第2話 疾駆
暗視状態の目で扉の先を確認すると、そこは十畳ほどの四角い部屋だった。
この扉以外に出入り口はなく、岩肌がむき出しの今までの空間に比べると、まともな部屋だと言えるほどに壁や床がなめらかだ。部屋の中央にフタのない朽ちた木箱がある以外はなにもなく、木箱の中を調べても目ぼしいものは何もなかった。
この部屋はハズレだったようだ。
残る出口はもう一枚の大扉だ。
自分の身長の倍くらいの高さがあるこの扉は、端や取手など各所が大小さまざまな金属で補強され、頑丈な城門を思わせる作りをしている。先に確認したように鍵はかかっておらず、モトヤは両開きの大扉をゆっくりと押し開けた。
扉を開け放った先は扉と同じくらい、大人4~5人幅の通路だった。
小さな扉の部屋と同じような整った壁の下部には、複雑な記号模様が隙間なく掘られている。
壁の上部、ちょうど腰の高さから上には、奥行き数センチの窪みが等間隔に掘られており、火のついてない燭台がそれぞれ置かれている。
通路の先へ目をやると、奥に白い光が見える。
――出口か?――。
そう最初は思ったがすぐに違うと気づく。日の光があんな風に地面から湧きだし、揺らめくなんてことはまずないからだ。
光を目指し、真っ直ぐな通路を奥へ進むと、少し開けた円形の部屋に出た。壁も床も粗い岩作りで、他の部屋に続くような通路はなく、行き止まりになっている。
部屋の中央には整った正円形の台座が設置されており、台座には複雑な記号が同じく円形で彫られていた。黒魔術でありそうな魔方陣そのものだ。その魔方陣からは先ほど見たゆらめく白い光が強く放たれている。
――――入ってみるしかないんだろうなぁ。
他に道はないからもう進むしかない。わずかに逡巡したあとモトヤが光の中へ踏み出すと魔法人は輝きを増し、まばゆい光が彼の体を包んだ。
光が弱まり、気が付くとモトヤは全く別の場所に立っていた。変わらないのは足元の魔方陣だけ、いや、これも見た目そっくりの別の魔方陣なんだろう。モトヤは光の中からでて周囲を確認してみる。
そこは地下らしくはあるが今までとは明らかに違う明るい空間だった。もう暗視中のようなモノクロの世界はどこにもなく、洞窟で目を覚ます前に見ていたような色とりどりの世界が目に写る。
だが、長い間暗闇にいたせいか眩しすぎて、まともに前を見ることができない。
やむを得ず右腕で目を押さえながら、隙間からざっくりと周囲を見る。魔方陣があるのは大理石、もしくは水晶のような、白く美しい石でできた円形の台座の上だ。床より何段か高さがあるようで、円の外は階段になっている。
床も綺麗に整備されており、人間の暖かみを感じる作りだ。背後には、大きそうな 閉じた鉄の扉があり、正面には上へ続く階段、そしてその先には四角く切りとられた青い景色が――――。
―――――ズズズズズズッ……。
何か重いものを引きずる音が響いた。音は階段の上、青をのぞかせる出口から聞こえている。それに気付くとモトヤは弾かれたように駆け出した。
まずい―――――――――――。
あの音は―――――――。
―――――たぶん。
その直後、ズシンッという音と共に、青の半分が何かに隠される。
そしてその何かは青を少しずつ削り取り小さくしていく。
「待て!!待ってくれっ!!!―――」
モトヤは叫び、階段に足を掛けた。
―――ズズッ。
「頼む!!閉めないでくれ――っ!!!」
―――ズズズッ。
階段を駆け上がりながら声を張り上げるが空の青はどんどん小さくなっていく。
―――クソッ、届けぇぇえええ!!!!
ガァン!!という周囲を貫く高音の後、全ての音が消え、静寂が広がった。
「はぁ…はぁ…、ま、間に合ったぁ…。」
モトヤがとっさに突きだした大鎌の柄が、閉じられる寸前の出口を貫いていた。
数瞬おいてズルズルと出口を塞いでいた石の扉が開かれていく。
「何モンだぁ?顔を見せろ。」
ドスの効いた低い男の声がした。
モトヤはたった今百メートル級の全力ダッシュを終えたばかりで、ろくに返事もできず、はぁはぁと肩で息をしながら残りの階段を上りきる。
「ん…?ガキの冒険者 か?悪いことしちまったなぁこりゃあ!」
おぼつかない足取りで歩くモトヤを見て警戒心を解いたのか、さっきの声の主、ヒゲ面の男がおどけたように笑う。
「でけぇケガとかあるか?まだ中に仲間はいるのか?」
モトヤは鎌を支えにして呼吸を整えながら、かぶりを振った。
「そうか、それじゃ閉めていいぞカーヴ、ボロ。」
「オーケー、ナイトロ。」
ヒゲ面の男が声を掛けた先には別の二人の男がいた。
返事をしたのが薄汚れた灰色の外套をまとった背の高い長耳の優男、もう一人が大きな体に鈍色の胸当てを付けた頬に傷のある強面の男だ。
指示を出したあと、ナイトロと呼ばれた男はモトヤに注意を戻し話を続ける。
「ところでボウズ、おめぇ服がずいぶん汚れてるがどこの階層まで降りたんだ?」
興味本位だろうその男、ナイトロの何気ない質問にモトヤは焦った。
まだこの男達が何者なのか分からないのに不用意なことは言えない。なんであんなところで寝ていたのか?どうしてあんな炎を出せるのか?なぜあの革布を持っているのか?話がそこまで進んで妙な疑いをかけられれば、最悪捕まって連行なんてこともあり得る。
「はぁ…はぁ…、まぁ、そこそこだよ。」
呼吸を整えながら、関わって欲しくないモード全開でモトヤはふてぶてしく答えた。
人には出会いたかったが、自分の状況がまだわからないままこの洞窟の関係者らしい人間とはまだ関わりたくない。
ナイトロは不愛想なモトヤへつまらなそうな顔を向け、
「ハッ、わかった 聞かねぇよ。俺たちの稼業 は秘密が多いもんさ。」と、
わざとらしい 大げさな身振りをつけて答えた。どうやら都合よく勘違いしてくれたらしい。
ナイトロは入口を閉じて待っていた二人に声を掛け、手早く身支度を整えると、
―――じゃあな、また街で会おうぜ、ボウズ―――
そう言い残して去っていった。
三人の背中が見えなくなった後、緊張の糸が切れたモトヤはすぐ近くの木陰に座り込み、少し休みを取ることにした。最初に洞窟で目覚めてから何時間たったのだろう か。疲れてぼんやりした頭でそんなことを考えながら周囲を眺める。
自分がでてきた出口。そこはなだらかな丘の中腹 に立つ洋風の廃寺院の裏庭の中にあった。
この寺院は見たところ幅よりも高さがある縦長、そして奥行きのある構造をしている。崩れて大きく開いた壁の穴からは中の礼拝堂が見えた。荒れ果ててはいるが、色とりどりのステンドグラスを通した光のお陰だろうか、神聖な場所に特有のおごそかな 雰囲気は失われていない。十字架こそないが、ほとんど教会のものと変わらないようだ。
寺院の外には、少し荒れてはいるが赤・黄・紫などの花が咲く小さな庭園―――いや、霊園というべきか―――があり、その花達に包まれるようにしていくつかの石碑が建てられている。その場所からそよそよとふく風に乗って飛ばされてきた花の香りは、疲れきったモトヤに活力を与えてくれるようだ。
彼がいる裏庭は寺院と霊園に挟まれた場所にあり、その端、崩れた塀の近くの木陰に今モトヤは腰を下ろしている。
周囲をあらかた見終わったモトヤはゆっくりと空を見上げた。晴れ渡った青空には白く輝く太陽と、月と、月と、月。合わせて四つの天体が浮かんでいる。
月が三つか―――。ハハハ―――。
世界ごと変わってたんだなぁ――――。
これは――――。さすがにお手上げだわ――――。
でも今、今この瞬間だけはずっと続けばいいのに――――。
これが―――異世界か――――。
そよそよと薫風(かぜ)に吹かれた木の葉が、優しい子守唄を奏でていた。
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