第4話 電話「手紙」

思えば中学3年生の卒業が迫った2月ごろ、俺は一度竹内に思いを告げようと思ったことがあった。


学校の近くにあった区立図書館で本を読んでいると、竹内が向かい側にいるのに気付いた。

彼女が手紙を回してきた。


「何の本読んでるの?」

「『それぞれの終楽章』っていう今年の直木賞作品」

「どんな話?」

「友達が自殺しちゃって、生きることを考える主人公の話」

「自分が中年になって、今度は自分が死を迎えながら少年時代を思い出したりする話」

「ふーん。死ぬってどう思う?」

「寝るとき、自分が最後の息を吸って、そのまますべてがゼロになり、息をすることも考えなくなるってことを考えると怖くなることがあるんだ。」

「わかる気がする。そうなったら脳も動いてないわけだから怖い感情もないはずだけど、『無』になるのって、想像すると怖い。」


紙が切れたのか、竹内からの手紙はそれで終わった。


それから1カ月ほどたったころだったか。

また俺が図書館で本を読んでいると、向かいにいた竹内から手紙がまわってきた。


「考えたんだけど、死ぬのって怖くないかも。」

「どうして。」

「大事なものが手に入れば、それ以上を求めないとか、それを守るために死ぬとか、そういうことで死を乗り越えられると思う。」

「よくわからない。」

「私には大事なものがあって、それは自分が死ぬことよりも大切だから、死ぬのは怖くない。理想的には、死の瞬間を一緒に迎えることだけど。」

「大事なものって人?それ以外?」

「うん。高梨くんのこと。」

「私は死んでも、通じ合って迎えた死なら、後悔はないし、怖くもない。そうなることが希望。」


そして俺は答えを返さなかった。返せなかった。

俺はその後竹内と一緒に帰ることになったらどうしていいかわからなくなり、先に図書館を後にした。


家に帰る途中に俺は考えていた。

普段は会話もなく、まだまだ距離感があったはずなのに。

図書館の手紙のやり取りで、いきなり目の前に竹内が迫ってきた。

初めて竹内のことを「怖い」と感じたことを思い出した。


ほどなく俺たちは卒業し、離れ離れになった。

その時、あのやり取りはなかったものだと、俺は記憶から消した。


そして、30年経ちようやくそのことを思い出した。


結局俺たちは通じ合うような関係にはならなかった。

あの手紙のやり取りに俺はわくわくし、あのチャンスに思いを伝えようと思っていたのはこっちの方だったはずなのに。


今回のことが何の関係があるかはわからない。

俺には関係があるような気がしていた。


燃えていると言えば燃えていた俺のほのかな恋心は、最後に粉々にくだかれた。俺の気持ちが彼女の思いには全く追い付かず、理解することもできなかった。


彼女の想いは中学生の自分には全く理解できなかったが、今では少しわかる気がした。

人生半ばを超え、同居していた祖父母や、両親も先に逝ってしまった。

彼らが迎えた死という道を自分が通ることは前よりは怖くなくなった。


思い返してみても、恋愛や付き合う期間を超えて、手紙でやり取りをするような内容ではなかったが。


夜の9時ちょうどに電話が鳴った。

俺はすぐに電話を取った。

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