第2話 電話「同窓会」
あの電話から1カ月が過ぎた。
俺は同窓会に向かう服装で悩んでいた。
スーツで行くべきか。
あまりオヤジっぽいのも恥ずかしいかと、結局俺はラガーシャツにジーンズとブーツを合わせ、久しぶりにワクワクしながら新宿に向かった。
同窓会に呼ばれたことよりも、竹内に会えるのが楽しみだった。
みんなの顔見てもわからないかもしれないし、思い出せない不安はあった。でも竹内だけは間違えないと思っていた。
靖国通りと明治通りが交わる交差点の近く、花園神社のそばの小川沿いに古民家のような和食屋があった。
居酒屋と聞いていたが、少し高級そうな大人な雰囲気だった。
扉を開けると和装の青年が声をかけてきた。
「おひとり様でしょうか。」
「あ、いえ、予約で。」
「ご予約名は?」
しまった。
誰の名で予約したか聞いていなかった。
「竹内、は入っていますか?」
「いえ、竹内様でのご予約は承っておりません。」
「あの、同窓会のグループなんですが。」
「あ、そうですか。」
「それでは松井様のところだと思います。どうぞこちらへ。」
松井って、誰だろう。
思い出せないが、まあいいか。
「こちらへどうぞ。」
店員が個室のふすまを開けると、20人くらいの男女が一斉にこっちを向いた。
俺は少し遅れてしまったことを後悔した。
「ああああ!!」
「高梨じゃん!!」
誰かが大きな声を挙げた。
「なあ、俺、高橋。覚えてるか!!久しぶりじゃん!」
高橋、高橋、、、。
思い出した!
隣の席になることが多く、忘れ物ばかりして俺の消しゴムやえんぴつを全く返さなかったやつ。
「お前―――。高橋!俺の消しゴム10個くらい盗んだろ!」
俺はうれしくなった。
「ゴメンゴメン!今度100個に増やして返す。」
そういえば、中学の時もそう言われていたような気がした。
高橋が言った。
「不思議なんだけど。」
「高梨って、中学のライングループに入ってないじゃん。誰から連絡もらったの?誰か連絡した?」
高橋が周りを見渡したが、誰も反応しなかった。
俺は答えた。
「電話が来てさ、竹内から。」
「おい。冗談はよせよ。来て早々。なあ??」
高橋は調子良さそうな顔をしてまた回りを見た。
「なんでだよ。で、竹内は?」
もしかしたら左奥の女子テーブルの中にいるんだろうか。
見た感じ違うみたいだけど、、、。
高橋やみんなは黙っていた。
「、、、。」
「なあ、高梨、お前マジで言っているの?ふざけてるの?どっち?」
「なに言ってんだよ。ふざける理由なんてないだろ。」
「じゃあ、もしかしてお前は知らないで言ったってこと?」
高橋が俺の顔を覗き込んできた。
「知らないよ、なんも。」
「だいたい中学の人と口を聞いたのは先月の竹内からの電話が30年以上ぶりだったし、みんなに会うのも中学以来だぜ。」
「マジか、、、。」
「高梨が嘘をつくとは思えないしな。」
「お前は昔から真面目でまっすぐなやつだった。先生受けも良かったよな。」
高橋は続けた。
「で、竹内は電話で何て言ってた?」
またみんなが俺に顔を向けた。
俺は部屋に入ったばかりで、まだ席にもつけずにいた。
カバンを肩からかけたまま立ちっぱなしだったのに、誰も座れとも言わず、ただ俺の言葉を待っていた。
「いや、普通だったけど。」
俺は、先月竹内から来た電話の様子を伝えた。
「竹内は明るくて、中学のころと全然変わらない感じだった。」
「で、俺が今日会えるのを楽しみに来た」、
っていうところまで話した。
この年になれば、本音を言うことが恥ずかしくなくなりつつあるな、と思いながら。
「そうか。」
「なあ、みんな。そういうことだって。」
「さっき俺が言った通りだろ。」
誰も言葉を発しなかった。
「さっき皆と話してたんだ。竹内にもう会えないなんて信じられないよなって。」
「どういうこと?」
俺は全く今の状況が呑み込めずにいた。
「竹内は大学生の時に、登山部に入ってたんだ。で、四年生の時に遭難したんだ。」
「先月、山で20年前に遭難した女性の白骨化した遺体が出てきてさ。遺品からそれが竹内だってわかったんだ。」
左奥のテーブルの女子が「うっぅ」と声をあげた。
「そんなわけないだろ。だって、俺電話で話したんだぜ。普通にね。ごく普通に。」
「そのことはよくわからない。」
「でも遭難の話は本当だよ。松井情報だから。」
「そして、お前には誰も今日の案内をしていない。」
「竹内が電話をかけ、何故か竹内は今日の時間と場所を知っていて、お前に伝えたってことだろ。」
「それには意味があるって思わないか?」
高橋は俺の目をじっと見つめた。
「いや、まだいないはずの竹内が電話してきたなんて、信じられないし、俺に何かの役割を託される覚えもない。」
俺は答えた。
「お前は本当に疎いやつだな。」
「竹内はお前のことが好きだったんだぜ。あいつかわいくていい子だったから、皆から好かれてたけど、あいつはお前が好きだった。」
「そういう意味では俺も振られたクチだよ。まあ直接振られたわけじゃないけど。」
「う、うそだろ。そんなこと聞いたこともない。」
「臨海学校でお前が下級生の面倒を一生懸命見ていたのが良かったらしいよ。なあ。」
「うん。私聞いた。」
松井が答えた。松井と言えば、中学の時に学級委員だったな。
「真美は高梨君がステキだって言ってた。」
「まあ、それはいいとして。よくないけど!」
高橋は続けた。
「今日は同窓会だけど、同窓会じゃないんだ。」
「おれたちは大学生のときに、竹内の遭難の話を聞いて集まったメンバーなんだ。」
「あのときおれたちは竹内はまだ死んでないと思っていたんだ。」
「ドラマみたいにどこかで生きてるんじゃないかって、頭打って、記憶なくして別な人間として生きてるんじゃないかって話してたんだ。」
「でも先月、遺体が見つかってしまった。」
「だから、今日彼女を見送るためにみんなで集まったんだ。」
「で、呼びもしないお前が、竹内に呼ばれたと言ってここに来た。それに意味がないとは思えない。」
「竹内は、今ここにいるのを感じるってさっき話してたんだ。なあ!」
俺はどう反応していいかわからなかった。
死んだと言われても、その話が嘘だと信じる方がまだしっくりきた。
「竹内は愛が深いやつだった。で、おまえもそうだった。」
「ずるいよな。普段はあまり言葉を発さず、でもちゃんとみんなと楽しくやる。時には一緒にふざけてさ。」
「言葉は少ないけど愛は深かった。だから、モテてたと思うし、みんな納得もしてたんだ。お前たちがお似合いだなって。」
俺は何も言えなかった。
ほんとの話しなんだろうか。
竹内にもう会えないなんて。
30年以上も会っていないはずなのに寂しがるのもおかしな話だった。
おれはようやく席につき、それから俺たちはお互いの近況を伝えあい、竹内の思い出を語り合った。楽しい時間ではあったが、寂しい時間でもあった。
うちに帰ると一層寂しさが増した。
一人暮らしにはすっかり慣れていたはずなのに。無償に竹内に会いたくなった。
電話が鳴った。
まさか。
「はい。」
恐る恐る電話に出た。
「良かった。」
竹内だった。
「今日同窓会に行ったの。そしたら、、、。」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺も行ったよ。そしたらさ。」
「高梨君が」
「竹内さんが」
二人の声がかぶった。
「??」
「もしかして。」
俺は彼女の言葉を待つことにした。
「あなたが山で見つかったって。」
そう言われる気がした。
「いや、俺は同窓会で竹内が山で、って聞いた。」
「どうして、、、。でもこの電話は夢じゃないし、私は現に生きてる。高梨君だって。」
「で、高梨くんは新宿の居酒屋に行ったの?」
「行ったさ。で、高橋から聞いたんだ。竹内のこと。」
「私は松井さんから聞いた。」
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