04. 長谷川きらりの考察

 なんだかんだで気づけば外は暗くなっていた。

 広間でそのまま食事が提供され、私は今の今まで空腹を感じていなかったことに驚く。昼ご飯抜きだったのに。感覚、麻痺してたかな。

 異世界のお食事はどんな物だろうかとドキドキしていたけど、至って普通の洋食だった。

 メインは肉料理で、デミグラスとホワイトソースがマーブル模様を描き、ブロッコリーと人参っぽい物が添えてある。スープはじゃがいものポタージュっぽい舌触り。まろやかで美味しい。スープ好きな私としてはひそかにこれが一番美味しかったです。

 日本じゃないから白米はなくて、パンが皿に二つ、脇の小皿にはバターとバターナイフも付いている。

 私が認識しているマナーから外れている部分は無さそうなので、安心してパンを千切ってバターを付けて食べて、ナイフとフォークで肉を切り分ける。スープはすすらず、一口で。

 正面に居るから一番目に入ってしまうんだけど、爽やか王子なスタンさんが、スープうまーと堪能する私を見て、笑みを浮かべる。

「なんだか落ち着いたね、キラリ」

「そうそう。最初に会った頃、食事するのもあたふたしてたよな」

 真っ赤な髪のカルメンさんがそんな軽口を叩くが、五年前のキラリ様は十五歳。こんなイケメンが見る中で落ち着いて優雅に食事が出来るほど、メンタルは成熟していないだろう。背伸びしたい年頃だし、かといって大人にもなりきれていない。

 今の私が落ち着いているように見えるのならば、それは当然だ。キラリ様より一回りは上なんだから。

 しかし、冷静に考えるとそれだけ年齢に差があるのに、彼らはどうして私がキラリ様だと思えるんだろうか。三歳ぐらい若く見られるならともかく、一回りも下に見られると嘘くさくて嬉しくない。


 会食は終了し、明日はひとまず守護騎士を伴って、王宮内を練り歩くことになった。案内してもらうのと同時に、キラリ様再来を認識させる目的だ。

 予定を決めた後は解散し、私は最初に用意された部屋へ戻り、日常生活に必要なあれこれについて説明を受ける。

 部屋のあるフロアの端に水回りが集中していて、お風呂もそこにあった。案内されたそこは温泉施設並の広さがあるが、共同浴場というわけではなく、貴人専用の施設。私としては、使用人達が使う大浴場で問題ないんだけど、キラリ様である以上はそういうわけにもいかなかった。セレブって窮屈だ。

 今まで読んできた物語においては、入浴もお着替えもすべて数人の使用人が甲斐甲斐しくお世話をするイメージだったが、それに関してはキラリ様も恥ずかしがったらしく、御付きの侍女一人がオールマイティーに対応していたそうなので、私の場合はメルエッタさんが付いてくれることになって、ほっとした。

 風呂場の近くにはトイレもあった。日本のトイレ文化は世界でもトップクラスみたいだけど、幼少時、祖父母の家で和式ボットン便所を使っていた年代の私は、水洗じゃなくてもどんとこいだ。

 ところで私は、初めての場所において何よりも重要なのは「トイレの場所」だと思っている。

 異世界という非現実において「トイレ」を気にするのはドン引きされるのかもしれないが、この生理現象にだけは、どんな人間も勝つことは不可能だと思うわけです、はい。

 近隣から得た文明の利器はここにも存在していて、浴場には洗髪液というものが置いてあった。ブラジャーに続いて感謝する。

 ありがとう、どこかの国に来た異世界の人。


 部屋に戻った私は、机に向かう。ライトをつけて、用意してもらった紙を広げてペンを取る。

 日記をつけようというわけではない。

 名前と年齢がわかったので書き留めておこうと思ったのだ。

 特に、例の守護騎士達。彼らとは密に絡むことになるだろうから、早く色々と覚えておきたい。顔と名前を一致させるのが苦手な私だが、これだけ髪色が違っていれば、それさえ押さえておけば大丈夫だろう。



 ジグ・スタン 二十一歳

 例の青い髪のイケメン俳優。真面目で優しい、二次元に出てくる王子様みたいな人。

 はしばみ色の瞳は彼の穏やかさを際立たせている気がする。


 マルカ・テリア 十七歳

 濃い色の金髪と碧眼というと、天使を思い浮かべるけれど、この子は小悪魔って感じ。このまま大人になれば、たいそうモテるだろう。

 小生意気な少年の名前がテリアと知った時、私の中で彼の印象が「小型犬」になったのは言うまでもない。

 キャンキャン吠えても犬だと思えば可愛いものだ。


 テオ・カルメン 二十七歳

 真紅の髪のチャラ男だ。偉そうな口調が多い、上から目線野郎。俺様キャラってこういうタイプの人を言うんだろうけど、私は苦手だ。

 名前がカルメンで髪が赤い。情熱の赤らしく、なんだか暑苦しくてうざそう。


 スル・ルメール 二十七歳

 薄桃色の長髪さん。

 名前を書いてみて気づいたけど、ルが多い。テオルドさんと魔法について会話していたところによると、彼は賢者という称号を得た上級の使い手らしい。剣技より魔法での攻撃防御に特化しているそうで、聖女の守護者として確かにそういう要素も必要だろうと納得した。


 クム・ヴァディス 二十五歳

 緑の人だ。自己紹介の際にまともに顔を見たけど、瞳の色も緑だった。揃い踏みである。血も緑だったらどうしよう。

 髪が深緑で暗めな分、瞳の色が印象的だった。とても綺麗なエメラルドグリーン。透き通るようなその目に、私が思わず魅入ってしまうと、ふと表情が緩んで見つめ返された。

 寡黙で表情の固い人だと思っていたけど、あんな顔にもなるんだとビックリしてしまった。



 今後、各人の情報を追記する為、一人につき一枚紙を使い、インクを乾かす為にとりあえず床に並べて置いておく。

 明日までに乾けばいいな。放置したままで、うっかり本人達に見られたらかなり困るけど、まあ日本語だから大丈夫でしょう。――キラリ様が教えてないかぎり。

 続いては、この国の事情や、長谷川きらりの行動をまとめていく。

 魔法という力は大なり小なり皆が持っている力で、それこそ呼吸をするように自然に扱う物らしい。

 驚いたことに私にもその力は微小ながらあって、おかげで部屋の明かりを付けることが出来た。

 手をかざすと点灯するセンサー機能のような感じで、しばらくは点けたり消したりして遊んでしまった。手をかざす物もあれば、触れることで発動する物もある。こちらは「タッチパネル式」といったところか。

 そんな風に日常的に使う道具類はともかく、殺傷能力のある強い力は別だ。

 訓練である程度は伸ばせるらしいけど、それでも生まれ持った素養には勝てないらしく、有名な魔法の使い手は爵位が与えられている。

 つまり、力が弱い人は平民扱いってことなわけで。血統は確かに大事かもしれないけど、自分ではどうにもならないことで決められるのはズルいなーと言えば、勉学の分野で名を上げて爵位を得る人もいるらしく、力ある魔法の使い手が賢者と呼ばれるのに対し、そちらは智者と呼ばれているそうだ。

 名を上げる、で思い出したけど、こちらの名前制度は少し変わっていて、位が上がるごとに名字が短くなっていく。その為、名乗っただけで相手の身分が判明するらしい。

 でもそれって、名字が長い人はスタート時点で不利なんじゃないかと思ったけど、最下位が四文字名だそうで、例えば六文字ある場合は、二文字取って四文字になる。

 二階級特進、というと殉職したみたいだけど、努力が認められた証拠とも言える。

 そう考えてみると、テオルドさんは「ヴ」なんだから、位が高いということになる。

 守護騎士のうちテリアだけが三文字なのは、年齢的なことを考えて仕方ないだろう。一階級上がる為にどれだけの事が要求されるのか、詳しいことは知らないけど、守護騎士に選ばれるぐらいだから、彼らはきっと優秀なんだろう。

 ちなみに最高位である国王は、ローガンという名前だけだ。

 ゼロ文字。

 誰にも捧げる名を持たない唯一無二の存在。

 元の世界で考えると、名前というのは偉くなるほどむしろ増えていくイメージだった。

 名前を取られるっていうのは、負の要素を感じさせるから、減っていくことが名誉というのはなんだか不思議。

 一文字夫婦に子供がいれば、もう最初っから人生勝ち組じゃーんと思ったけど、生まれた子供は親が持っていた最初の名字を名乗る。出世したければ、自分で名を上げろ――ということらしい。

 親が優秀でも子供がそうとは限らないからねー。親の威光をかざせないようにする考え方はよく出来ている制度だと、そこはちょっと感心した。


 長谷川きらりはどうだったんだろう?

 ふと考えた。

 ハセガワキラリとして認識されているということは、こちらの制度に合わせれば、キラリ様は聖女と崇められる存在でありながら、四文字のままだ。

 召喚された人は別枠扱いなんだろうか?

 まあ、名前を一文字にしていいって言われても、困るけどな。私だったら、コバヤシの中から一つ選ぶわけで。コ・フミノとか、嫌すぎる。

 守護騎士達もいずれは一つを目指すんだろう。

 どんな名を選ぶんだろう。スル・ルメールさんに関しては、ひとつルを減らした方がいいと思う。ル・ルメールとか言いにくいし。あ、でもスになると、ス・ルメールだ。

 スルメになるか、ルルメールになるか。

 どっちにしてもアレだな。何故、そこを残した。

 彼に与えられた最初の名字が一体なんだったのか。私、気になります。




 翌日、メルエッタさんが来るより前に私は目覚めた。寝起きがいいわけではなく、緊張すると目覚ましより早く覚醒してしまうタイプなのだ。

 今日は王宮巡りだ。観光出来ればいいとは思っていたけど、単なるお客さんとして歩くのと、キラリ様として姿を現すのは話が別だった。

 行きたいわけではないけど、やらなければならないことは、さっさと済ませておきたい派の私としては、鮮烈デビュー――キラリ様的には再デビュー、もしくは復活劇は、えいやっと終わらせてしまいたい。

(大丈夫、平気平気)

 心で唱える。基本的に小心者の臆病者なのだ。ついでに貧乏性のしみったれ。いい所なんてどこにもない。こんなんで聖女の振りをするとか、お笑いぐさだ。

 それでも逃げるわけにもいかない。

 他に行く場所はないし、私がここに居させてもらう為には、課せられたことを行う必要がある。

 いうなれば、これは仕事なのだ。

「あら。もう起きていらしたんですね」

「おはようございます。なんか、目が覚めちゃって」

「よく寝られましたか?」

「そうですね、ぐっすり快眠ってほどじゃないですが、それなりには」

「何かあったらおっしゃってくださいね。ウミト様には無理を強いているんですから」

 メルエッタさんは会話しながらも動きを止めない。備え付けのクローゼットを開けると、本日のお召し物を取り出し始める。

 可愛い系は勘弁してくださいと言いたいところなれど、私はキラリ様。それっぽいよそおいでないと駄目だろう。

 メルエッタさんが押してきたワゴンには、湿らせたタオルがある。それを使って顔を拭くのだ。水を張ってぱしゃぱしゃ洗うわけではないらしい。

 これには一応理由があって、刺激物を仕込まれていて、顔や手に被害を受けたお嬢様がいたらしい。重要人物であるキラリ様には最大限の注意を払うということで、私は濡れタオルを使用するしかないのである。

 それでも少しはすっきりした気分になったところで、お着替えがスタートする。

 なんだか艶々した生地のワンピースが本日の衣裳。膝下二十センチってところだろうか。フリルやリボンはない代わりに、色はビビットな黄色だ。なかなか目に厳しい。

「お気に召さないかもしれませんが、キラリ様の為にと用意された物ですので、ご容赦ください」

「……わかってます。メルエッタさんのせいではありませんので、気にしないでください」

 鏡台の前に座り、髪を結われる。

 美容師さんがするブローとは少し違う。こんな風に他人に髪を委ねるのは、子供の頃以来な気がする。丁寧に櫛を通されていく感覚は、なんだかくすぐったい。

 サイドの髪を一房ずつ取られ、ゆるく三つ編みにされた後、後頭部で結ばれる。結び目には服と同じ色の黄色いリボン。

 なんかアレだな。子供のピアノ発表会、みたいな。

 あまりコスプレに見えないのは、きっと生地が上等だからなんだろう。安物のテラッテラのチープさがないだけで、こんなにも違うとは。

 お金をかけることの意味を、私は少し知った気がする。

 残りの髪はそのまま背中に流された。黄色地に黒髪とは、虎か蜂か例えに迷っていると、満足気に微笑むメルエッタさんと鏡越しに目が合った。

「とてもお綺麗です、ウミト様」

「ものすごく恥ずかしいので、勘弁してください……」

「駄目ですよ。もっと堂々としていらっしゃいませ。キラリ様は常に凛としていらっしゃいました」

「聖女様と一緒にされても、素材が違いますよ」

「心構えの問題でございます。思う力が強ければ、それがご自身の能力ちからとなり、光輝くすべとなりましょう」

「……善処しますが、輝くのはちょっと無理かと」

 無茶振りもいいとこだと思っていると、扉を叩く音がする。

 メルエッタさんが取り次ぎに立ち、扉越しにやり取りが始まる。準備が整い次第、昨日の広間に集合らしい。そこで守護騎士と朝食を取り、王宮巡りへと赴く段取りだ。

 鏡を見ると、黄色と黒のコントラストがはっきりした自分の姿が見える。よし決めた。蜂じゃなくて虎だ。

 私は虎だ。虎になるのだ。

 心意気を決めて、私は立ち上がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る