第3話 祖父
和やかな朝日に身体が包まれる。それに負けじと藤花が身体を絡めてくる。私はここにいますよ、そう、言わんばかりに。
「おはようございます、聡様。」
昨日初めて話したというのに彼女の声を聞くと安心する。たった数時間で他人を信用してしまうとは。自分が別人になってしまったような感覚に襲われる。確かに私は藤花にたった数時間で思考をさらけ出され、染められたわけだが。
「おはよう。」と返し、布団から抜け出し、洗面所に向かう。
「あ、待ってください。」
藤花に呼び止められ、振り返ると口にキスされた。
「さ、朝の日課の順序を教えてください。すぐ覚えますから!」
と、藤花は何もなかったかのように言った。
それから洗面台で顔を洗い、朝食を作る等、基本いつも通りの朝を過ごした。ただ藤花がひっついてくるのは慣れない。
「これを。大きさは合ってないかもしれないが、我慢してくれ。今日、合うの貰っておくから。」
そう言い、黒ずくめの軍服を渡した。雨水隊第2番隊、通称「
「まだ入隊もしていないのに気が早いのでは?」
そう思われるのはごもっともだ。だが雨水隊の避けられない事として一枚岩ではないことがまず一番にあげられる。
「一部の隊員から藤花を守るためだ。別に一般兵用のでも構わないがすぐに私が引き抜くから問題ないだろう。」
「もしかして隊長さんだったりします?」
流石に雨水隊の事は知っていても、構成までは知らないよな。
「そうだがそれだけで君を引き抜けはしない。理由は行けばわかる。」
聡は藤花を自分のメルセデス・ベンツSSKの助手席に乗せ、車を走らせた。
「なんでメルセデス・ベンツなんて持っているんですか?それになんかボンネットが長い気がします。」
藤花が訝しげに聞いた。
「昔貰ったんだ。昔と言っても5年くらい前だが。ボンネットが長いのはエンジンが従来の物を降ろし自分に合った物に変えて貰ったからだ。」
魔改造と思われる事が多いがこれは雨水隊で再設計され聡のために新造されたためものだ。襲撃を受けたときのために様々なところに防弾板が取り付けられている。
――
雨水隊の本部についた。車を降り聡様の一歩後ろを歩く。本部は山の中にあるため、防衛戦に適していると感じた。
受付のような場所に着いた。
「鬼哭、加藤聡。同行1名。指揮官へ。」
そう聡様が受付の人に言葉を発すると、受付の人は寝起きの顔へ水をかけられたような顔を聡様に向けた。
「4年ぶりですね、あなたが人を連れてくるのは、それも女性。」
「また世話になるかもしれない。ならない方が私は嬉しいが。」
「違いない。」
と、受付の人は声を上げて笑った。私にはこの会話の意味がわからなかった。ただ聡様の目に深い穴のようなモノが浮かんだ気がした。
聡様は「また。」と言うと私に目配せをし受付を抜けた。それに私も付いていった。自分はまだ彼のことを何も知らないのと同じなんだと改めて実感した。彼のことをすべて知りたいと思う。でも、さっきの会話のように意味を知ったら私はどこか完全に壊れてしまう、そんな予感がある。
私は彼を愛する。彼も私を愛する。それは変わらない、変えさせない。私を見てくれるのは彼だけ。
両親は私を見なかった。祖母が少しの間私を見てくれた。でもすぐに逝っちゃった。みんな、私がぶたれていても素通りしていく。でも彼は私を見てくれた。数年前のある日に。
「この部屋に入るよ。」
そう聡様は言い、私は目前の扉を見た。木で出来た二枚の開き扉。聡様は二回ノックして返事の声を待った。
「どうぞ。」
「失礼します。」
少し引きつった声が帰ってきた。それを聞き聡様は片方のドアノブに手をかけ扉を開けた。私も「失礼します。」と言い、部屋に入る。部屋は本棚で左右の壁を覆われいかにも執務室といった感じ。机を挟んだ先には年老いた男性が座っている。
「よう来たの、聡。坂本さんも。初めまして。」
この男性は私のことを知っているらしい。
「初めまして、坂本藤花です。」
一応挨拶を返しておく。
「儂は
「私の
「構わん。だが前と同様、基本、島での。」
「わかっております。ただ確認のために今月いっぱいは領海に出ますよ。では。」
領海、と言うことは船舶関係か。
「聡、坂本さんと一分程度時間をくれぬか。」
私は聡様の顔を見た。聡様は迷子の小学生のような顔で私を見てから彼の祖父へ視線を戻した。
「わかりました。」
聡様は最後に一礼して無言で部屋を出て行った。
「すまんな。すぐに話を終わらす。聡が連れてきたと言うことはある程度は君に心を許したという事じゃろ。だからこそ言わせて貰うが聡を裏切るなよ。あの子を育てた身で言うのは気が引けるが聡は脆い化け物じゃ。ただ別に悪い子ではない。儂から言いたいのはあの子から離れるのは構わん。だが絶対に裏切らんでくれ。それだけじゃ。」
わかっている。彼は裏切り者を許さない。多分、裏切り者に報復を与えるためならどんなことでもするのだろう。私だって裏切り者は許さない。殺すまである。でも彼は、聡様は私以上だと感じる。そう感じれば感じるほどに私は彼のことを知りたくなるし愛したくなる。この人の言葉を借りるなら私も化け物なのだろう。
「わかっております。」
一礼して部屋を出る。
「さ、行こうか。」
なぜか、頭を撫でられた。顔を見れば少しはわかると思うが手で押さえられながら撫でられているため顔を見られない。顔を見られたくないなら仕方ない。ただ普段通りの声色で答える。
「はい、聡様。」
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