第3話 城塞①
肌をなでる暖かく心地よい風でモトヤは目を覚ました。
まぶしい日差しが廃墟に輝き、ぬくもりのある陽気が満ちている。背中に当たるごつごつとしながらも優しさのある感触は、樹木ならではの安心感を与えてくれる。
あたりには自分の部屋の私物やベッドはなく、冷たい岩の地面も壁もない。
あるのは光に照らされ神聖な雰囲気を放つ廃寺院と手元の大鎌、
そしてポケットの革布だ。
木陰の形は最後に見た時とあまり変わっていない。どうやら少しばかりうたた寝をしていたようだ。モトヤが立ち上がって一度大きく伸びをすると、腹時計がきゅうきゅうと鳴り始める。脱出の次は食糧事情が急務らしい。
今のところ行く当てもないが、手始めに寺院の正面に回ってみることにした。
廃寺院の正面には細緻な装飾が施された石の門があった。装飾部分は長い時間で風化してしまったようで一部崩れたり欠けてしまったりしているが、寺院同様、神聖な威容は失われていないように見える。
門には鉄柵の門扉が取り付けられていたようだが、赤く錆びているうえに片方は門に固定する金具が壊れて倒れ、傍に転がっていた。だが、寺院を囲む石の塀がせいぜい膝上の高さまでしか残ってないことを考えれば門がここまで形を保っているだけで上等なものだろう。
門から先には丘の斜面を下るゆるやかな傾斜の石階段が続いており、下った先から遠方へと続く道の先に壁に囲まれたとても大きな街が見える。
そういえば眠る前に会ったナイトロが、
街で会おう――――、
なんて言ってたがあの街のことだろうか?
とにもかくにも、モトヤの置かれた状況を知るためには人の集まる場所で情報を集める必要がある。
モトヤは廃寺院の荘厳な佇まいを一瞥した後、大鎌を肩に担ぎなおし、はるか先に見える街を目指して歩き始めた。
だいたい四十分ほど、二~三キロは歩いただろうか。目標の街の高い外壁が迫ってきた。
高さ十五メートル以上はあるだろうその壁 は、石造りのように見えるがよほど精密に組まれているのか離れた位置からは継ぎ目が見えない。おそらく相当に頑丈なのだろう。
壁を囲む大きな堀にかかった橋の先、トンネルのような門の前で、鎧兜を着て鋭い長槍を携えた4人の兵士がまばらに通行する人々をチェックしているようだ。 兵士達の所作には厳しいものを感じるが、通っている人を見る限りじゃ、手続き等も必要なく気軽に通れるらしい。
日本生まれ日本育ちのモトヤが刃のついた凶器らしい凶器を持ったガードマンを見るのは当然初めてだが、たとえ兵士が武器を持っていてもせいぜい交通パトロールの警察官みたいなものだ。そう自分に言い聞かせて過度に緊張しないよう、深呼吸してから門へと向かう。
橋を渡り、門に差し掛かった時、―――待て。――と声がかかる。ビクッっとして声の方を見ればひとりの兵士がはっきりとモトヤをその両の目で捉え近づいてきている。
―――ヤバイっ!――
そう直感するがもう遅い。
ただでさえモトヤは場の空気にそぐわない部屋着の長ズボンとTシャツといった格好だ。妙な疑いをかけられ身元不詳の怪しい男として捕まってしまうかも――――。そんな考えが頭を巡っているうちに目の前まで来た兵士が、言い放つ。
「キミどこの田舎者だ!?武器はちゃんと鞘に納めなさい!そんな大きな鎌を剥き出しのまま街の中に入れると本気で思ってるんじゃないだろうね!?」
「へっ…?」
モトヤは今更ながらその異常さに気が付いた。
こんなとんでもない刃渡りの大鎌を持って人の集まる場所に行くなんて、ナイフを見せびらかして歩くイカれたチンピラの比じゃない危なさだ。
ただ、『サイズマスタリー』のおかげか鎌が見た目通りの重さを感じず空気のようになじんでしまっていることと、危うさでは『メギド』の方がはるかに危険に感じるので鎌がかすんでしまっていまったのだ。
だが今のモトヤが気になるのはそんなことじゃない――――。
「えっ、女の子…!?」
兵士の予想外に高い声を聞いて思わずモトヤはそうつぶやいた…、つぶやいてしまった…。
「だ…だぁぁぁれぇぇぇがぁぁぁぁぁ女の子だ!!!
女じゃ兵士は務まらないなんていうの!!?
それに“子”って何よ“子”ってあたしはキミみたいなちんちくりんよりずっと、
と! し! う! え!!!
おねーさんよ!!!どうみても年下の子に子ども扱いされたくないわよ!!!これだからお子様は…」
「おーい!みんな来てくれ!またお嬢が癇癪起こしちまったよ。」
別の兵士が叫ぶと他二人の兵士も駆けつけてくる。
とつぜん女兵士にまくし立てられ呆然とするモトヤに兵士の一人は「あんたはそこで待っててくれ。」と言い残し、彼女をモトヤから引き剥がしてなだめにかかる。
女兵士は最初の方は兵士を籠手で小突いたり、兜をひっつかんで左右に振り回したり、とやりたい放題だったが、男の兵士三人にはさすがに勝てなかったかしばらくすると抵抗を諦め、リーダー格の兵士に説教をされていた。
数分して落ち着いたのか女兵士はこちらへ歩いてくると兜を脱ぎ、兵士らしいキビキビとした動きで頭を下げた。
兜の下にあったのは紛れもない女性の顔。もちろん子供ではない、とはいえ歳は自分よりは年上、二十歳と少し程度くらいだろうか。オレンジ色の混じったセミロングの赤毛 。顔立ちは整っておりひいき目に見ても美人の部類だ。気性が現れたのかまだどことなく子供っぽさが残っていて、それが裏表のなさそうな好印象を与えている。
身長はモトヤより少し高いくらい、鎧も他の兵士と同じものなので、声を掛けられなければ女の人だと気づくことはできなかっただろう。
「あー…、さっきはごめんなさいね。女なのに兵士やってるのを、よくあっちの同僚達にからかわれるからカッとなっちゃったのよね…。」
兵士らしい動きとは裏腹に、女兵士がバツが悪そうにぎこちなく謝ってくる。
突然お子様だのなんだの言われて怒り半分、驚き半分といったところだったが、男性兵士の様子を見るに、先に失言をしてしまったのは自分らしいので怒るに怒れない。何より今はまだ妙な騒動を起こしたくない。
言葉を続けられずに困っている女兵士に助け船を出す意味も含めてモトヤは答えた。
「いえいえ俺のほうこそすいません、失礼なこと言っちゃって、ごめんなさい。」
その勢いのまま話題を変えようとモトヤは続けて言う。
「さっきの…なんでしたっけ、ええと…俺の鎌持って入れないの?」
「え、ええ…。そんな物騒な鎌をむき出しで持ち歩いてたら、あっという間にうちの仲間が捕まえるわね。鞘とか風呂敷とかはもってないの?どうしても街に入りたいなら、その間、軍のほうで 預からせてもらうわ。」
女兵士はくだけてしまった口調以外は最初の勢いを取り戻し、鎌を預かる提案をしてくる。
正直な所、鎌を一時とは言え手放すのは不安がある。何か面倒ごとに巻き込まれたときに『メギド』を撃つしか選択肢がなくなれば、辺りを火の海にしてしまう危険があるからだ。街中で放火犯になってしまえば、牢屋行きか、別の街を探して今通ってきた大平原をさまようしかなくなってしまう。
だが今はその不安より、文句を言いっぱなしの胃袋を満たすことを優先したい。いい加減何か食べないと後で頭が回らなくなってくる。
「じゃあお願いします。どっかに預かり所でもあるの?」
モトヤが訪ねると、
「ええ、門をくぐって右側よ。ついてきて。」
そう言うと女兵士は同僚達に一言つげて門の内側へ歩いていった。
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