよーって主張してるようなもんじゃ?

 ああ、でもこの五人が囲っている=キラリ様がいらっしゃいますよっていう、そういうアピールなのかもしれない。


 考えているうちに、周囲に緊張が走った。何事だろう。

 カルメンさんの身体の隙間から前方を確認すると、似たような恰好をした四人の男性が歩いてくるのが見える。彼らも騎士の類だろうか。王宮なんだから、王族やそれに付随する貴人を守護する人達が居るのが当然だろう。

 互いに歩き続け、すれ違う。スタンさんは軽く頭を下げたが、カルメンさんはそのままだ。テリア君もまた然り。背後の二人はわからないが、真面目そうだから挨拶ぐらいはしていると思う。

 対して相手の四人はといえば、軽く一瞥をくれただけで、挨拶らしい挨拶はない。埋もれている私を頭上から見下ろし、目が合ったけどそれだけだ。驚いた様子はないので、キラリ様が召喚されたことは知っているんだろう。でも、敬うでもなく親しみがあるわけでもない。今まであったキラリ様崇拝からすれば、驚きの塩対応である。

 十分に距離が離れてから、フンと鼻息も荒くテリア君が口火を切った。

「相変わらず嫌味な奴ら。何あれ、感じ悪い」

「あの人達は……?」

「彼らは王宮の近衛騎士団、その隊長・副隊長だよ」

「スタンさん達も騎士団の一員なんですか?」

「俺達は少し違う。守護騎士と近衛騎士団は、命令系統が違うんだ」

 少年よりはスタンさんに訊いた方がきちんと教えてくれそうなので、私は右に視線を向けて質問する。私が何も知らない――覚えていないことを踏まえてか、近衛騎士と守護騎士の違いについて話してくれた。

 近衛騎士は王宮の守護をする正規の騎士であるのに対し、守護騎士は対象がいる場合に編成される一時的な存在だ。任用されるのは騎士の資格がある者達なので、年齢も立場も様々らしい。近衛騎士団との兼用は出来ないので、守護騎士になりたければ、近衛騎士団を抜ける必要があるそうだ。

 近衛騎士団というのは、騎士の中では最上位の位置にある、憧れの存在。エリートだ。そんな立場を捨ててまで、一時的な守護騎士に志願するのはかなりのハイリスクだと思うんだけど、守護騎士という肩書きはそれに見合う価値があるらしい。

 就職に有利な資格とか、経験者優遇とか、そういうことだろう。退職して起業したり、別の道に進む人もいる。浪漫を追うのは男のさがだと同僚が言ってたっけな。

 でも、これでなんとなくわかった。近衛騎士団と守護騎士は相容れない存在で、要するに仲が良くないんだろう。嫌悪感丸出しのテリア少年がいい例だ。

 話しているうちに端まで辿り着く。そこから中庭に伸びる小道へ足を進め、中央にある四阿あずまやで一休憩となった。

 休憩が必要なほど歩いてはいないんだけど、周りを囲まれて息が詰まっていたこともあり、一面の芝生のそこかしこに植えられた赤と白の花は、心の休憩にはうってつけだった。

 見上げると空がある。自然光だとは驚きだ。

「ドーム状に防御魔法が施されています。雨も防ぎますので、悪天候でも大丈夫ですよ。一定の光度が確保されるようになっておりますので、暗さも感じないでしょう」

「昼夜問わず明るいんですか?」

「いえ、時間の流れに逆らうことはございません。あくまでも天候不良の際の補完です」

 魔法関係はルメールさんが担当なのか、スタンさんに代わって説明役になってくれた。

 王宮のとある場所に巨大な魔法装置があり、そこに魔力供給がなされている。その魔力で王宮を維持する為の結界が常に張られているし、この中庭や通路の照明といった共用部分の維持もされているという。給水タンクや予備電源みたいなものだろうか。

 どこへ力を供給するのか、魔力量の調整や推移も含めて管理する「魔法管理局」という部署があり、国の各所に局員が配備され、各地区の見張りをしているのだとか。ルメールさんも、守護騎士となる前はそこに携わる一人だったそうだ。

「キラリ様の住まう世界には魔法はないとか」

「そうですね。空想上の概念でした。説明のつかない不思議な力を持っている人も居るみたいですが、私自身は会ったことはないですし、信じる信じないは人それぞれでした」

「キラリ様は信じていらしたのですよね」

「そう……ですね」

 長谷川きらりは魔法を――不思議な力を信じていたのだろうか。

 私にとって超能力は二次元の存在で、あまり現実的じゃない。霊感もまったくないので、そっち方面もやっぱりフィクションの世界だった。

 でも、此処に来て私は魔法に触れた。私にも魔力と称される能力ちからがあった。だとすれば、超常現象を起こす力は本当は誰もが潜在的に持っていて、私の居る世界では具現しないだけなのかもしれない。

 長谷川きらりは、訓練をしていにしえの魔法とやらを行使したという。

 彼女はたぐいまれなる能力の持ち主だったようだが、私はどれだけの魔法が使えるのだろう。今のところ灯りを点けるぐらいしか出来てないけど、他に何か出来ることがあるならば、試してみたいとも思う。そのうちテオルドさんに相談してみよう。


 王宮は中庭を囲むように建てられているみたいだ。一階部分のみがコの字形。私達が歩いてきたのが、その欠けた解放部分だ。

 建物の前面に相当し、そこが正面入口となる。入口に立った時、向かって右側が東棟、左側が西棟と呼ばれていることから考えて、そういう方角なんだろう。ずっと建屋内に居るので、日没方向はまだわからない。西から昇ったお日様が東に沈む可能性も、なくはない。

 形としては正方形ではなく、たぶん長方形。四つ角部分には移動陣があり、上階にも対角線の場所にも移動が出来る仕様だ。斜め移動も可能とは、エレベーターの上位互換である。つまりそれぐらい四角形の一辺に当たる部分が長いんだろう。端から端まで歩くのが面倒ってことだと思う。

 勿論、普通に階段もある。移動陣と移動陣の中間地点にあって、上階への移動手段となっている。階段付近は広間や会議室のような対人用の公共部屋が集まっており、外部の人間はそのエリアから動かずとも事が進むようにしてあるという。

 私室や客室は後方――方角的には北側の棟に配置されていて、立ち入りは制限されている。こちらのみが三階建てで、上に行くほど位が上がる為、私は三階に部屋を割り当てられているし、王族も同じだ。ホテルのように、上に行くほど部屋数が少なくなって、部屋も広くなる。私室エリアになると、廊下は所々で防火扉のように区切られていて、よりプライベート性が上がっている。

 今日、私が歩き回るのは、公共の部分が主になる。

 東西二階部分を歩いた後は外に出て、広い庭園をやっぱり歩く。ひたすら歩く。靴擦れを起こしそうで今から心配だ。

 行くか――とカルメンさんが立ち上がり、さっきの隊列で行進スタート。

 さっきより、目に入る人の数が増えてきた。お仕着せ姿の侍女達、男性は侍従かな。掃除をしている人は手を止め壁際に寄って頭を下げるし、すれ違う人は一旦止まって、通り過ぎるまで頭を下げる。

 うん、居たたまれない。このフォーメーションでなければ、縮こまってしまいそうだ。

 守護騎士達は慣れているのか鷹揚に構えて歩いているけど、身分制度のない現代に生きる私には、なかなか理解できない感覚だ。これに慣れるのはなんだか危険だな。

 背後から、ひそひそと声が聞こえる。

 キラリ様よ、帰ってらしたの本当だったのね、また守護騎士様達が王宮にお住まいになるのかしら、いつまで、ずっとこちらにお住みになるのかしら、またお暮しになるのね

 そんなような内容。こういうのって聞こえるように言ってるんだろうか? 噂話をするのはわかるんだけど、本人達が居ないところでやるものじゃないのかね。

 彼女達の声色からするとほぼ好意的だけど、その大半は「守護騎士様、素敵」に集約されているように感じる。イケメンは目の保養になるということだろう。


 端まで一通り歩いた後、勝手口のような場所から庭へ出る。

 小道を進むとちょっとした広場に出て、分かれ道がある。片方は王宮の正面方向へ続く道。もう片方へ進んでいくと、別の建物が見えてきた。ルメールさん曰く此処が魔法管理局の研究機関らしい。

 研究機関ということは、実作業とはまた別の部署だろうか。事務方が居れば、研究畑の人も居るし、現場で働く人も居るだろう。

 生垣が続き、そこを道なりに進んでいく。ざわざわと大勢の声が聞こえてくると同時に、レンガ造りの建物も見えてくる。今度はスタンさんが言葉を添えて教えてくれた其処そこは、近衛騎士団の詰所兼宿舎。近衛騎士団は第一師団から第四師団までの四班あり、それぞれに隊長・副隊長が居る。隊員数は班によって異なるけれど、最低でも十人から成る小隊で、四班が交替で勤務しているという。

 さっき行き会ったのは、第二と第四の隊長・副隊長だったそうで、おそらくは王宮内での申し合わせに赴いたところだったのだろうと、スタンさんが教えてくれた。

 妙に詳しいと思ったら、なんとスタンさんは元近衛騎士らしく、キラリ様に引き抜かれる形で守護騎士になったんだそうだ。

 守護騎士の選定って、一体どう行われていたんだろう。志願して競うオーディション形式かと思ってたんだけど、引き抜きもあるとは驚いた。

「じゃあ、優秀なんですね、スタンさんは」

「そうだといいな。僕は君の為の、君だけの騎士だから」

 青空の下でスタンさんがそう言った。イケメンはこんな気障きざったらしい台詞を言ってもさまになる。

 なるんだが、言われた方としては恥ずかしすぎて身悶えしそうだ。

「ちょっとスタン、何言ってんのさ。キラリは僕のだよ」

 爽やかオーラにクラクラしている私の腕を、テリアがそう言って引っ張った。

 僕のってなんだよ。

「ねえキラリ。今日のドレスは僕の為でしょう?」

 満面の笑みのテリア君が言った意味がよくわからなくて私は固まった。

 僕の為って? メルエッタさんが選んでくれたのを着ただけなんだけど。

「今日の衣裳はキラリ様がお選びに?」

「いえ、よくわからないので基本的にお任せしてます」

 ルメールさんの問いに返事をすると、ムッとするテリア君と、吹き出して笑うカルメンさん。

 何が駄目で何が面白いのかさっぱり理解できない私に答えてくれたのは、それまでずっと黙っていたヴァディスさんだ。

「衣裳の色だ」

「色が、なにか」

「テリアの髪の色だろう? あいつが言っているのは、そういうことだ」

「そういう?」

「自分の色を身にまとっているってのは、好意を持っている暗喩だよ。場合によっては肯定を表す」

 引き継いでざっくばらんに解説したのは、カルメンさんだ。彼の言うことはつまり、黄色のドレスはテリア君の髪に通じる色で、それを着ている私はテリア君へ好意を持っていると宣言して歩いているようなものだと、そういうことなのか。

「んなアホな……」

 思わず口に出してしまった私に、カルメンさんは再び笑う。今度はお腹を抱えて爆笑だ。

「キラリン、最高。最高に面白いよそれ」

 身の置き所がなくて周囲を見回すと、困り顔のスタンさんとルメールさん、相変わらず表情の読めないヴァディスさんが居て、テリア君は憤慨しながらカルメンさんの背中を蹴っていた。

 そんな慣習があるならば、着る服に困るじゃないか。

 カラフルな髪色が存在する世界において、それに被らない色の服装をしなければ勘違いをされるというのは、ますますもって選択の幅が狭まる。

 地味にいこう地味に。ベージュとかキャメルとか、そっち系でいこう。そんな色合いの服がキラリ様ルームにあったかどうか定かじゃないけど。

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