03. 長谷川きらりの騎士

「キラリ、大丈夫か?」

「キラリ、待たせすぎだよ」

「……キラリ」

「キラリ様、もう平気ですか?」

「会いたかったよ、キラリン」

 たぶん、そんな感じのことを言っていたと思う。口々に喋るから若干かぶってたけど。

 そしてわかった。この人たちが例の「五人の守護騎士」だ。

 でもおかしいな。部長が立ち会うって言ってたはずなんだけど……と困惑する中、当人が遅れて到着して苦言をていす。

「困りますな。ご一緒にと申し上げておいたはずですが」

「だって待ってられなかったんだもん」

「早く確かめたかったんだ、すまない」

「女性の支度には時間がかかるのはわかってるだけどね」

 どうやら振り切って来たらしい。我先にと焦るほどキラリ様は慕われていたんだろう。

 別人で申し訳ないかぎりだなーと思っていたら、とんでもない言葉が耳に入る。

「キラリ、記憶喪失って本当なの?」

「はい?」

「信じられない、どうしてそんなことに」

 信じられないのはこっちだよ。なんだよ記憶喪失って。いつそんな設定になったんだ。

 茫然として視線を動かすと、神妙な顔の部長が頷く。

 いや、うんって言われても知らんがな。

「だから申し上げましたでしょう。いきなりではキラリ様の混乱を招くだけだと」

「召喚魔法が失敗したということですか?」

「でも召喚自体は成功してるわけだろ? ここに居るんだし」

 いえ、別人を呼んでる時点で失敗だと思いますが。

「同じ方を、時を経て再び招くことはあまりないこと。異なる世界の方であれば、前例はないでしょう。そのせいで、何か歪みが生じたということは考えられないでしょうか?」

「歪み、ですか。そうかもしれませんな」

「原因はわかっていないのですか?」

「なにぶん、召喚からはまだ五刻程度しか経っていませんから」

「私に出来ることがあれば協力は惜しみません」

「ありがとうございます。賢者である貴方の知恵、お力添え頂ければ助かります」

 テオルドさんと会話している長髪の男性。内容から察するに、魔法について見識が深い人なんだろう。

 でも、そんなこと今はどうでもいいんだよ。私の前で小首をかしげる男の子と、ひどく心配そうな男性にどう対応すればいいか、誰か教えてプリーズ。

「マルカ・テリア様、ジグ・スタン様。お気持ちはわかりますが、あまりくような真似はおやめくださいませ」

 あうあうと言葉が上手くでない私を見かねて、メルエッタさんが間に入る。男の子はムッとした顔つきになるが、もう一人はそれを諌めるように、二人分の謝罪をする。お兄さんっぽい人だ。

 その隙に、私はメルエッタさんの後ろに隠れた。いいとしして情けないが、見知らぬ男に詰め寄られるのはやっぱり恐い。お兄さんの方は背が高いし、もう一人は口調からして生意気そう。背丈は私と同じぐらいなので、160センチないってことか。男の子としては嬉しくないだろうな。

 こっそり観察していると、兄(仮)と目が合った。

 驚いて少し彼の目が迷う。そして無理やりといった風に微笑んで、話しかけてきた。

「キラリ、恐がらせるつもりはなかったんだ。すまない、ビックリしたよな」

「…………」

「ヴ・テオルド殿から伺った。キラリは以前こちらで過ごした記憶を失っている、と」

「本当なの? 嘘だよね、忘れたとか嘘だよね!」

「テリア、今言われたばかりだろう」

「スタンは平気なの!? 澄まし顔して何なんだよ」

「平気なわけないだろうっ!」

 喧嘩が始まった。

 ついに怒鳴り返した人がスタンさんで、癇癪起こしたお子様がテリア君ね。覚えとこう。


 彼らの髪色はとてもカラフルだ。テオルドさんが禿頭で、王様はシルバーグレイって感じで、執事さんも似たような系統。メルエッタさんにしたって華美な色合いじゃなかったせいで、今まで気にならなかっただけだ。一体どういうDNA構造なんだろう。

 スタンさんは青色で、テリア君は黄色味が強い金髪。そして残りの三人は、テオルドさんと話していた長髪さんが淡いピンク色で、残りの二人が真紅と深緑。五人揃うとヴィジュアル系バンドみたいだ。

「お姫様の前で喧嘩はよくないぜ」

 そう言ったのは真紅の人。今にも白い歯を見せて笑いそう。なんだ、チャラ男か。

「覚えてないかもしれないが、言わせてくれ。久しぶり、会いたかったぜキラリン」

 キラリンって。キラリンって!

 なんだ、このチャラ男。キラリって名前だけでくらくらするのに、キラリンなんて呼ばれた日には、眩暈起こして倒れそう。

「……やめろ、困ってる」

「そうですよ、まったくいつもながら馴れ馴れしいですね、カルメン」

「悔しいからって俺に絡むなよルメール」

「わざとらしい煽りは止めなさいカルメン。クム・ヴァディスを本気で怒らせたいなら別ですが」

「じょ、冗談だよ」

 チャラ男が急に及び腰になった。クム・ヴァディスさんとやら、そんなに恐いんかい。

 会話から察するに、残りの深緑の人がその人だろう。

 前髪が長めで、下を向いているせいで顔がよくわからない。着ている服もモスグリーンで、全身みどりだ。もっと明るい緑を纏えばいいのに、どうして暗めのトーンを選ぶんだろうか。

 とりあえず説明が欲しい。記憶喪失ってどういうことかと。

「皆様、ひとまず広間にてお待ちください。女性の私室に押し掛けるものではありませんよ」

 メルエッタさんが宣言し、五人を追い出しにかかる。素敵です、ママン。

 背を押されるように五人が部屋を出て行き、部長夫妻だけが残る。大きな溜息と共に脱力する私に、テオルドさんが謝ってきた。

「ウミト殿、大変申し訳ない」

「それより、記憶喪失ってどういうことですか? 私、キラリ様の代役をするんじゃなかったんですか?」

「無論、その予定でした。ですが、私が説明に行った時に騎士の一人に言われたのです。キラリ様は記憶を失っているのか、と」

「……どういうことですか?」

「ウミト殿、先ほどの誰かと接触しましたか?」

「接触、ですか?」

「彼曰く、目が合ったのに無反応だった、と」

「そう言われましても、王様にお会いした時以外、部屋から出てませんし……」

 可能性としては、その行き帰り。廊下を何人か歩いていたし、すれ違った中に居たっていう、それぐらいしか思いつかない。少なくとも「会った」という認識はないのだ。

「自分を見ても反応がないということは、ひょっとして忘れてしまっているのではないか。そう言われました。否定しようと思ったのですが、五人の中ではすでに決定事項のようになっておりまして、聞く耳を持っていただけませんでした」

 思い込み強すぎだろ。

「こちらの世界において、思考力というのは大きな能力ちからとなります。守護騎士である彼らも、また……」

「……大きな能力ちからの持ち主ってことですね」

「本当に申し訳ない。ですが、彼らは聖女の守護騎士です。貴女を守りたいという気持ちは嘘ではありません。ご安心ください」

 そう言われましても、さっきの喰い付き具合を見るかぎり、押しが強いことこの上ないんですが。あの勢いで来られると精神的に疲れそうだ。

 だけど、記憶喪失という設定は、少しありがたい。なんせ知らないことばかりだから、おかしなことをしないか不安だった。別人であるということは大っぴらにはしないって話だったし、それなら「この世界の事は覚えていない」ということにしておけば、キラリ様としての役目を果たしつつ暮らすことが出来そうだ。

 ひとつ問題があるとすれば「嘘をつく」という後ろめたさ。唯一にして最大の問題だと思った。

 小心者ですみません。



 それから私はご夫婦に付き添われる形で、広間とやらに向かった。

 キラリ様の部屋より広い絨毯張りの部屋には、白いテーブルクロスが掛けられた長机があり、会食用の部屋みたいな雰囲気がある。壁際にはソファーが幾つか置かれていて、ローテーブルも添えられている。こちらはホテルのロビーって感じ。

 五人の騎士は、壁にもたれかかって立っていたり、座っていたりと様々だったが、私達の入室と共に一斉に顔を向けた。視線が恐いよ君達。

 長テーブルの方に移動し、私はテオルドさんとメルエッタさんに挟まれる形で着席し、正面に五人が並んで座る。なにこの面接スタイル。

 ここでも司会進行はテオルドさんで、改めて私がこちらの世界を覚えていないという話をする。彼らは真剣な眼差しで私を見つめている。

 あんた達、話してる人はテオルドさんだよ、そっち見ろよと思いつつ、ここで顔を伏せるのも失礼なので、正面に座っている青髪の人、たしかスタンさんの顔を見る――振りをしつつ彼の後ろの壁を見つめ、背筋を伸ばしていた。

 その状態でも痛いほど視線が突き刺さる。五人分の圧力は半端じゃない。

 テオルドさんによる状況説明が終わり、騎士側からの発言がある。向かって一番左側に座っているのが魔法に詳しいという長髪さんだ。あちらの進行役は彼らしい。

 薄桃色の髪だけ見れば非常に乙女チックだけれど、顔つきは男性そのものだ。北欧の人っぽい雰囲気で、冷たさと温かさが同梱している不思議な空気感。

「キラリ様、今一度名乗らせて頂きます。スル・ルメールです。ご不安でしょうが、我らが貴女を支えます」

 だから安心してください――。ふわりと笑った顔は、まるで花が咲いたよう。

 そんな表現を男性に対してするのもどうかと思うけど、桃色相乗効果ということにしておこう。

 そして彼らは順番に名乗り始める。

 部屋に押し掛けた時は随分余裕がなかったんだなーというのが伝わるぐらい、今の彼らはとても落ち着きがあり、騎士という言葉が持つイメージに合った振る舞いをしていた。だけど、最後の一人――右端に座っている例の生意気そうな少年は、わだかまりを残した声色で、納得していないことがよくわかった。

 うん、ガキだな。


 自己紹介が終わった後は、今後の行動について説明が始まった。

 基本的に私は王宮内に居れば良いらしく、最初に聞いていた「騒動の鎮圧」にはまだ行かなくて良いそうだ。状況を見て考えます、とのことなので、テオルドさんにお任せすることにした。部長ならなんとかしてくれるはず!

 途中で紅茶が運ばれてきて、メルエッタさんと同じ服装の女性がワゴンを押してお給仕してくれる。若い女の子で、フランス人形みたいで可愛らしい。目の保養です。ついつい「メルシー」なんて声をかけちゃいそうだ。フランス語知らないけど。

 五人の騎士達はといえば、無反応だ。

 スルースキル高いな。あんな美少女がお給仕してくれるのに何も感じないのか、青年達よ。それとも使用人は空気のような存在だから気にも留めないブルジョア思考ってことですかい、腹立つなーもう。

 ムッとしたのに気付いたのか、スタンさんが微笑んだ。それはもう嬉しそうに。喜びの感情を滲ませた麗しの微笑みだった。眩しすぎて私は目を逸らしてしまう。

 やばい、なんだあの人。爽やか青春映画に出てくる若手イケメン俳優みたいやんけ。

 少女漫画のヒーローみたいなオーラにクラクラしていたら、なにやら険のある視線を感じ、チラリとそちらを窺うと、ハイ例の小生意気な少年でした。

 悪かったな、イケメンに免疫ないんだって。

 私の視線に気づいたのか、少年は透明感溢れる瑠璃色の瞳を大きく開き、あー睨まれるかなぁと思っていたら、予想外に視線を逸らされた。なにやら縮こまっている。

 ごめん、恐かったんだね、おばちゃんの視線。




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